Mr.CEの屋敷
驚いて止まっている場合じゃない。浴槽から姉貴を引っ張り出しておんぶする。
重たてぇな、こいつ。と一瞬脳裏を過ぎったけど、一面赤色手形の浴室からすぐさま更衣室に戻り、浴室のドアを閉めると姉貴を下ろしてタオルを身体に巻いた。
すりガラスの向こうの浴室に目をやる。洒落になっていない、と嫌な予感を感じ……、
「ん?」
……これって、いつも通りの日常だよね?
血塗れのオッサンから始まり、色々な幽霊、物の怪、怪奇現象を見聞き体験してきた俺の人生の日常に、新しい出来事が加わっただけでそう大して変わっていないことに気づく。
「あー」
何だ、いつも通りかよ。やばいと思って損した。と俺はホッとして安堵の気持ちが広がる。すると、
「お客様、如何なさいました?」
更衣室の外から声。屋敷のメイドが駆けつけてきたようだ。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
そして二回ドアをノック、
「失礼いたします」
黒髪のツインテール、小顔の幅より少し大きい黒い丸メガネの奥の目は眠たげ。長身スリム体型に、黒を基調にしたメイド服を纏った二十歳そこそこの女性が、ちょっと間を空けて入って来た。
「あ、どうも」
「如何され……あら? お連れ様、のぼせられたのですか?」
「ええっとですね、えー、違います。ちょっと悪い夢を見たというか何というか……」
「悪い夢を?」
「ええ、まあ」
というか、この人を含めて四人のメイドは大丈夫なんだろうか? こんな怪奇屋敷で働いてて……。
もしかしてここのメイドは俺側の人、か……?
「ああ。そういえばお伝え忘れていました」
ん? 何を?
「ここの浴室、〝赤い手形を残す幽霊さん〟が出ますのでお気をつけくださいということを」
「はあ?」
俺は思わずマヌケな声が出た。黒いメイドはニッコリと笑みを送ってくる。
おいおいお前、確信犯か? その笑みはずっと前から知っていただろ。
「誰かが入りますと、浴室一面に無数の手形を残すんです。困った幽霊さんなんですよ」
俺は今、お前に困ったさんというあだ名を送ってやりたい気分だ。
「ですが大丈夫です」
黒いメイドは浴室の入り口に近づき、
「誰もいなければ、ほら、この通り」
ドアを開けた。浴室の中は最初入った時のキレイな状態だった。手品かっ。
「おまけに掃除しなくても、汚れも一緒に消えるのです。便利なんですよ」
どんなお掃除幽霊だ。便利なのか迷惑なのかわからんわ。ん?
「……もしかして、あなたも幽霊ですか?」
言うのを躊躇したけど、躊躇する意味がないと悟って率直に訊ねてみる。
「この通り身体はちゃんとありますよ」
軽い身のこなしを見せつつ、くるっと一回転してポーズを取る黒いメイド。少し上目遣いしていた。
――……。
いえね、それでも身近に色々と融通が利いちゃう幽霊がいるので……、『身体はある』と言われても判断がつかないなぁ。
本当にここ最近、人と幽霊の見分けがわからなくなっている気がするので、あなたのことを、ああ、そうですか、と信用はちょっと……。
てか、別にここに長居する必要もないんだ。電話借りて迎えに来てもらえば、その間待ってるだけでいいじゃん。
お風呂を借りてちょっとサプライズ(姉貴だけ)が驚かされたと思えば困ったことはない。俺は痛くも痒くもない。
「ああ、そうですか。すいません、失礼しました」
「いえいえ。では、どうされます。もう一度お風呂に入られますか?」
「いえ、もう入りました」
「そうですか。では、お連れ様は如何いたしますか?」
あ、そうだ。タオル一枚に包んだ姉貴の存在を忘れていた。……忘れたままでもよかったかもしれんが。
「できれば身体拭いて服を着せてやってもらえませんか? あと、適当な部屋、物置でもいいんで、そこらへんで寝かせておいてもらえれば助かるんですが」
「お部屋は屋根裏でもよろしいですか? ネズミが多くて困っているんです。お連れ様、ネコっぽいのでネズミ捕りしていただけるとこちらは大助かりなんですが?」
「ああ、無理です無理です。あいつはそんな芸当できません」
野生はちょっとね。好きなネズミはディ○ニーさんところのネズミぐらいなんで。
「ホント適当な部屋でぐっすりさせてもらえないでしょうか?」
「はい、かしこまりました」
と黒いメイドは返事をして姉貴を軽々と持ち上げた。わあ、力持ち。
「では、お部屋へご案内いたしますね」
「ああ。あと電話貸してもらえませんか?」
「かしこまりました」
姉貴は黒いメイドに連れて行かれ、俺は一人電話がある場所にいる。
――……。
受話器を持って電話を掛けようと思ったけど、すぐ受話器を置いた。
――……。
電話、繋がってねー。
窓の外を見ると、雨風が一層きつくなって建物の内部が軋んでいるような錯覚を覚える。
この凄まじい嵐で電話線が切れたのか? どうっすかなぁ……。
「お客さまー、どうなさいましたー?」
振り返ると後ろに、三人のメイド。
真ん中に、純白でボリュームのあるボブカットの髪で、小さな体格でおっとり温和な雰囲気を醸し出し、白を基調、というより全身白のメイド服を着た二十歳そこそこの女性と、
右隣に長くストレートな青髪、クールというより冷た過ぎる印象、特に眼つきがそういう印象を与え、青を基調としたメイド服を着たこれまた二十歳そこそこの女性と、
左隣にはポニーテールの赤髪、日に焼けた褐色の肌に、元気活発女です、と言わんばかりのキラキラした笑顔を振りまく赤を基調としたメイド服を着た女性。
その三人が甘い匂いと良い香り漂う何かをトレーで運んでいた。
「電話が繋がらないんです」
「えー? どうしてかなー?」
「たぶん、この嵐で電話線が切れたんじゃないかと。他に外と連絡が取れるモノって無いですか? 迎えを呼びたいんですけど」
「ないと思う」
「そうですか」
『思う』って何? 青いメイドに言われて俺は困惑した。
「それよりお茶しましょー」
お茶? 二人が運んでいるトレーには、六人分のカップとティーポッドと蓋をされた大きな皿と小皿が数枚、銀のスプーンとフォークが載っていた。
蓋をされた大きな皿の中身は……、
「中身はケーキだよ」
目線を向けただけで意思を汲み取って赤いメイドが答えてくれた。
三時のおやつタイムですか。六人分カップがあるということは、俺と姉貴分も、ということですかね。
あなたたちメイドなのに、優雅にお茶してもいい身分なの? そういえば、この屋敷の主人は……。
「あら? みんな立ち止まってどうしたの?」
そこへ黒いメイド登場。あと一人違う色のメイドがいれば戦隊モノとして成り立つな、などど思ってしまう。
「ト・モ・ミ。お茶の時間だよー」
「一時間四十三分十六秒前にしたばっかりよ、ノブエ」
いや、細かっ。
「気にしたら負けってやつよ」
「リナは気にした方がいいと思う。大雑把すぎだと私は思う」
「あたしはそうは思わない」
「タカコ。リナに小言めいたこと言っても聞かないわ」
「トモミ。私は百も承知でそんなことは知っている、と思う」
思うのかよっ。
俺が思うのも何だけど、この変なメイド四人組は何? 全員変わり者じゃん。こんな人材をメイドとして雇ったこの屋敷の主人の選考基準をかなり疑うわー。
「はあー。明日は主人の〝Mr.CE〟様が来られる日だっていうのに……」
「えっ? 今、何と?」
黙って聞いていたけど、俺は思わず訊ねてしまう。
「何がですか?」
「いや、ミスターなんとかとか?」
聞き間違いじゃなければ、コードネームのような単語が出てきたはず。
「〝Mr.CE〟様。この屋敷の主人であります」
黒いメイド、もとい、トモミさんはそう言う。
「――……」
怪しい。めちゃくちゃ怪しいわ。あれだ。主人がアレだからメイドもアレなんだな。今、すっごくそう思いたい。




