異性化
お久しぶりです。
香月が……。
「理先またねー」
「明日もまたわかんないとこ教えてね」
「二人とも敬語忘れてるよ──はい、また明日、気を付けてね」
居残りでわからないところを聞いてきた女子二人を見送り、理先こと尾川は実験室に戻り、自分の趣味に浸る。
休み時間や放課後は、趣味である薬作りに時間を使っているのだ。
「……さて、今日は何しようかな」
色々な薬品を手に取り、尾川は一人呟く。
「前は惚れ薬作ったけど、効果がわからなかったし、もう一回作ろうかなぁ。配合の仕方は覚えてるし……どうしようかな」
一人ぶつぶつと呟きながら、尾川は薬品を混ぜたり、火を通したりと実験を始めた。
「ん、今日会議あったっけ──それまでには終わらせないとな」
尾川は時計に視線をやって、程々でやめようと思いながら、薬品に手を伸ばした。
*
「よし……。そろそろ行かないとな。また遅れたら怒られる──」
尾川は実験をやめて、会議に行く準備をする。
「すぐ終わるだろうし、このままでいいかなぁ……。いいよね」
尾川はすぐ戻るからね、と薬品に声をかけて、実験室を後にした。
そして、尾川が出ていって少しすると、実験室に誰かがやってきた。
「失礼しまーっす、課題出しに来ましたー」
と香月がプリントを持って入ってくる。
もちろん、尾川は会議のためいない。
「……いない。ん、実験中じゃん」
香月はテーブルの上に置かれたままの道具や液体を見て、興味津々で近づいた。
「理先また何か作ってんじゃん」
プリントをテーブルに置き、香月は薬品の入ったフラスコを手にして見る。
「ん、何か良い匂いする……」
くんくんと匂いを嗅いで、香月は何の匂いか確かめる。
「うーん、イチゴっぽい──?」
色も透き通った赤色をしていて、香月は試してみたくなる。
「誰か来ねーかな。あ、こういう時のラインだわ」
と香月はぽんと手を叩いて、秋乃と章、犀、朔がいるグループにメッセージを送る。
「今暇なら、実験室来いよ、何か面白いのある、と……」
送ってから、香月は既読が付くのを待った。
「お、来た来た」
返事を見て、香月はよしと頷く。
『行く行く( ̄▽ ̄)』と秋乃。
『じゃ、俺も』と章。
『僕は遠慮する。今図書館なんだ』と犀。
『ごめん、今家だから(^_^;)』と朔。
香月は了解と返して、秋乃と章が来るのを待つ。
「む──。田端殿、何をしているでござる?」
と忍者が天井からスタッと降りてきた。
「あ、どうもどうも。今、理先の作ったやつが気になってて、ちょっと試してみようかと思って──忍者さん試します?」
と香月が赤色の透き通った液体が入ったフラスコを見せる。
忍者は手を振って断った。
「断るでござる。それは異性化する薬だと言っていたでござる」
「マジで?!」
「うむ。拙者天井に居たでござるが、尾川先生がぶつぶつ何かを言っていてな。よく聞いていたら、性別をどうのこうの……と言っていたのだ」
と忍者は腕を組む。
「拙者はこのままがいいのでな」
「ってことは、これを飲めばオレ女になれるんだな!」
「え、あ、うむ……そうでござるな、たぶん」
キラキラとした目をする香月に、忍者は若干引きながら答えた。
香月はじゃあ、と欲望を口にする。
「女子に混じって、女子に抱きついたりとかして、キャッキャ出来るわけだ!」
「うむ、その考えは捨てた方がいいでござるな」
と忍者はきっぱり言う。
だが、香月はもう女子になってから何をするかを考えているので、忍者の言葉は耳を素通りしていた。
「あ、わかった。まず、秋乃と章を驚かせて、それから女子たちに混ざりに行くわ。OK!」
「いや、全然OKじゃないでござる──?!」
忍者の声は香月の耳には届かなかったようで、香月はフラスコの液体を躊躇することなく、飲んだ。
「田端殿!」
「ん……、こんなもんかな──大丈夫大丈夫、全部飲んでないし」
と香月はにひひと笑ってみせる。
「ぁ……なんか、身体が──っ」
ドクンと香月は内側から震えて、テーブルに掴まった。
「田端殿……?」
香月は少し息を乱してから、落ち着くまで深呼吸を繰り返す。
「だ、大丈夫でござるか……!?」
心配する忍者に、香月はしっかりと顔をあげて答えた。
「大丈夫。もう平気──」
体制を戻した香月を見て、忍者は言葉に詰まった。
忍者の前に居たのは、いつもおちゃらけた男子ではなく、活発そうな女子だった。
「た、ばた、殿?」
「忍者さん?」
香月も忍者の視線に気づいたのか、ペタペタと自分の身体に触る。
ぺたんこだった胸が、今はそれなりに膨らみを持って、自分の両手の中にある。
「う、お、おおお! ヤバイ! 胸ある!」
むにむにと香月は自分の胸を揉んだ。
「すっげー! ちょっと行ってきます! じゃ、忍者さん、理先戻ってきたら言い訳頼みます!」
「え、ちょ、田端殿?!」
颯爽と出ていった香月を止められず、忍者は一人、実験室に残された……。
*
その頃、秋乃と章は、実験室に向かっていた。
「香月、何見つけたんだろ」
「どうせくだらないやつだろ──」
と、そこに女子になった香月が現れて、二人の前に立ちはだかった。
「お二人さん! どうだ、この素晴らしい身体は!」
秋乃と章は、目の前の女子を見て顔を見合わせる。
「え? 誰? 章の幼馴染み?」
「違うわ──秋乃の彼女じゃないのか?」
「違うよ。おれレデンツ一筋だから」
と話す二人に、香月が言った。
「オレだよ、オレ! ほら、かづ」
「あ、男の娘? 制服男子だもんね」
と秋乃が納得と手を叩く。
「ちげえわ! 香月だよ!」
「あー、妹か」
と今度は章が手を叩く。
「いねえわ! オレ香月だって! さっきラインしたろ? それがこれだ!」
と香月はさっきあったことを二人に説明した。
「……で、お前は女子になった香月だと」
と章が怪しげに香月を見る。
「そそそ! どうよ、触り放題なんだぜ」
と香月は自分の胸に手を当てて、むにむにと揉む。
それからずいっと章に近づくと、上目遣いで言った。
「章くんは、そういう相手いないだろうから、特別に、触らせてあ・げ・る」
「お前な……」
章はあからさまに眉間にシワを寄せると、香月に言った。
「いくら本来の身体じゃないからって、そういうことすんなよ。ちゃんと大事にしろ」
「キャー、章様素敵ー」
と隣で秋乃がひゅーひゅーと口を尖らせる。
「な、んだよ、べつに……ノリじゃんか……」
と香月は思いがけない章の言葉に、少しキュンとした。
「これは……薄い本出るね。もしかしたら厚くなるな、これ──」
うむ、と隣で変な想像に走る秋乃に、章が軽くツッコむ。
「出ねえわ、誰が出させるか」
「いやー、だって香月、満更でもなさそうだよ」
秋乃に言われて香月の方を見ると、香月は若干赤くなっていた。
「なんでだ! おかしいだろ!」
「章になら、オレ……」
「キター、章香月本!」
と秋乃がなぜかテンションを上げる。
「やめろ! おい! 枠間違ってんぞ! 本谷」
「章、本谷って誰?」
「え? ……誰だ? 思わず口から出た」
秋乃に訊かれ、章は不思議そうに首を傾げた。
「うっ……」
すると、香月が胸を押さえて、屈み込む。
「香月?」
「どうした?」
少ししてから、香月はスッと体制を戻した。
「戻った……」
香月は自分の胸を触って、ぺたんこに戻っているのを確認して、ああ……と落胆する。
「二人驚かせたら、女子たちに混ざってあれこれするはずだったのにー!」
「最低だな」
「香月はやっぱ香月だね」
章と秋乃の言葉は香月に届いていないようで、香月は一人悔しそうにするのだった──
会議後。
尾川「あれ?減ってる?」
忍者「田端殿が、使ったでござる…」
尾川「……そっか。後で効果聞かないと」




