山中のお屋敷
「レン、寒くはないか、い……?」
「全然」
「ほ、本当?」
「お風呂入っていて寒いってことはないでしょうが」
「そそ、そうか。そうだったね。そ、それならよかった……」
「――……」
「……も……もっとっ、くっついたほうがいいかい?」
はあ?
右隣から小さな波が立つ。少しずつ、少しずつ姉貴がセンチ単位でにじり寄ってきていた。
「い、いいよね?」
「何で?」
「ババ、バカッ、レンッ」
俺が振り向いたら僅か、僅かだけ姉貴が離れた。
「こっちを見ないでくれっ。ボクは、はは裸なんだぞっ」
え? 俺も裸なんですけど……、だって一応ここお風呂ですよ……?
「もうっエッチなんだからぁっ」
で、離れた分以上に姉貴が俺に近寄ってきた。
あのー、最低半径一メートルは離れませんか? そうすれば間に湯気がいい具合に立って少しは視界が見えにくくなると思うんですよ。
てかそもそも、一度に七、八人、もしかしたら十人が一気に入れそうな浴槽でこんなに近くにいる必要は無いでしょうが。
と考えていると、俺は反射的に動きが固まる。同時に他人の肌の感触を感じ、柔らかくて弾力あるモノが右腕を圧迫した。
浴室の明かりは点いたまま。小さな隕石が地面に衝突したような爆音が一回鳴ってから、余韻の音が振動となって耳に響く。
――雷。どうやら近くに落ちたらしい。
外は一層強まった雨風。小さい子なら、傘を広げると飛ばされるような気がする突風が建物、特に窓を吹き叩く。
「……すごく近かったね」
「本格的な嵐だな」
「そうだね。よかったよ。あのまま外にいたらかなり危険な……って、わあっ!? 近いっ!?」
俺に抱きついていた姉貴がバッと離れて一気に一メートルぐらい距離をとった。
「なな、何でボクたち抱き合っているんだよっ!? レンのエッチスケベッ!」
「雷が落ちて、姉貴がビビッて、俺に抱きついた。己自身に聞け」
俺は一歩たりともこの場から動いていない。そこんとこ間違えんな、タコ。
「そ、そっか。雷だ。雷の所為だね。もうこれは不可抗力だ。うんうん、しかたない。ね? しかたないよね?」
知らんがな。
「雷か……。そっか、雷か」
こっちに近づきながら姉貴は視線だけ天井の方をチラチラと見る。何でそんな雷が落ちて欲しそうな顔してんの?
てか、どうしてこうなっちゃったんだろう? 姉貴と二人で風呂に入る羽目になるなんてことに……。
夏休みの中盤――お盆休みに入って父さんの田舎にやって来ました湊一家。
海あり山ありの町。賑やかな都会であったり、地元の住宅街のような街とは違った自然に囲まれた町。人通りも多くはなく、観光が盛んじゃないから人ごみの海水浴場なんて縁遠い。サーフィンしにくる人がいるぐらい?
そんな湊家の田舎にやって来ましたが、まあ、やることなんて極僅かしかありません。知り合い、遊び相手、そんなのこっちにいませんし。
従兄弟はみんな年上だし、その従兄弟の子供がいるけどまだオムツをしている小さい子。必然的に暇を持て余します。
そんなダラダラとダラけている時、姉貴が出かけようと誘ってきた。
散歩するのもいいか、と思い誘いに乗って出かけたのですが、姉貴について行ったのが間違いだったようです。
山の方へ散歩していた湊姉弟は山中で道に迷って迷子。帰りの方角が判らず、時間だけけが過ぎてとうとう雨が降る始末。
雨宿りができる場所を探して困りに困り果てていると何と明かりが見え、近づくと立派な西洋風のお屋敷を見つけたのです。
神の助けか? と少しだけ神様に感謝して雨宿りor連絡をさせてもらおと屋敷の人にお願いしようとしたんだけど……、
出迎えてくれたのは〝四人のメイド〟。
正直驚きました。というか、身構えました。どしてこんな山中のお屋敷にメイド? って。少々お金持ってらっしゃる方の別荘か何かですか? と。
けど、後は流れるような行動だった。
『お客様? ああ、道に迷われたのですね』、『しかもずぶ濡れではないですか』、『冷えてはいけません。まずはお風呂を』、『どうぞこちらへ』、『御用がございましたらお申し付けください』、と。
レストランかなっと思いましたよ。
『いらっしゃいませ。何名様ですか?』、『おタバコは座れますか?』、『どうぞこちらへ』、『ご注文はお決まりでしょうか?』、『少々お待ちください』、ってな風な完璧な流れ作業。
で、現在そのお屋敷のお風呂をお借りしています。
――……。ホントどしてこうなったの?
「落ちないなぁ」
姉貴、近っ!? いつの間にどんだけ隣接してんだよ、俺に?
「もう一回雷が落ちれば、ボクだってもっと……、もっともっと踏み出せるはず」
ブルっと身震いを起こして身の危険を感じた。
あかん。このまま隣で入っていたら姉貴に襲われる気がする。人ん家のお風呂で発展とか、それだけは絶対に避けたい。
「雷様。お願い」
「お先に」
俺はさっさと浴槽から出る。
「えっ!? もう出るのっ!?」
「もう十分温もったからね。じゃ」
「えっ? えっ? えぇぇぇ……」
浴室の入り口に向かう俺。姉貴の都合なんざ知ったこっちゃない。
てか、あのお姉ちゃんは{ピー}が法律に触れるっていつになったら理解できるのだろうか。頭の出来を疑わざるを得ないよ、今のままならホント。
と考えながら鏡に映る場所を通りかかった所で、俺とは別の人の顔らしきモノが鏡に映り込んだように視えた。
ん? 今さっき誰か映っていたような……。
まさかの、こんな所まで来て幽霊さんを見かけることになったのか。イヤだなぁ。
まあ視える自分だから、いつものこと、と大して気に留めずに浴室から出た。
ああ、さっぱりした。雨に降られた時はどうしようかと思ったけど、今の気分はポカポカと良い気分。
けど、用意してあったタオルで身体を拭き終えたら、あれ? と思う。着替えどうすんの?
よく見ると着替え一式がタオルがあった場所に置いてあった。しかも、サイズピッタリで。
何? この至れり尽くせり? これが、おもてなしというやつ? メイドの人凄すぎだな。
ご好意に甘えて服を着る。この嵐だと帰るのは困難だろう。電話して向かえに来てもらうまでお借りしましょう。
「きゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ!?」
えっ……姉貴?
突然の姉貴の叫び声――俺は浴室のドアをおかまいなしに開ける。
「ッ!?」
開けると身体が硬直してしまう。なんじゃこりゃっ?
浴室内一面、十数人で一気にペンキを撒き散らしたような赤、赤、赤の赤い色。
だけならいいのだけど、その赤色の形が手形になっているのに気づいてさらに不気味さが増す。
少し湯気が立ち込める中、浴槽の端でぐったりしている姉貴。こりゃやばい、と急いで姉貴の許へ向かう。
「姉貴? 姉貴? おい大丈夫か?」
肩を揺らすけど姉貴はどうやら意識が無く、気を失っているよう。
建物を吹き叩く雨風――機会を伺うような雷が耳に届く。
……この屋敷、やばい。




