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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅴ
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お叱りタイム


 爽快坊主頭のフェルくんの姿は、剣道部員にその場で五秒ほどの時間停止をさせるほどの効果を生み出す。

 時を駆けた少年から時を止める少年に能力アップさせたフェル。男子女子剣道部、同期後輩問わず視線だけが坊主頭を追いかけさせている。

 ヒサトだけだろうか、「似合いすぎ」と言いつつも、大笑いしながら必死にジャンプして後頭部を触ろうとしている奴は……、

 いや、フェルを見る女の子数人の表情が色めきあっている。坊主でも人気者だねぇ。爽やかさが増幅されていいの感じなのかな?

 部活を行う他のクラブの連中も一様にフェルを追いかけ、部室まで道のりはすごく注目を集めていた。

「……何で坊主にしたんだよぉ?」

「ん?」

「その頭だよ」

 後輩部員全員が体育館へ行き、三年生だけとなった部室でシンタが言う。そらぁ、昨日まであった綺麗な金髪が無くなってりゃ訊きたくもなるよね。おかげで男子女子剣道部員を少し体育館で待てせることになった。

 全員がフェルに注目し、シンタの言ったことは俺以外のみんなの代弁だ。

「ああ、これ。昨日決意したあと、気持ちを引き締めるためにやったんだ」

 だ、そうですよ、シンタ。あとヒサトは……さっきからどうしてフェルの後頭部を触ろうと必死なんだろうか。

「気に食わねぇな……」

「え?」

「気に食わねぇつってんだよぉ」

 フェルの回答にシンタは何かご不満のようだ。

「てめぇだけそんなかっこつけつけてんじゃねぇよっ。やるなら俺たちも一緒だろうがっ」

「シンタ」

「俺たちは『やる』って昨日言ったんだぜっ。何一人でやっちまう感丸出しなんだよぉ。ふざけんなっ!」

 怒っている様子じゃないみたいだけどご不満タラタラだな。

「シンタ? 素直に水臭いって言えばいいじゃない? それに、ハサミ一本あれば今からでもできるだろ?」

 ナルミが諭すように言う。なるほど、昨日に引き続きツンデレシンタくんは健在なのか。

「ばかやろうっ。こういうのは足並みを揃えてって言うだろっ。俺はそういうことを言ってんだよっ」

「だったら今からハサミで髪の毛切りなよ?」

「シンタの気持ちは分かる。よし、ナルミ、俺にハサミを貸してくれ。フェルのように青春の坊主頭にするぜ」

「俺が持ってるわけないだろ」

「なにぃ!? だったらどうすればいいんだ!?」

「知らないよ、そんなこと」

「だあぁっ! トシハルッ、お前喋んなっ! ややこしくなるっ!」

 お前が喋っていることもややこしいけどな。そもそももう行かなきゃならんのに髪切ってる暇なんてあるかよ。

「フェル? ちょっとしゃがんでくれよー? 届かねぇよ」

 こらこらチビザルくん、まだやってんのかね。

「ヒサト。てめぇは足並みを揃えるって言葉を知らねぇのかっ?」

「お前がやっても女子の目はお前にいかねぇっつーの。お前がやってもチンピラが一人出来上がるだけだろ」

「なっ!? 何をババ、バカを言ってっ……!?」

 確信はそこにあったか。動揺しまくりだぞ、シンタ。

「……さてさて。体育館に行きますか? 部員が待っていることだし」

「おう。俺たちの青春の締めくくりだな!」

「なあ、フェル? 一回だけでいいから触らせてくれよー」

「しょうがないなぁ。一回だけだよ、ヒサト」

 ここにてきようやく頭を触らせてもらえたヒサト。感想は「おお、ジョリっとして気持ちええー」だった。

 外であの頭に水ぶっかけてワシャワシャしたら、キレイな虹が見れそうだな。

「ちょ待てよっ! おい、レンヤ! レンヤはこういうのはよくねぇと思うわねぇか! 坊主にするなら全員でやるべきだろ!」

「やるならお前だけやりなさい」

 プードルでも頭の毛は残っているんだぞ? 頭部だけ毛刈りされたキツネなんてイヤだろ? 笑うだろ? 俺自身が毎朝鏡見て腹抱えて笑うわ。

「レンヤってよー、○ンギン村にいる長靴履いたキツネにそっくりだよな。頭毛刈りされたら俺、絶対ふくわ」

「ヒサト、俺も同意権だ。朝、顔を洗うために洗面所に行きたくないわ」

「おっ、そうだ。レンヤに似せたマスコット人形作ろうぜ? 鳥○先生のアレをモチーフにして」

「悪いな。それ、間に合ってる」

「いつの間にそんなんできたん?」

「アホな姉貴が、アホアホな姉貴が、アホウな姉貴が作られました」

「そうか、レンヤのアホなお姉ちゃんが作ったのかー。出来はどうよ?」

「ああ、アレそっくりだ」

「……じゃあ、そのアホなお姉ちゃんと同じ考えをした俺はアホってことになるの?」

「そうなるな」

「でもレンヤのお姉ちゃんって可愛いよな」

「たぶんな」

「じゃあ、俺可愛いってことだな」

「その理屈はおかしい」

「いつまでコントみてぇなことしてやがるっ! 全然締まりがねぇじゃねぇかっ!」

「コント始めたの、お前じゃん」

「だよなー」

「はっ!? 何で俺だよ!?」

「さっきヒサトにツッコまれたの忘れたのか? それに言い返せなかったのは図星だったからだろ?」

「うっ……それはだなぁ……」

「あっははははははっ。バカだこいつ」

 言ってやるな、ヒサト。シンタも頑張ってんだから。

「そろそろ行くよ?」

 フェルが俺たちを呼ぶ。それを合図に俺たちはコント的なことをやめた。

「ちっ、しゃーねぇなもう。てめぇら、締まっていけよ」

「おう! 最後まで青春全力疾走で突っ走るぜ!」

「うざいし暑苦しいなぁ、この二人は」

「俺海行きたい。みんな、海行こうぜ?」

 そかそか。引退した後にでもじっくり計画立ててくれや、ヒサト。

「よし、行こう」

 さて、いっちょやってやりますか、フェル。

 フェルが部室の扉を開いて一番最初に出て行く。

 めんどくさそうな面したシンタ。飄々としたナルミ。気合入りまくりのトシハル。ケラケラ笑っているヒサト。

 一体感のない面々――けど、俺たちの気持ちはてんでバラバラではない。俺も含めて普段からアホやってる奴らが、今からアホなことやりに行くだけだから。

 俺は気分的にはお祭り状態ってところかな。


 体育館に入ると、二十人ほどの男子女子剣道部員が一塊に集まっていた。

 その理由は女子剣道部部長の新橋姉に頼んでおいたから。昨日、ちゃんと連絡を通して言っておいた言いつけを守ってくれていることに安心する。

 待たされていた部員たちはいつもと違うことに少しだけ困惑している風だが。

 えっと……小太り新井に特徴無しの岸村、出っ歯の多田野と色黒の吉川っと……。ちゃんといるね。

「部長たち遅いですよ。てか、何するんですか? 新橋さんに待ってろって言われたんですけど?」

 男子剣道部二年生の一人、坂下という奴がフェルに訊ねてくる。

「うん。今日はね、みんなに話さないといけないことがあるんだ」

「え?」

「だから今日は、部活はしないよ」

 男子女子の部員たちがざわめきだし、平然を装っていた新橋姉の顔色が一気に険しくなる。

 ギラっとした眼つきで四人を睨み、今すぐ感情のままに溜まっているモノを吐き出してやりたいんだろうけど……、頼むから騒ぐなよ、新橋姉。

「えっと、じゃ、じゃあ、話しっていうのは何ですか?」

「本題の前に一つ言っておくことがある」

 何ですか? と言わんばかりに部員たちがフェルに注目した。

「それは、〝俺たち男子剣道部三年生は最後の大会には出場しない〟」

 部員たちは一様に驚き、声大きくザワザワとざわめきが一層強くなる。

「どどど、どうしてですかっ? 最後の大会ですよっ?」

 驚くのは無理はない。普通に考えれば最後の大会に出場しないなんて思わないもんな。けど、

「その理由は、この剣道部の一人がイジメが受けているから。そうだよね、イジメを受けている新橋スオウくん」

 フェルはそう告げると、新橋弟はモドリ気味で顔をかくすように俯く。さらにより一層部員たちのざわめきが大きく強くなった。

 その中で明らかに顔色が不味くなる奴が四人――おもしれぇ顔してんなぁ、と俺は思う。

「そして新橋くんをイジメているのは、新井、岸村、多田野、吉川、この四人だ」

 部員たちの目が一斉にその四人に向かう。おお、おお、ホントおもしれぇ顔してやがるわ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、千歳先輩」

「そうですよ。何言っているですか?」

「じょ、冗談はやめてほしいなぁ」

 出っ歯の多田野が四人の中で初めに口を開き、続いて小太りの新井、特徴無しの岸村。吉川は笑えてない苦笑いで誤魔化そうとしている。

「冗談でこんなことは言わない。キミたちがやっているのはもうわかっているから」

 今のフェルにそれは通用しない。抑揚なく淡々として言い切り、ざわめきが無くなって体育館が静寂に包まれた。

 さて、どう返してきますか?

「わ、わかってるって言われても」

「証拠がないじゃないですかっ」

「そうだよなぁ、証拠はないよなぁ。俺たちそんなことしてないですよ、なあっ、新橋っ」

「え……う、うん……」

「ほら、新橋もこう言ってますよ?」

「やったって言うなら証拠出してくださいよ、先輩?」

 予想通りに返してくるからおもしれぇわ、こいつら。

「あっははははははっ」

 ヒサトが突然笑う。こんな時でも通常運行で我慢しないで笑えるヒサトはやっぱりヒサトらしい。

「な、何がおかしいんすかっ!?」

 小太り新井に言われたヒサトはヘラヘラした表情でポケットからある物を取り出す。それは携帯だった。

 ヒサトは携帯を操作し、部員たちに見せると動画が再生。

 そこには俺がいつも一人稽古をしている川原。その近くにある鉄橋が映し出される。これは昨日、ヒサトが俺たちにメールで送ったきたものだ。

『オラオラオラッ』

 特徴無しの岸村が新橋弟を後ろから羽交い絞めにし、色黒の吉川がお腹を殴る場面から始まった。

『ゲホッ』

『財布の中二千円しか入ってないよ、こいつ』

『最低一万は持って来いって言っただろっ。足りないんだよっ』

 倒れた新橋弟。財布の中身を確認する多田野に、金額に不満を持った新井がお腹に蹴りを入れる。

『あー、この女みたいな顔を殴ってやりたいわ』

『やるなら腹や腕にしとけって』

『けど、殴ればちょっとはマシな男の顔になるんじゃねぇの?』

『きゃははははっ。でも、ばれるから顔はやめといたほうがいいわ、マジで』

 その後はもう新橋弟をサンドバックにして殴るわ蹴るわが続く。

 暴行恐喝……立派な犯罪ですね。ヒサトの奴、よくこんなの撮れたと思う。

 昨日話を聞いてその日うちに撮るなんてなぁ……もしかして、ヒサト……。

 あまりの陰湿な出来事に剣道部員たちは言葉にならないといった様子だった。

「え? 証拠が何だって? ばれるからやめとけ? ねぇ、ねぇ? 俺が撮ってるの気づかなかったの? バカなの? 死ぬの? あっはははははははっ」

「笑いすぎだって、ヒサト」

 あまりの馬鹿笑いをするヒサトをナルミが諌める。体育館に静寂が戻り、フェルが口を開いた。

「これ見ても、まだやってないって言えるか?」

 焦りを隠せず暑さとは違う汗を大量に光らせ、口を噤んで黙る四人。周りにいる部員たちが冷ややかどころか嫌悪に満ちた視線を向けているから。

「……どうしてやったんだ?」

 フェルは冷静な口調で訊ねる。あくまで静かに、落ち着き払って。

 けど、そろそろ危ないと俺は思い、新橋姉に近づく。

 新橋姉にはあのメールは見せていない。見せていたら学校に来た時点で新橋姉はこの四人に突っかかって行くこと間違いなしだから。

 昨日の部活後――校庭の裏庭で見せたような怒りに満ち満ちた般若の形相がそれを物語る。

「どうして……。どしてうちのスオウをイジメたのよっ! あなたたちも同じ目にあわせてあげるわっ!」

 はい、ちょっと待ってね。と俺は新橋姉の手を掴む。

「ちょっとっ、湊くんっ!? 何をっ!?」

 えっと、怖い顔して唾飛ばさないでくれるかな? 汚い。

「新橋姉、待て。フェルが今話している」

「でも、こいつらはっ!」

「今は待てと言ってんの。お前があいつらボコる前に、俺がお前の足折って立てなくすんぞ? 這いずりたいのか、お前?」

 ここは俺も新橋姉に負けないようにと強気に出る。

「お前の個人的なことは俺たちの話が終わってからにしろ」

 昨日とは状況がまったく違うからなぁ。お前に今騒がれるのはめんどうなんだだよ。

 憎しみ交じりの目が俺を見つめる。が……、

「わ、わかったわ……」

 新橋姉の表情が崩れる。よし、良い子だ。

「レンヤ、ありがとう」

 俺の役割はこういうのだからないいよ、フェル。てか、女の子脅してる奴に感謝することはないと思うよ?

「さあ、続きを訊こう。どうしてイジメなんてやったんだ?」

 フェルが引き続き訊くけど、やっぱり押し黙るだけで四人は何も言わない。

 言えばもっと酷い目に合うと言わんばかりに、もうどうしていいかわからないっていう表情をしていた。

「……そうか」

 フェルは一度視線を落とし、

「坂下くん」

 男子剣道部二年生の一人坂下のい名前を呼んだ。

「は、はい」

「先生を呼んできて。この問題を世間に公表するから」

「えっ!? 千歳部長っ!?」

 坂下だけでなく、男子女子部員全員の表情が驚き、

「どうしてですかっ!?」

「そんなことしたら剣道部は……」

「私たちどうなっちゃうんですか!? 大会はっ!?」

「そ、そうですよっ。大会が近いって言うのに、今言わなくても……」

 男子女子共々色々と喚いた。うるせーな……。

「だったら全員剣道部辞めちまえっ!」

 そんな部員一同をシンタが一蹴。風貌と迫力で全員の騒ぎが止まった。

「あのなー、この問題、ここで終わらせないといけないだよー? こいつらダンマリするんだから、話す場所とこの問題が二度と起こらないようにするために世間に晒すの。わかる?」

 ヒサトが言う。

 この四人には、世間様の目がどれほど厳しいか思い知るチャンスを与えてやるわけさ。

「一年生男子がやったことだけど、イジメられているのは女子の部長の弟だからね。女子剣道部も無関係ってわけにはいかない。もしそういうのがイヤなら、今ここで退部届けを書きなよ?」

 ナルミの言う通り。無関係でいたければ退部届け書いてお家に帰りなさい。

「汚名を被るのも一つの青春だからな。後のことは任せておけ、お前ら」

 汚れた青春……それは青春って言えんの、トシハル?

「俺たちはもう大会のことなんて考えてない。大会よりこの問題の方が大切だから」

 考えてりゃ、大会終わるまでこんな面倒くさいことに首突っ込みたくないもんな、フェル。

「坂下くん。早く先生を呼んで来て」

 フェルは一切ブレずに淡々と坂下に再度お願いする。

「「「「ごめんなさい!」」」」

 その時、バカでかい声――声の発端はイジメをしている四人だった。

「ごめんなさい! 許してください!」

「千歳部長、どうか言わないでください!」

「そんなことされたら俺たち……」

「先輩、頼みます。この通りですから!」

 と四人はその場で土下座までして頭を下げた。部員たちは四人を蔑む目をしている。

 ……何かこいつら、盛大に勘違いしてやがんなぁ。

 シンタ、ヒサト、ナルミ、トシハルの表情が険しくなる。たぶん、俺と同じことを思っていると思う。

 ただ一人表情を変えずに部員たちに歩み寄るフェル。部員たちがモーゼの通る道を開けるようにその場から少し離れた。

「それ、本気で言っているのか?」

 フェルがその四人の前で言う。

「はい!」とか、「すいません、反省してます」とかの言葉返ってくる。

 フェルはやるせない感じで首を振り、


「俺たちに謝っても意味ないだろっ!」


 物凄い剣幕で、さっきの四人より大きなバカでかい声で言い放つ。

「キミたちがイジメた相手は俺たちか!? 違うだろっ! ふざけるなっ!」

 わあぁ、フェルくんこわーい。

 部員たちからしたらいつも温厚なフェルの怒った姿は初めてだろう、俺以外の男子三年生も少しは驚き戸惑っているし。

「……みんな、よく聞いてくれ」

 あら?

「俺たち男子三年生は大会には出場しない。個人戦も、団体戦も。そこで一つ提案がある」

 もうお叱りタイムは終了? めずらしいし、発散できるからブチ撒けたらいいのに……。フェルは最後まで優しいねぇ。

「みんないつも通り大会に出場するといい。けど団体戦――そのメンバーは新井、岸村、多田野、吉川、そして新橋。この五人でいく」

「え? そ、それは……」

「無茶じゃないですか、千歳部長?」

「だって一年生ですよ? 個人戦ならいざしらず団体戦は……」

 二年生の部員がフェルに無謀であると告げる。

 そんなん昨日聞いた俺たちもすぐ思ったわ。

「それにこいつら、まだちゃんと謝ってもいないんですよ?」

 坂下……。もう性根が曲がってんの、こいつらは。ちゃんとしてりゃ、問題の前の原因なんて作らないって。

 どういう経緯があれ、原因の発端であるこいつらが新橋弟に暴力や恐喝行為をしなければ、こう問題になることはなかった。

 さっきのだって、こいつらの性根が曲がっているから新橋弟に真っ先に謝罪が出ないの。

 これをしたらどうなるか、これをやればどうなるか、考えてない。ようするに頭が足りないアホなの。

「新橋くんもこんな奴らと団体戦を戦えませんって。いっそこの四人を退部にした方が……」

「退部にさせるのは簡単。でも、それで本当に反省すると思う? イジメはもうしないって言える?」

 坂下は黙った。

「新井、岸村、多田野、吉川、そして新橋。キミたちには絶対にやってもらうよ」

「覚悟しろよぉ。出場しない俺たちの分までみっちりしごいてやっからよぉ」

「手加減はないからね」

「青春の熱い猛稽古だ!」

「頑張れ、一年生。初戦で負けるだろうけど無駄な努力をしちゃいなよ」

 シンタ、ナルミ、トシハル、ヒサトが言い放つ。

「で、大会が終わったら、新井、岸村、多田野、吉川、剣道部を辞めるか続けるか訊こう。いいか?」

 四人に選択権なんてものはない。ただ、言われるがままに黙って頷いた。

「よしっ。以後、大会が終わるまでこの問題の話しは禁止にする。今日の部活はここまで。礼っ!」

 俺たち男子三年生が率先して礼をする。それにならって男子女子、一、二年生も戸惑いながらも礼。

「解散」

 フェルの掛け声で、今日は終わり? と怪訝になりながらも部員たちは体育館から部室へと行く。発端となった四人は部員たちから冷たい視線を浴びながら。

 新橋姉と俺たちを残して部員が体育館から出て行くと、

「湊。もう、離してくれるかな?」

「あ、悪い」

 ずっと握ったままだった新橋姉の手を離す。すると、

「あんなので、いいの……?」

 何かご不満でもありますか、新橋姉?

「ちゃんと謝ってもいないし、何かの処分とかもないのに……」

 まあ、新橋姉からしたら納得はいかないのかもしれないな。

「あるに決まってんだろぉ。バカかてめぇ」

 そんな納得いかない新橋姉にシンタが言う。

「え……?」

「こっちはなぁ、世間様にも言わねぇし、最後の大会を棒に振ってまでやってやったんだ。普通に終わらすわけねぇだろがっ」

 うん、そらそうだ。個人的なことを言わせてもらえば、この時期にイジメ問題――こっちはいい迷惑この上ない。

「大会まであと一週間も無いけど、稽古で地獄を見てもらうつもりだよ」

「一に青春、二に青春、三四が地獄で五に青春地獄だ」

「あっちぃ、かき氷食いたい」

「まあ任せてよ、新橋さん」

 ん? 一人、違うことを言った奴がいる。

「さて部長ぉ? どうしてやろっかぁ、明日からよぉ?」

「まあ、練習量は倍は確実だね」

「青春ダッシュに青春素振り、青春の声出しは外せんな」

「なあ? どっかで冷たいもん食って帰ろうぜ? あっつぃよ」

「お、そうだなぁ。ヒサトの言うように冷たいもんでも食って考えようぜ」

「あんまり無茶なことは考えないでくれよ、シンタ」

「わかってるってぇ」

 俺と新橋姉を残し、ワイワイとフェルたちは部室へ向かうため体育館から出て行った。

 さて、俺も行こうかね。と思ったところで、

「……ねえ、湊くん」

「はい?」

 新橋姉に呼び止められる。

「どうして大会に出場できないのに、あんなに楽しそうなの? それに、後輩をしごくことを楽しみしているような気が……」

 うーん、血の気やSっ気が多いからねぇ……。

「何? 引いた?」

「ちょ、ちょっと」

「あ、そう。俺も楽しみにしているけどね」

 そう言った後の新橋姉の顔は、ちょっと一線引いたおもしろい面をしていた。


 それから……。

 次の日以降、大会までもう無茶な稽古が行われた。

 練習量は倍。トシハルの青春地獄も採用。情け容赦なくシンタがボロクソに文句を言う。まあ、シンタの口は悪いからこれは仕方ない。

 大会まで少しだけだったけど、その間もう追い詰めて追い詰めて追い詰め巻くってやった。

 そして大会当日――。

 個人戦はそこそこある意味妥当で、団体戦はストレートの初戦敗退。

 予想通りだな、と思いながら俺たち男子三年生は観客席から後輩の試合を見ていた。


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