天、裏切り、濡れた目的
そこには天使様がいた。どうやら天空から落ちてきたらしい。翼が傷ついたせいで飛べないらしく、しょうがないので自分の家に連れて帰った。
天使様にはそれ相応のランクがあるらしい。翼が大きい者の方が優れており、連れて帰った天使様は特に翼が大きかった。
「飛べないのであれば、その羽、いっそ切り落としてしまった方が楽なんじゃないですか?」
天使様と暮らし始めて数か月、私は思わずそんなことを口にした。
だって、本当に邪魔そうだったのだ。家から出ようとすれば扉に翼をぶつけ、寝るときはうつぶせになって寝るしかない。
かつては力の象徴だったのかもしれないが、ここでは無用の長物。お荷物になっている。
その一言が天使様には気に食わないものだったらしく、怒って出ていってしまった。
あーあ。折角友達ができたと思ったのに。
私はかつて人魚だった。自由に海を泳いでいたが、ある日、ヒレに一生治らない怪我をしたので、魔女に頼んで美しい歌声と引き換えに人間にしてもらったのだ。
足に残った鱗は全て剥がして売った。空色をした綺麗な鱗だったので、それはそれは高く売れた。その傷のせいで足は少し動かしにくくなった。
けれども、私はすごく生きやすくなった。なんだかんだで人間の生活の方が馴染みやすかったのだ。
だから、あの天使様もそうすればよかったのに。あの一言はそう思っての事だった。
けれどもそれは私の独りよがりだったのかもしれない。あの人にとっての翼はそれほど大切なものだったのだろう。可哀そうなことをした。
そう思っていた数日後、天使様が帰ってきた。
両の翼を落とし、手に小さな小瓶を持って。
「魔女から薬を貰ってきた。これであなたの足は治る。もう一度海を泳げるよ」
そう言って、何でもないことのように天使様は私に薬を手渡した。
きっと、もう一度ヒレや鱗が生えてくるわけでもない。もう一度泳げるようになるだけで、本当に多分、それだけだと思う。
けれども、天使様は何の後悔もないように私に薬を押し付けた。
「あなたの綺麗な歌声が好きだった。海を泳ぐ姿が好きだった。水中に煌めく鱗が好きだった。それをあなたが全部捨ててしまったと聞いた時、ひどい裏切りだと思った。あなたの姿を見るために、雨の中を濡れて飛んだ日もあったのに」
天使様はそう言った。
ああ、私は。この人になんてひどいことを言ってしまったんだろう。
翼を落とせばいい、なんて。もうこの人が空を飛ぶところは一生見れないのに。
ほんの少しの後悔を抱きながら、私は天使様に大事に持っていた最後の一枚の鱗を差し出した。




