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容疑者の選択

 ぼくは与名さんの送り迎えについて外されていた。

 青海苔の件を言わなかったのは、やはりまずかったよう。

 けれど、好きな子の前歯に青海苔がついているなんて、どうやって指摘できるのか。

 ぼくは今さら過去に戻れるはずもないのに、考えを巡らせる。

 事務所内の中空をふらふらと彷徨っては後悔していた。

「じゃま」

 そう切って捨てる内浦は事務所内にあるソファに腰かけていた。

 来客用テーブルの上に乗せたポータブルテレビを見ている。

 右手にはブラックコーヒー。

 左手にはビターチョコレート。

 カフェイン中毒で死んでしまいそうだった。

 彼女の睡眠障害などはこれが原因かと思ってしまう。

 まあ、眠らない為に接種しているのだろうけれど。

 内浦が見ているテレビを後ろから覗きこむ。

 ニュース番組が報道されていて、ちょうど今回の事件が流れているところだった。

 今時分、恨みつらみで人が殺されること自体は少なくないが、やはり推理を要する事件というのは、それだけでワイドショーを盛り上げる。

 特集なども組まれ、夜のゴールデン番組で紹介されもしていた。

 フリップやテロップを使用して、俯瞰図を用意したり、元刑事などを呼び出して解説をさせたりして楽しそう。

 人が一人死んでいるというのに、謎解きに夢中になっている。

 彼らを見て、不愉快に思ってしまうと、つまりは与名さんのことに対してもそう感じていることになる。

 ぼくはしばらくテレビを見ようともしていなかった。

 内浦がこうして見ていなければ、ぼくも聞き流していたことだろう。

 三ツ橋グループは規模を縮小するようだった。

 子会社の幾つかを他社に売り渡しはすれど、まだまだ一般企業に比べて力を残している。

 共犯として取り調べられていた一士に関しては、与名さんの口利きにより釈放されていた。

 クロスボウはコッキングメカを使用して引かれたと、物証をねつ造した様子で、犯行は猪原一人のものであるとなる。

 当の猪原に対しての口止めはどうしたかというと、まあ、お金で解決した。

 金を払うはずだった一女がいなくなってしまって、絶望に暮れているところ、三ツ橋透一郎が金を出すことになったのだ。

 三ツ橋と名前を持つ人間が、加害者の共犯であることは彼にとっても望むところでは無かったらしい。

 こうして万事目出度くことが収まった。

 かに思えたけれど。

 アナウンサーの一人が、番組ADと思われる誰かから原稿を手渡される。

「緊急のニュースです。本日未明、京都府京都市を走行中の東海道新幹線内で三ツ橋威次氏が何者かによって殺害された模様です。氏は先ほど取り上げられた特集の三ツ橋グループの次男であり、自社の観光事業に対しての視察へ向かう道中での出来事だったとのこと。先日に起こった事件と何らかの関連性があると見て、警察は―――」

 ぼくが目を白黒させていると、それを見た内浦は「お前が余計なことを言うからだ」と鼻を鳴らしてふんぞり返った。

 背もたれに首を預けた彼女は、後ろで覗き見ていたぼくと目線が交わる。

 濡れ衣を着せられたぼくは訝しげに尋ねた。

「なんでだよ」

「行きしなに名取へ言ったんだろ。ただの殺人事件で終わったらどうすんだって」

 言った。

 確かに謎が無かったらどうするのかを聞いた。

「どうやって知ったんだ」

 ぼくが憑りついている間は寝ているはずなのに。

 しかし、答は簡単。

「お前と同じで、彼女が試して来たんだ。どこらへんで謎を解くのかな。ちなみにあたしが一女の存在に気付いたのは、一士がたたらを踏んで尻餅ついたってとこな」

 唇を歪めて笑む内浦。

 小憎らしい。

「なんでただの殺人事件かもってぼくが与名さんに言ったことが、巡り巡って威次氏の殺害に繋がるんだよ」

「名取は一番の容疑者候補として東三を挙げてたろ? で、お前に言われて思ったわけだ。この馬鹿そうな人間が果たして密室殺人とか、そういった謎を残して殺しそうかと」

「頭が悪いとなんで分かる」

「三ツ橋家が代々続けて来た会社を傾けたろ。なんにも無い奴が一から会社を興して、志半ばで潰すんならともかくだ。スタート地点でどの起業家よりも思いっきりチートしてる状態の奴が、立ちいかなくなるくらいに経営を悪くするなんて、そらあもう相当な馬鹿だろ。景気が悪くなったって残ってる会社は山ほどあるわ。実際、会って見てもかなりのバカだったしな」

「それは―――」

 確かにそうだ。

 総帥はそれに気づいていて首をすげ替えようとしたし、透一郎は懐柔しようとした。

 今回、殺害された威次氏に至っては愚弟と言って罵倒している。

 誰一人として良い評判を聞かない。

「どうして威次氏が殺される」

「総帥が死んであと東三の邪魔になるったら威次しかいねーよ。自分チの敷地内で殺さないところがまた馬鹿だよな。警備会社の人間でも使ったのかもしんねーけど、すぐに足がつく。まあ、たぶん透一郎が東三に命じて動かしたってとこかね。警察には口きいてやるからって感じか。これで東三が捕まって透一郎がシラを切りゃあ、もう三ツ橋家はあいつしかいなくなるわけだし、宗二郎ん時みたく長男以外が家督を継ぐって可能性も摘めるだろ」

「東三氏がなんでここに来て動いたかの理由は分かった。けど、だったらどうやってあの宗二郎氏が殺害された夜に彼は行動に移さなかった?」

「馬鹿か。そりゃあたしらと一緒に行動してたからに決まってんだろ。内部情報を漏らしてる奴がいるっつって名取が警備員に言って、警備責任者の東三にそれが伝わって、そんでもって手柄を立ててやろうといきり立ったあいつが誰にも内緒で扉を開けたってこった。名取の人脈使えば、正当に招待だってしてもらえるっての」

 そう言って彼女はソファーに首を預けた姿勢が楽だったのか。

 そのまま眠りについてしまった。

 つまり、こういうことか。

 ぼくが謎が無いかもと言った為に、与名さんはより面白くなるように動いた。

 最有力候補である東三をおびき寄せて抑え、他の人間に動ける機会を与えたと。

 そういう話になるのか。

 ぼくは記憶を思い出した時よりもずっと頭が痛くなる。

 事務所の扉が開いた。

 そこにはぼくを見るなりそっぽを向く機嫌を損ねた与名さんでは無く、虚ろな目を爛々に輝かせている彼女がいた。

 彼女は事務所の机に座り込み呟く。

「探偵は警察に敵わない」

 ぼくはそれを聞いてますます頭が痛くなったけれど、あれが始まってしまったらぼくの抗議などどこ吹く風。

 黙って内浦の身体に憑依する。

 キャリーバックを手に取り、車のキーを探った。

 いつもよりも早めに用意し始めたのは、与名さんの演説に聞き飽きたからだけではなく、彼女の愛車のガソリンを入れに行くため。

「いってきます」

 そう言って出て行くぼくに対して、彼女からの返事は「いってらっしゃい」

 驚いて振り返って見ると、彼女はこちらに手を振ってこう言った。

「車中では楽しい話を待っているよ」

 そう言って見送られる。

 ぼくは空気でいられることで満足していたのだけれど、彼女はそうでは無かったらしい。

 君の話が面白ければ耳を傾ける。

 彼女は確かにそう言っていた。

 ぼくは車を暖気して、ガソリンスタンドに行って、駐車場に戻ってくるまでの間。

 どんな話をしようかと、まるで付き合いたての男の子のように頭を悩ませることになった。

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