序幕
それでは、これより、始めましょう。
よろしくお願いいたします。
ハザーヴ王国から北に向かって、2日も歩けば砂漠は終わり、海に出る。港町トリュニスからは、中央――――――作者の知る言葉では、欧州と呼ばれる地域――――――を目指す船が出ている。
中央の南(スペインのある場所、と言えばわかりやすいか。)に、ウェリウス王国という大国がある。
ウェリウスには、聖廉信仰協会が持つ十二の協会本部及び学校の中で、最も大規模なものがあり、この物語の主人公・神楽とシュンが目指すところは、そこであった。
2人は港町トリュニスから、ウェリウス王国の最東端の街・リヴァンに到着すると、まず始めに、服屋へと足を踏み入れたのであった。
◇
更衣室からしぶしぶ出てきたシュンを見て、神楽は思わず目を見張った。
「・・・・・・・んだよ。」
何も言わずに凝視してくる神楽を、シュンは思いっきり睨んだ。神楽はそんなシュンの不機嫌そうな顔つきなぞまったく意にも介さず、まじまじとその格好を見つめた。
神楽と、その顔見知りの店員が、面白半分に見立てた深い青色のロングコート。デザインはいいのだが、この渋くて濃い青色を着こなせる人がいないのだろう。決して"派手"というわけではないのに、入荷してからこの5ヶ月、売れずに残っていた商品だった。神楽は、絶対似合わないことを承知の上で、財布を握る者としての特権を最大限利用し、無理やりシュンにそれを着せた。大いに笑ってやるつもりだったのだ。
ところがどうだ。
砂漠の片田舎から出てきたばかりの青年に、この服は、まるで最初からこれを着ていたかのように、すっかり馴染んでしまっていた。浅黒い肌に影響されたのか、青色はさらに深みを増して、海の底のような底知れなささえ感じさせる。こうして見ると、シュンの顔立ちとは意外に精悍で、凛々しいことがわかった。初めて出会ってから2週間が経過していたが、神楽はそのことに全く気付いていなかった。
神楽は肩を落として言った。
「・・・・・・・・・なんだ、似合うじゃん。」
「・・・なんで、そんなに残念そうなんだ?」
「いや、似っ合わねぇっ!って笑ってやるつもりだったから。」
「なっ・・・・・・てっめぇ、やっぱそう言う魂胆だったのか!」
「当ー然。でも・・・・・・あーくそ、失敗したなぁ。似合っちゃったなら意味ないじゃん。残念だなー。ちぇっ、ミスったなー。」
悪びれるどころか選択のミスを大いに悔やんでいる神楽を見て、シュンはもはや何も言えなかった。怒りというか、呆れというか、そんなようなものがごっちゃになった気持ちを持て余し、彼は黒髪を乱暴に掻きまわした。
「あーじゃあもう、これでいいね。はい、決定決定ー。おーい、アンジェー。」
神楽は興ざめしたらしく、投げやりにそう言って店員のアンジェを呼んだ。はいはいはい、と、軽快な返事とともに、客間に入ってきたアンジェは、シュンを見て固まった。口が開きっぱなしになっている。それから、不意に我に返り、騒ぎ出した。
「―――――――――――・・・・・・え、ウッソぉ、似合ってるっ?!ってか、イケメン!イケメンじゃないのこの子!あれ、こんなにかっこよかったっけ?えー?それにしても、これが似合うだなんて!えー、うわぁ、意外だわ意外。"真打ち登場"!って感じじゃない。すごいわぁー。あ、で、もちろん、これはお買い上げよね?」
「もちろん。私としては、笑えなかったのが非常に残念なところだけどね。」
「あはは!そうねー、似合わないこと前提で選んだもんねー。」
「でさあ、アンジェ。これに合うシャツとかブーツとかの事なんだけど・・・。」
「あ、そこらへんもうちで買ってくれんの?!」
「そりゃもちろん。」
「ありがとー神楽ぁっ!大好きー!!じゃあ早速、見繕ってくるね!」
「よろしくー。」
女二人の会話に、元から付いて行く気などないシュンは、適当な椅子に腰掛けて大きく欠伸をしていた。
先程から、"シュン"と呼ばれている彼は、砂漠の王国に生まれた剣士である。浅黒い肌に、切れ長な緑の瞳は、その王国の人々の特徴だ。訳あって神楽の旅に同行することを決意し、つい2週間前、砂漠から出てきたのである。
対する女は、"神楽"。東洋に浮かぶ島国、相国の生まれで、濡れ羽色の髪と真っ白な肌とが、互いを引き立て合うように魅せあっている。希少な紫色の瞳は、少々特殊な血筋によるものらしい。彼女の職業は、"神の司"という、聖職のひとつだ。世界全域を渡り歩き、神々や宗教に関するありとあらゆる諍いを、絶対的中立の立ち場から審議・断罪することを使命としている。その権力は絶大で、なるためには様々な障害がある。実際に司として世界を巡礼しているのは、たったの5名程度だとか。神楽はその中でも最年少で、司となった者だった。
様々な特権が与えられている"神の司"。間違っても、その旅の道連れが、司を誑かすようなことがあってはならない。だから、「共に旅をする」ためだけに、特別な許可を取らなくてはならなかった。司と共に旅をし、その道をその命を、"護る者"として、聖廉信仰協会に承認されなければならないのである。その試験はかなり難しく、今までに外部から受験をし、受かったものは一人もいないとか。
ちなみに、「聖廉信仰協会」とは、すべての宗教とその信者のためにある組合の一種で、全世界に勢力を拡大している。政治に関わることはないが、実質、宗教を介して世界を征服していると見ても間違いではないだろう。神の司を選出・認定するのも、この協会のトップである"十二聖者"だ。
シュンは、その聖廉信仰協会に認められ、司の"護り人"となるために、ここにいるのである。
アンジェが抱え込んできた大量の服の中から、神楽が選出したものを着込んで、ようやく買い物は終わった。田舎者の彼にとって、こんなに疲れることは初めてだった。
会計も済まし、ニコニコ顔のアンジェに見送られ、さぁ行こう、となった時だった。シュンは、思うところあって立ち止まった。
(体が重い―――――のは、服の所為だよな。それはまぁ、仕方がないとして・・・。)
今まで着ていた麻の簡素な服と、今来ているこの小洒落た服とでは、重量が何十倍分も違うのはわかりきっていることだ。シュンが感じた違和感は、それ以外のことだった。何かが、すーすーしているような、心もとないような感覚。これは、この原因は・・・・・・・。
「どしたの、シュン?」
「――――――そうか、頭が軽いんだ。」
「ハァ?」
突然、シュンがそんなことを言い出したものだから、神楽は驚いて、眉をひそめた。そうかぁそれだ、頭がやけに軽いんだ、そうだそうだ・・・・・・とひとり呟き頷くシュンを、神楽はしばらく変なものを見るような目で見ていたが、
「・・・・・・あぁ、そういうことか。はいはい、なるほどね。」
その言動の理由に気付いて、膝を打った。そして、同じように不可解な顔をしているアンジェに何やら言いつけた。
前述したように、シュンは砂漠の出身だ。砂漠では、強い日差しや砂ぼこりを防ぐため、マントやターバンなどを常に身に付けている人が多い。シュンも漏れなくそうであった。特にターバンはお気に入りで、10歳を過ぎた頃からずっと、ほぼ毎日身に付けていたのだ。そんな彼が突然ターバンを外したのである。違和感を感じるのも、当然のことだろう。
シュンはまだ、頭をぽふぽふ叩きながら、違和感に顔をしかめている。神楽はニヤリと笑いながら、アンジェから受け取った物をシュンに被せた。
「ほれ。これが欲しいんだろ?」
「え?・・・・・・あ、あぁー。おぉ、おぉ。」
どうやらシュン、頭の上に何かが無いと、落ち着かないらしい。神楽は彼に帽子を被せたのだ。コートと同じ色の、キャスケットのような形の帽子である。
それが頭に乗った途端――――――軽いことに変わりは無かったが――――――シュンは違和感が無くなるのを感じた。
その様子を見て、神楽はちょっと肩を竦めると、「アンジェ、あれ、追加で。」と財布を出した。
アンジェは微笑んで首を振った。
「お代はいいや。あれはサービスとして、タダであげるよ!」
「え、でも・・・。」
「いいからいいから。たくさん買ってもらったし。―――――それに、」
と、アンジェは大きな窓の向こう側を見た。神楽もそちらを見て、
「はっ・・・・・・・・・。」
言葉を失った。窓の外には謎の人だかり。その全員が、店内を――――――正確には、帽子を脱いだり被ったりしているシュンを見ている。大半は女性だが、ところどころに男性も混じっている。
アンジェは、本当に嬉しそうに笑った。
「いい宣伝になったみたいだしね!帽子一個じゃ足りないくらいよ!」
「は、はは・・・・・・そうだねー・・・・・・。」
神楽はひきつった笑いを浮かべて、溜め息をついたのであった。
◇
聖廉信仰協会、ウェリウス本部。
その大きな、教会のような荘厳な作りの建物を見上げ、シュンは唸った。
何階建てなのか見当もつかないが、とにかくでかい。それでいて、凝った装飾が随所に施されており、ただ眺めるだけで数時間は優に過ごせそうである。正面にはステンドグラスの大窓があり、神だか天使だかの絵がきらきらと、陽光に照らされて輝いていた。全体的に白っぽい外観は、聖なる信仰の象徴のように思える。
初めて見る大きさ・装飾の建物に、威圧され立ちすくむシュンの横で、神楽は平然としていた。慣れである。かくいう神楽も、初めてここに来たときは、それはそれは驚いたものであった。相国には、これほど大きな石造りの建物など存在しない。そもそも、石造りの建物からして珍しいし、教会すらほとんどない。神楽はシュンの反応を見ながら、かつての自分を思い出し、懐かしく思った。
「ここは本部だからね。支部より数倍でかいんだよ。隣には、学校もある。この学校も、全国で最大規模なんだ。」
「へぇー・・・。学校・・・?」
「宗教とか神様とか、そういうものに関して詳しく学ぶことができる、協会が運営している学校。神官とか神父とか、聖職者になりたい人は大抵、この学校に来るんだ。普通教育もするけどね。基本は宗教関連かな。あと、希望者によっては戦闘訓練とか、魔法理論とか、そういう授業もやってくれる。」
「へぇ。お前も、ここにいたのか?」
「あー・・・まぁ、3年ほどね。相国で大体のことは学んでたから。」
本来、この学校の卒業単位を最低限取得するには、4年かかる。中でも、神の司を目指す者は、それにプラスして2年から5年、長い者では7年ほどかけて、勉強しなければ認められることは難しい。相国で勉強をしてから来たとはいえ、たった3年で神の司になってしまった神楽は、実は異例中の異例なのだが、そこらへんの事情に疎いシュンは、「ふぅん。」と相槌を打つだけで流した。
神楽はシュンを見上げて、にやりと笑った。
「さて、行こうじゃないか。覚悟はいい?」
「あぁ、大丈夫だ。――――――――行こう。」
運命の試験が、始まる。シュンは、ここにきたその時から、心が潰されるような緊張を感じていたのだが、それを言葉ともに吐き出し、腹の奥底に無理やり封じ込める。そして、神楽に続いて一歩、踏み出したのであった。




