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前編

 事前に話を通しておいたため、シュンと神楽はあっさり、本部の奥へと案内された。

 ―――――――――最年少の神の司を見てか、無謀な外部受験者チャレンジャーを見てか、あるいはその両方を見て、本部にいた人々はざわめきを抑えきれずにいた。人々がつくる様々な空気が、渦巻き混ざりあい蠢いているように見える。浮き足立っているような空気。微熱にうかされているような空気。木陰の冷えた石のような空気。澄んだ清流のような空気。澱んだ川底のような空気。余所者の一切を拒むような空気。好奇心と、恨み妬みと、歓迎と、羨望と、嫉妬と、――――――――――熱く冷たい、それら全てが、溶け合い拒みあいシュンたちを包み込む。シュンは呼吸ひとつするのにも恐る恐るだった。そんな中でも、神楽は変わらず、平然としていた。その態度は毅然としていて、シュンは神楽を見直す思いだった。

 しばらく歩き、階段を5つほど上ると、喧騒は遠く彼方に薄らいでいった。しん、とした重たい、しかし静謐な空気が辺りを満たしている。階段の目の前に、ぽつりと立っている扉は、美しい天使のレリーフが刻まれていて、(よこしま)な者では開けるどころか、触れることすら出来ないのではないのかと思えた。

(俺は大丈夫かな・・・・・・?)

 思わず唾を飲みこんだシュンであった。

「聖者がお待ちです。中へどうぞ。」

 ここまで案内してくれた受付の人が、そう言って下がった。入れ違いに、神楽が一歩前に出て、何の躊躇いも遠慮もなく扉を開け放った。邪な者だとかそんな話が馬鹿らしく思えてくるほど、豪快な開けっぷりである。心の準備が不十分だったのか、シュンの顔がひきつった。どうやら神楽、扉は一息に潔く開け放つ癖があるよう。シュンの心臓が心配である。止まったりしないだろうな。

 何はともあれ開けられた扉をくぐり抜け、二人は大広間へ足を踏み入れた。

「やあ、神楽。随分、久しぶりじゃない?」

 扉から一番遠くの上座に座る女性が、気安く神楽に声をかけた。神楽も、笑顔でそれに応える。

「そッスねー。久しぶりッス、アレンさん。」

「元気してた?怪我とかしてない?」

「見ての通り、五体満足でぴんぴんしてますよー。アレンさんの方は最近どうッスか?」

「それがさー聞いてよ神楽。」

「何かあったんすか?」

「それがね・・・何っっっっっっっっっっにも無いのよ。」

 アレンさんと呼ばれるその人は、顔をしかめて『何にも』を思いっきり強調して言うと、机をバンッと叩きながら立ち上がった。

「ホントよ?!見事なまでに何っっにも!無いのよ!全く何にも欠片も無いの!もう、この上ないほど平和で平穏で静かでさぁ。あーもう本ッと退屈っ!!退屈すぎよ!暇すぎて死ぬかと思ったわ!来てくれて有り難う神楽~。しかも、かなりいいネタ持ってきてくれちゃってー。あーやっぱ最高ね!さっすが神楽!大好き!!」

「そいつはどうも。ま、"退屈は人を殺す"って言いますからねぇ。アレンさんが死んじゃう前に来れて、良かったッス。」

 何なんだこのテンション・・・・・・・・・と、シュンは少し引いてしまい、思わず半眼になって二人を見た。

 上座にいる女――――――アレンさんと呼ばれているその人は、いる場所からして、おそらくトップの者・・・十二聖者の一人なのだろう。それにしては、随分と若く見える。赤茶けた髪。青い瞳。青空と大地を連想させる色合いだ。真っ白いカソックのような、長いローブを羽織っていて、聖者であることとその地位の高さを表している。

 ――――――なのに、このテンションか。シュンはどう反応したものか、戸惑うばかりであった。

 尚も話し続ける二人の間に、話の切れ目を見極めて、

「聖者様、そろそろ、本題に入られて下さい。」

 と、席にいた男性が口を挟んだ。アレンさんは気を悪くした様子もなく、頭を掻いて笑った。

「あぁ、そうそう。そうだったわね。ごめんごめん。――――――――そっちが、例の受験者くん?」

「はい、そうです。名前はシュン。ハザーヴ王国の出身で、剣士です。」

「ハザーヴ!へぇ、そいつはまた凄いところから来たね。なに、どう知り合ったの?」

「砂漠で寝てたら行き倒れたと勘違いされて、――――――――――」

 ――――――二人の会話を、自分のことだと言うのに、シュンは何にも聞いていなかった。

 それというのも、シュンはある人物――――口を挟んだ男から微かに漏れ出す異様な気迫に、目を奪われていたからだ。

「――――――・・・・・・ン、シュン。おーい、起きてる?シュン?」

 神楽がシュンの目の前で手を振って、それでも微動だにしない青年に業を煮やしたのか、

「起きろ、っての。」

 と、――――――おもむろに、その脛を蹴飛ばした。俗に言う、"弁慶の泣き所"というやつだ。しかして蹴られたシュンは、痛みに正気を取り戻し、「いってぇっ!!」思わず叫びながら飛び上がった。会心の一撃に満足げな神楽。本当に思いっきり蹴ったようだ。

「てめっ!・・・・・・っにすんだよ、いきなり。」

 脛をさすりつつ、いつもの通りに噛み付きかけたシュン。寸でのところで自分の居場所に気付き、声をひそめた。

「ぼーっとしてるから悪いじゃん。私の蹴り程度を避けらんないようじゃあ、受かれないよ。」

「うっせぇ、俺が常に気ぃ張り続けてると思ったら大間違いだからな。油断すんなよ。」

「偉そうに言うなよ。ってか、開き直んな。油断すんなとはこっちの台詞だっつの。」

「へー、じゃあお前はどんな時でも気ぃ張り続けてんのかよ。すげぇなそいつぁ。神経切れちまえ。」

「残念ながら。私の神経はその程度で切れるほどヤワじゃないんですーあんたとは違ってね。」

「あぁそうだろうな、俺はお前とは違って繊・細・だから。図太くて野太いお前さんとは違ぇよ。」

 神楽の調子に乗せられて、いつものペースとボリュームになりつつあるシュン。畏れ多くも世界に五人の"神の司"様に対し、何たる口のききよう、と広間の中の神官たちが思ったその時だ。

 唐突に、アレンさんが大きな声で笑いだした。

「あっはっはっはっはっ!いいねぇその子、気に入った!何かねぇ、その、畏れ多い感じ、私大好きよ!オッケー!第一試験合格ね!」

「おー、ありがとうございます!」

「「はいっ?!」」

 神楽とその他の人々との声が重なった。ガタガタと椅子が鳴る。驚いた人々が互いの顔を見合わせ、アレンさんを見て、シュンを見た。シュンはぽけっ、と口を開け固まっていて、「なぁに、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してんだよ。」と、もう一度、神楽に脛を蹴られていた。

「おぉ、お待ちください、アレン様!」

 堪らず、一人の神官が異議を唱えた。

「あら、何かしら?」

「そのように簡単に決定されては困ります!神の司様を護衛する、とてつもなく重要な役職なのですよ?!」

「あっはっはっ、わかってるって、そんなこと~。」

「なれば尚更、何故っ?!」

「決まってるでしょ、私と神楽が認めた男だ。それ以外に理由は無く、それ以上の決定打は無い。」

 神威すら感じられる強さでぱんっ、と言いきられ、言葉を失う神官。

「さて、シュン君?」

「は、はいっ。」

「私は貴方の人格を認め、試験を受ける権利を与えます。貴方は、この試験に全霊をもって臨むこと、そして、受かった暁には、神の司を全霊をもって護り通すことを、誓いますか?」

「――――はい。誓います。」

 シュンは唾を飲み込んで、はっきりと言った。よく張った声が広間を通りぬけ、聖者の認定を確固たるものにした。

「よろしい。」

 アレンさんは真面目な顔で、大仰に頷いた。それから、一転し、今まで通りの笑顔になる。

「――――と、言うわけだからー、しばらくは協会にいてね。部屋は用意しておくから。で、えーと・・・試験は――――次の吉日はいつ?」

「来週の水曜かな。」

 アレンさんの疑問に、調べ始めた神官を差し置いて、神楽が一足早く答えた。

「そうか、来週の水曜か・・・・・・。その次は?」

「えーと、再来週の火曜日だったかな、確か。」

「お、いいねぇ。じゃあ、再来週の火曜日にしよう。オッケー、決まり決まり。シルビア、部屋の用意。ランファン、報せうって。それから―――――――――」

 アレンさんの矢継ぎ早な指示に従って、部屋の中の人々が慌ただしく動き始めた。

 シュンは、先ほど妙な気配を感じた男が、席を立ち、自分の方へ近づいてくるのを見た。男は柔和な笑みを浮かべていて、それだけを見れば、ただの優男である。しかしシュンは、体を固くした。

「・・・そんなに、固くならなくてもいいよ。取って食おうだなんて思ってないから。」

「・・・・・・。」

 答えないシュンに代わって、神楽が気軽に手をあげた。

「あ、ちわっーす、時海(ときうみ)さん。お久しぶりっす。」

「久しぶり、神楽。元気そうで何よりだよ。」

「時海さんこそ。――――あ、そうだ。シュン?」

 と、神楽はシュンを見上げた。そのシュンの表情が固いことに、ちょっと首を傾げ、しかし何も言わずにおく。

「二次試験はねー、実技だから。協会の剣士と戦って、試験官に認められたら合格。で、こちらのお方は、その試験官様だから。今のうちにゴマすっとけよ。」

「ゴマ、ってお前な・・・。」 神楽の言葉にかるくツッコんでおきながら、シュンの表情は少し和らいだ。

「・・・じゃあ、俺が戦うのはこの方でなく?」

「うん。ですよね、時海さん?」

 神楽が質問を流した。二人が同時に、時海さんを見る。時海さんはニコリと笑ったまま、

「そのはずだったんだけどね・・・・・・。」

 と、言った。

 妙な言いようである。シュンは嫌な空気を感じ、緩みかけた頬をひきつらせた。

「何か、君を見ていたら、自ら戦いたくなってきちゃったよ。」

「えっ・・・・・・・・・。」

「抑えているのに警戒されたのは初めてだからね・・・・・・。」

 なんとなく――――――嬉しそうに見える。面白い玩具を見つけた子供のような、そんな笑顔のように、シュンの目には映った。

 同時に、後悔が沸き上がってくる。

(やべぇ・・・・・・変に警戒なんかしなきゃよかった・・・・・・。)

「もう遅いよ。決めたから。」

 シュンの心の中を読んだように、時海さんはそう言って、

「再来週の火曜日。楽しみにしてるよ、シュンくん。よろしく。」

 と、右手を差し出した。

「―――――・・・お、お手柔らかに・・・お願いします。」

 絞り出すように言いながら、シュンは時海さんと握手を交わした。

 時海さんの手の平は堅く、鍛え上げられた超一流の剣士の手であった。

(うぁ・・・・・・父さんと同じ手だ・・・。)

 思い出したのは父の手の平。"国一番の剣士"と謳われた父と――――――同じ手。つまり、

(俺は父さんと戦うのか・・・・・・?)

 スマン、神楽。せっかく連れてきてもらったのに。合格できねぇかも。シュンは心の中で、そう呟いた。

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