初恋
体育祭実行委員を引き受けたのは大きな誤算だった。妃彩と一緒に帰る唯一の安らぎの時間は体育祭の準備によって大分削られた。
体育祭開催までのミーティングで活動方針や今年のテーマ、競技の内容、さまざまなことを話し合うこととなった。
同時に私は文芸部に入部。妃彩は家庭部に入部した。
二人で過ごす時間はだんどんと減っていったので、家に帰ってからスマホで会話をした。二つ隣のクラスだし、話に行こうと思えばいつだってタイミングはあったはずなのに、妃彩が他の人と楽しそうに雑談しているその中に入っていくなんてできなかった。
スマホの向こうから聞こえるのは電子音の妃彩の声。それでも、たわいもないお喋りができた夜はぐっすりと眠れた。
放課後体育祭の準備をしている途中、昨晩妃彩が話してくれた内容を思い出し、人影が写る実習室の窓を見つめた。
校庭の家庭部の活動内容はとても穏やかなものだった。主に被服室を貸しきって大きな長テーブルをくっ付けて、部員皆でお喋りをしながら裁縫をする。
妃彩は手先が器用なので、この前は皆にパッチワークを教えたりしたそうだ。
私も家庭科の授業で被服室で授業を受けることがあり、教室の隅に置かれている制作中の作品を見た。一人では到底作ることの出来ない大きなテーブルクロス。これは私が知らない部員の誰かと共同で制作したものなのだろうか。
「妃彩、テーブルクロス見たよ」
「やだ、恥ずかしい……」
スマホに送られてくる文字の羅列。最近、はやっていると思われる絵文字。絵文字の表情は笑っていても、今では妃彩がどんな表情でこの文字を打っているかすら想像がつかなくなっていた。
ーー妃彩、どこにもいかないよね?
「美夜!! 体育祭お疲れさまでした!」
それは体育祭が無事に終わった時のこと。妃彩は変わらぬ愛くるしい笑顔で声をかけてくれた。遠くで見ているのは同じ部活の子達かな? 妃彩の側にいつもいたような気がする。
「調理実習で作ったマフィンを差し入れです」
妃彩はかわいらしくラッピングされた小さな袋をくれた。触ると少しだけ温かく、とても香ばしいバターの香りがする。
「……食べていい?」
「だめ」
天使の口からなぜかお預けの言葉が出た。
久しぶりに見た妃彩は長い髪をシュシュで緩く一つに結んでいて、小花柄のエプロンを着ていた。いつどこで買ったのか分からないローズクォーツのパワーストーンを着けていて、焼きたてのお菓子の香りに紛れて微かにトロピカルパンチの甘い香水の香りがした。
「妃彩、今日は一緒に帰れる?」
私は胸の奥が締め付けられるくらい苦しかった。
「……まだ、片付けがあるから」
「待ってるよ?」
マスカラをつけなくても睫毛は十分に長いのに。
アイシャドウをつけなくても彼女の瞳は宝石のように輝かしいのに。瞬きの回数が増え、視線がズレる。
「やっぱり美夜に隠し事はできないね。いつも全部見透かされてしまっている気がする」
私はその言葉が衝撃的過ぎて、大切に手に持っていたマフィンを落としそうになったーー……。
「私ね、好きな人がいるの」




