第一話 星が落ちた時代
二十年前。
後に「東京隕石落下事案」と呼ばれる未曾有の災害が発生した。
東京都西部上空に出現した巨大隕石は、大気圏突入による崩壊を起こすことなく地表へ衝突した。
都市は消えた。
山は砕けた。
河川は流れを変えた。
日本史上最大規模の被害をもたらしたその災害は、しかし本当の意味での始まりに過ぎなかった。
隕石落下から七十二時間後。
落下地点周辺で未知の生命体が確認された。
人類はそれを「歪命」と名付けた。
歪命は人間を襲った。
だが、その理由は分からない。
食料を求めているわけでもない。
縄張りを守ろうとしているわけでもない。
ただ人間を襲い、破壊し、そして消えていく。
さらに調査の結果、歪命の体内には未知のエネルギーが流れていることが判明した。
『星脈』
そう呼ばれることになったそのエネルギーは、やがて人類にも存在することが確認される。
思春期を迎えた一部の少年少女たちが、突如として異能に目覚め始めたのだ。
炎を操る者。
影を生み出す者。
重力を歪める者。
彼らは星脈者と呼ばれた。
そして人類は、歪命に対抗するための戦力を得た。
星脈を用いて歪命を討伐する者たち。
その名を星衛という。
人類と歪命の戦いは、今もなお続いていた。
神奈川県。
国立呪災対策庁付属学園。
一般には普通の高等学校として認識されている場所。
しかしその実態は、日本最高峰の星衛育成機関である。
校門をくぐる生徒たちは、全員が星脈者。
卒業後は星衛として最前線へ立つ者たちだった。
「ねぇねぇ、聞いた?」
朝のホームルーム前。
A組の教室で、橘陽菜が身を乗り出した。
「またなんか噂か?」
鬼塚虎牙が椅子を後ろ向きにして答える。
「噂ちゃうって! 本当らしいで!」
「だから何の話だよ」
「転入生!」
教室の空気が少しだけ動いた。
「転入生?」
神崎悠真が首を傾げる。
陽菜は満足そうに頷いた。
「うん! しかも星脈覚醒してすぐらしい!」
「この時期に?」
悠真の眉がわずかに動く。
星衛学園への入学は基本的に春のみ。
途中編入は珍しい。
ましてや一年生のこの時期となれば尚更だ。
「へぇ。面白そうじゃん」
虎牙が笑う。
「どうせすぐ辞めますよ」
窓際から冷たい声が聞こえた。
蒼井澪だった。
教室の空気が少し静かになる。
「澪ちゃんまたそんな言い方〜」
「事実です」
澪は視線を外へ向けたまま言った。
「この学園は遊び場ではありません」
準一級。
学年でも指折りの実力者。
その言葉には重みがあった。
「まぁまぁ」
神崎が苦笑する。
「会ってもない相手を決めつけるのは良くないだろ」
「そうですね」
澪はあっさり返した。
「ですが期待はしていません」
そう言って再び窓の外を見る。
遠くに見える山々。
その向こうには、人類未踏の危険地帯。
歪命の出現率が極めて高い呪災区域が存在していた。
その時だった。
ブォォォォォォン―――。
突然、校舎全体に警報が鳴り響く。
教室の空気が一瞬で凍りついた。
「は?」
虎牙が立ち上がる。
次の瞬間。
校内放送が流れた。
『緊急警報。』
『緊急警報。』
『学園より北西六キロ地点にて歪命反応を確認。』
『危険度判定。三級。』
『実習対象個体として指定。』
『A組は直ちに第一演習場へ集合してください。』
放送が終わる。
静寂。
そして。
虎牙が笑った。
「おいおい。朝から運がいいじゃねぇか」
「運が良いの意味を辞書で引いてください」
澪が立ち上がる。
その表情に迷いはない。
神崎もまた席を立った。
「行こうか」
彼らは星衛候補生だ。
歪命と戦うために集められた者たち。
誰も知らなかった。
この日を境に、学園の日常が大きく変わることを。
一人の少年が、この世界の運命を大きく狂わせる存在が、まもなくこの学園へやって来ることを。
誰も知らなかった。




