第9話 広場
俺たちは死んだような目でティリッジに向かい、昼食を取るべく食堂に入った。
食堂は冒険者たちでにぎわっていたが、俺たちはアンデットみたいにふらふらと彼らの間を抜けて、隅のほうの席に座り、店員にパンとスープを注文した。店員はいつまでも死んだ目をしている俺たちを見て、引きつった笑顔を見せて、料理を運んできた。
「なんだあれは。俺の魔力量はどうなってんだ。最小魔力であれだぞ」俺はパンをちぎって言った。
「あれが最大じゃないんですか!」シャノンは目をむいた。
「あの……ええと」
「ビビったんですね」
はい、そうです。
シャノンはため息をついて、パンをスープに浸した。
「もしも魔力最大でやってたらと思うとぞっとしますね」
「俺たち死んでたかも」
「あ、ここにいましたか」
声のほうを見るとヒルバートとケリーが別人に見えるほど身だしなみを整えてやってきた。
ヒルバートはひげを剃っていて、やはり以前より若く見えた。冒険者のように鎧まで着ているわけではなく、そこらを歩いている町の人といった風。
「お前らか。金あったのか?」
「いいえ。ただ古い仲間がお祝いにといろいろ都合してくれました。冒険者登録も済みましたし、これから稼いで恩返ししますよ」ケリーがそう張り切って微笑んだ。
いいねぇ、仲間がいて。
仲間かぁ。俺はかつての仲間を思い出す。
そうか、俺も奴らに金を貸してもらえばいいのか。もしかしたらギルド創設資金の問題は解決するかもしれない。
俺は無意識にパンを全部スープの中に落としていた。
「あの、ルベル様?」シャノンが俺の目を覗き込んでいる。
「なんだ」
「ヒルバートの話聞いてました?」
「あ、すまん。なんだ」
「あの、大変申し訳ないのですが」ヒルバートがケリーと目を合わせて言う。
「会っていただきたい人たちがいるんです」口角の下がった笑みを浮かべる二人。
いやな予感がする。
ヒルバートたちは街の暗部に進んでいく。皮剥ぎ屋が異臭を放ちながら仕事をしている。忌避されるような職業の者たちが住むような場所だ。怒鳴り声、水の落ちる音、うめき声。
シャノンが俺の袖をつかんでいる。
脆いつくりの建物が密集していたが、突然開ける。
広場のような場所に出る。周囲を建物が覆っているが、この場所だけ石造りの地面が見えている。そこに多くの廃業者がいる。いや、廃業者だけではない。腕のない子供や老人までいる。
「よく来てくださいました」
五体満足で目も、どこにも支障がない男が俺の前に立った。神父のような恰好をしている。
「この街にはこんな場所があったのか」
「ええ。皆が助け合い時に教会から恵みを受け、何とか生きています」口元がほほ笑んだ。
「おそらくどの街にもこのような集団は存在しているでしょう。大きな街であれば施療院があるのですがこのような街ですとありませんので私が治療を行っています」
「医者なのか」
「ええ。いくつかの街を回って、彼らのような者たちを診ています」
「てっきり教会の人間なのかと」
男は自分の姿を見て、ああとつぶやいた。
「ええ、教会にも少しばかり出入りしていますよ」
神父姿の男は俺に手を差し出した。
「申し遅れました。私、ロス・アルバートと申します」
俺は彼の手を取った。
「ルベル・ラムゼイだ」
「あの伝説のパーティのか?」
ロスの後ろ集団から声が聞こえた。珍しい反応に俺はビビる。
かき分けてやってきたのは筋骨隆々ではあるが腕を失った男だった。残った左腕には印象的な入れ墨が施されている。見たことがある。俺が魔王討伐に出る前、ギルドで上司だった男だ。
「ダラスさん?」俺は尋ねた。
「ああ、俺だ」
利き腕を失った彼はかつてはギルドの中でも精鋭と言われた男だった。俺が魔王討伐から帰ってきたときにはすでにいなかった。こんなところにいたとは。
「お久しぶりです。カインのやつにクビにされたんですね」
「ああ、そうだ。それにしても久しぶりだな」
そういって残された左腕で俺のことを抱きしめ持ち上げる。
「まだ冒険者としてやってけるじゃないですか」
俺はその挨拶を懐かしく感じながらも、息も絶え絶えに言った。
「ああ。俺は腕がないなりに冒険者としてやってるよ。細々と稼いでここに貢献しているんだ」
どうやら、何人かは冒険者としてやっているらしい。
ダラスが俺を地面に卸すと、ロスは苦笑いを浮かべたまま話し始めた。
「ヒルバートたちに話を聞きました。何でも腕や足がない状態からでも治せるそうですね」
「まあそうだが」俺は答える。
ロスはヒルバートたちを見た。
「彼らの体を見ればそれは本当だとわかるのですが、一度それを見せてもらえないでしょうか。何か必要なものがあるというのであれば可能な限り手配しますが」
「いや、何も必要ない。誰を治す」
「ではダラスさんを」ロスが言うと、ダラスは首を振った。
「いや、俺より症状が悪いやつはたくさんいる。そいつらから治してやってくれ」
「ダラスさん」ロスは諭すように言った。
「あなたはここで最も貢献してくれている方の一人なんです。どうかはじめに治療を受けてください」
「いや、しかし……」
「もしも、まだ尻込みするようならこういいましょう。両手を取り戻せば、もっと多く稼ぐことができ、たくさんの人を救えるのですよ?」
ダラスはその言葉に黙り込み、逡巡した後頷いた。
「わかった。ルベル、頼む」
「わかりました」
俺はダラスの腕に手を向ける。奇跡は当然のように起きる。
布が外れ、鍛え上げられた筋肉もそのままに、ダラスの腕が戻る。腕についていた入れ墨はなくなっていたが。
「あ」
もともとついていた左腕の入れ墨も消えてしまった。悪いことしたなぁ。
「すいません。入れ墨消えてしま……」
「おおおおおおおおおおお!!!」
ダラスが叫ぶ。広場の中にも歓声が上がる。
「俺の腕が戻った!」
ダラスは俺を抱き上げた。背骨が折れるからやめてくれ!
俺は下ろされるとしばらくせき込んでいた。
ロスはダラスの腕に触れ、目を見張っていた。
「信じられません。本当に腕が……。しかも、筋力も左手と遜色なさそうですね」
広場は騒然としている。希望に満ちた顔を俺に向けている。ダラスは信じられないような目で腕を見つめ続けている。
「ルベルさん、お願いがあります」ロスは俺の手を取った。
「ここにいる方たちを治してあげて下さい。皆がもとの姿に戻り、貧困から立ち直ることを望んでいます。どうか」
ロスは頭を下げたが、俺は頭を掻いた。
「あーあのなぁ、俺が一日に治せる人数は4人までだ。俺の能力には制限があるんだよ。それはダラスさんも知ってると思いますけど」
「ああ。以前からそうだった」ダラスは顔を上げると頷いた。
「それでもよければ治すよ」
誰かを助ける能力を見せるということは、それに縋ろうとする人々すべてを相手にする覚悟を持つということだ。ケリーを助けたとき、その覚悟はできていた。
俺はそのあと、三人の元冒険者を治療し、帰路に着いた。
夕食の席を煙の強い獣脂のロウソクが照らす。俺はいつも通りスープにパンを浸しかじりつく。シャノンも食べてはいたがそこに会話は存在しない。彼女は何か考えているようだった。
俺たちは寝床についた。昨日と同じように背を向けて横になる。
「あの、ルベル様」俺は体をシャノンのほうにむける。彼女の顔が近づく。
「なんだ」
「今日、広場で会った人々が活躍できるようなギルドを作りませんか?」
俺は黙って先を促した。
「私、考えたんです。どうして、ルベル様にあこがれたのか。どうしてルベル様と共に行動し、同じギルドに入りたいのか」
シャノンは微笑んで、自分の胸に手を当てた。ちょうど、傷跡があるあたりに。
「子供時代のあの日私を助けたときも、昨日ヒルバートさんを助けたときも、ルベル様は無意識に人を助けていましたよね。ルベル様は見返りも、損得も考えずに、心に正直に人を助けられる人です。そんな人、教会にだってそうはいません。あなたは、本当はそうやって助けることに喜びを覚えているのではないのですか?」
俺はシャノンを見た。彼女は俺の目をじっと見て、それは真剣そのものだった。俺は認めた。
「……ああ、でもどうして、……どうして俺がそう思っているとわかったんだ?」
「私はルベル様をずっと見ていましたから。あの日、私を助けてくれたルベル様をずっと。下心も何もなく、純粋に人を助けることができるあなたのことが大好きなんです」
そういってから、シャノンは微笑んで、俺の胸に手を当てた。
「彼らのような、夢を絶たれ、生活を絶たれた人間を救うようなギルドがあなたにとって理想のギルドではないでしょうか」
俺は胸に当てられた彼女の手を握った。
「ああ、そうだな」
シャノンはまた、俺に抱き着いて、すぐに寝息を立て始めた。
翌日。広場に赴いて、四人の元冒険者を治すと俺は言った。
ギルドを作ること。
誰であろうと門を開くこと。
どれだけ弱くてもかまわず、鍛えなおす準備があること。
そして俺が彼らの入団を歓迎すること。
一瞬の沈黙ののち、皆が鬨の声を上げた。




