爽快な決意
「早いな、お前ら」
夜の川原に足を運んだ俺。いつも俺が個人的に稽古を行っているベンチが近くの場所で、俺を除いた剣道部の三年生が集まっていた。
別にこれからみんなで稽古をするわけじゃない。集まった理由はフェルからの呼び出しがあったから。
「遅ぇよ、レンヤ。何してやがったんだぁ」
俺を見るなりシンタが不機嫌そうに口を開く。
キャラ的にこいつの方が遅刻してこういうことを言われるキャラっぽいのに……ショックだなぁ、こいつに言われると。
時刻は夜の九時三分ほど前。まあ一応、集合時間に間に合っているので文句言われる筋合いはないんだけどね。
「レンヤも来たし、フェル? そろそろ話してくれないか? 俺たちを集めた理由を?」
ナルミ、頑張って話を進めてくれ。俺がやることって賛成か否定しかないと思うから、黙って聞いておくわ。
「単刀直入に言うよ。明日、部活前に男子女子も合わせて話しをする」
並々ならない決意を秘めた眼でフェルは言った。
「そうだな。レンヤに『待て』と言われていたが、どうにも我慢は出来んことだ。青春に似つかわしくない!」
「俺は嫌だ」
「何だと、シンタ! お前、そんな弱腰な奴だったのか!」
「違ぇよ、トシハル。俺は明日なんてなまっちょろいこと言ってねぇで、今から〝あいつら〟のとこ行くべきだ、そう言いたいんだよ。今すぐあいつらをボコボコにしてやるんだ」
「なるほど。暴力はよくないが、これは仕方ない。イジメは許せんからな!」
「いちいちうるせぇよ、てめぇはよぉ」
献血でも行って、血を抜いて来たほうがいいな二人は。血の気が多すぎる。
「ちょっと待った」
ナルミが待ったをかけた。みんなの視線がナルミに向いた。
「フェル、シンタ、トシハル? 今、問題を浮き彫りにすると大会がダメになるよ? そこ考えてる?」
シンタとトシハルの表情が一気に曇る。大会が近いということを全然考慮してなかったようだ。
「ああ、それもそっかぁ……。あいつらのやったことで俺たちまでとばっちりを受けるつーのは腹が立つなぁ」
「確かに。最後の大会。輝かしい青春を潰されるのは納得がいかん。だが、それを優先して先延ばしにするのもどうかとも思うぞ?」
現在進行形で新橋弟はイジメを受けているからね。
「わかってる。だから、これは表に出さずに裏で何とかしないといけないと思うんだ。裏で何とかできる材料は揃っているわけだし、それを最大限に使えばいいと思う」
「……ああ、そっか。ナルミ、てめぇの言いたいことはわかったぜ。ようするに〝脅す〟んだな?」
「そう。このことが表に出たら俺たち三年生だけじゃない。二年生もとばっちりを受ける。いや、知らない一年生も。剣道部全員だ」
世間様の目は厳しい。表に出たら確実にうちの剣道部は大会出場停止。剣道部所属の生徒は、やいやいの周りから言われるだろうね。
「しかしな、脅すというのは青春を掲げる俺としては納得ができんな……」
「何言ってやがる、トシハル? お前、さっきの威勢はどこいったぁ? あいつらがふざけたことやってやがるんだから因果応報ってやつだろ?」
「だから納得がいかないんだ。脅しがずっと続くとは言えんだろ? 俺たちが卒業するまではいい。だが、卒業したあと新橋弟はどうなるんだ?」
「ああ、それはだなぁ……」
シンタが言葉に詰まった。
単純に考えて、脅す役目を誰がやり続けるのか、ってことか。うん、それ無理な話。
俺たちは卒業したらこの学校とは関わりは無くなる。ただの卒業生。それであいつらがイジメをしないっていう確実な保障なんてありません。
表にも出せない。裏でも難しい。うん? 詰んだか、これ?
「なあ? 俺、喋ってもいいかな?」
一仕事してくれたヒサトが口を開く。みんな目がヒサトに向く。
「フェルの話を最後まで聞こう。シンタとトシハルが出しゃばった所為で『明日話す』理由を聞いてないから」
うわ、こいつにこれを言われるのはこれまた衝撃だな。
シンタ、トシハル、お前らヒサトなんかに言われてるぞ? マジで献血行って血の量を調節したきたほうがいいじゃないか?
「そう、だね。確かにフェルの理由を聞いてなかった。――フェル、理由を言ってくれるか?」
ナルミがフェルに理由を話すよう促す。
フェルがみんなを一度見て頷く。その眼は最初に口を開いた時と同じ決意に秘めた眼のままだった。
「俺さ、この問題って俺がまず最初の原因だと思うんだ。部長としての俺の力量――そういうのが無かった所為だとね」
まあ、その通りだね。
フェル以外のみんなも否定はしない。どこかでそういう気持ちを持っているからだろう。
「俺から始まったその原因が、他の色々な原因と合わさって大きくなったのがこの問題。だからこれから俺が言うことに、みんなは付き合う必要はないっていうのを言っておくよ」
そして、フェルは話し始めた。
―――――――――――――――――――――――……。
フェルが全てを言ったあと俺は、これは賛成だと思った。そして、俺自身もそれに納得できる。
ヒサト以外の三人は青ざめた顔色。シンタが三人を代表するように言う。
「マジか?」
「ああ、もう決めたよ」
「でもよぉ……。それはお前が完璧に損じゃねぇか?」
「違うよ、シンタ。これは俺の力量の結果。だから、最後に俺自身の力量を覆したいんだという我侭なんだ」
「そっか。フェルがそれでいいならいいんじゃねぇ」
「ヒサト、てめぇ」
「レンヤはどうよ?」
ヒサトが急に話を俺に振ってきた。
「いいよ。俺は賛成。ていうか俺もやるわ、それ」
思うままにあのアホどもに文句が言えるのはおもしろそうだ。二度とこんなことしないように教育してやろう。
「マジで言ってんのか、レンヤ!?」
「中学部活動最後の青春を締めくくる大会だぞ!?」
「お前らは別にいつも通りでいいじゃん?」
付き合う必要はない。フェルもそう言った。俺はおもしろそうだからやるだけ。
「バカ。俺たち六人――最後の大会だから言っているんだ。最後だぞ、最後」
「そうだ。最後の青春だ」
「俺もフェルやレンヤと一緒にやるー」
ヒサトも乗っかってきた。こいつ、こんなに物分り良かったけ?
「おまっ、ヒサトッ! てめぇ、何言ってっか分かってんのかっ!?」
「そうだぞ、ヒサト。最後の青春を棒に振ることになるんだぞ」
「最後だからいいじゃない?」
あっけらかんとした感じでヒサトは言う。
「俺たち先輩たちから稽古でしごかれてしごかれてやってきたよ。でも、俺たちが三年になって甘くなった。後輩にも自分たちにも。そう考えたらさ、最後にでっかいことをやるのもいっかなぁって思うわけよ」
……たまにヒサトが変なものを食ったと思うわけよ、俺は。
「大会は最後。でも、それだけが三年間の部活の全てってわけでもないのなら、俺もやるよ」
「ナルミー? 何をカッコつけてんだ? お前はどこまでいってもヒョロメガネだぞ?」
「ありがとう。ヒサトもカッコよかったよ」
「マジか? 俺、カッコいい?」
「{ピー}の中の{ピー}だよ」
「だよなー。あっはははははははっ」
何かお前ら、楽しそうだな?
「ちっ、しゃーねぇな。お前らがそういう考えなら分かった。俺もやってやんよ」
「俺もだ。青春はみなで分かち合うことが大切。お前らが俺の青春魂に火を点けた!」
点けてない、点けてない。勝手に引火して炎上するな、トシハル。
「……本当にいいの、みんな?」
みんなの賛同を得、しかも全員がやるってことに驚くフェル。
「いいんだよ。連帯責任ってやつだ」
「シンタは単に仲間外れが怖かったんじゃね?」
「バ、バカ!? んなことねょっ、ヒサトッ!?」
「そのリアクション、図星か? 図星なのか? 図星なんだな、シンタ?」
「てめぇ、卒業するまでに絶対ブチのめすから憶えておけよ」
「やるなら今でしょ」
「よし。今、ブチのめす」
シンタがヒサトに襲い掛かった。それを避けたヒサトは暗闇の川原を逃げていく。シンタはヒサトを追いかけていった。
おい? どこへ行くんだ、サル二人? 転んでもしらないぞ?
「ふふふ。あはははっ」
フェルが突然笑い出す。
ちょ、フェルいきなりどうした? アホが伝染したの? 俺には伝染させないでくれよ。
「フェルが突然笑いだしたよ。どうして?」
「青春だよ、ナルミ。青春に感無量している。その笑いなんだフェルは。俺にはわかる」
「おかしいね、それ。トシハルの頭の中どうなっているのかわからないよ」
「だな、ナルミ。トシハルっておかしいな。おかしいんじゃなくてキモいな」
「ヒ、ヒサト?」
どっか出てきたヒサト? お前はシンタと鬼ごっこの最中じゃなかったのか?
「ごらぁー!? ヒサトッ、どこ行ったっ!?」と暗闇の中、シンタらしきシルエットが叫んでいる。
獲物は明かりの下にいるのに……。何だかとてもアホな子に見えた。
「お前は俺の青春をキモいと言うのかっ!?」
「やっべっ」
ヒサトはまた逃げ出した。今度はトシハルを怒らせて。
「見つけたぜっ、ヒサトッ!」
「うわっ、こっちにはシンタ」
……結局のところ、暗闇の中にサル三匹が縦横無尽に駆け回って騒いでいるという感想しか浮かばない。
「あはははは、ひひひひふ」
で、フェルはいつまで笑っているんだ? 腹抱えて何がおもろいの?
「よく俺たちがこんなに仲良くなったよね。初めの頃は考えられなかったよ」
「え? 俺たち、仲悪かったけ?」
ナルミ、俺そんな記憶ないんだけど……。
「おいおい。レンヤがそれを言う?」
その、原因が俺にあるような言い方、どうしてかな?
「まあ、レンヤはレンヤだから仕方ないか」
仕方ないって何よ? 俺だから許されるのか?
「はぁー。ホント、そうだよ」
フェルくんが復活しました。さり気なく話にもついてきている。
「レンヤ、ナルミ、ヒサト、トシハル、ナルミ、そして俺。どこでどういう風になっていたかわからなかったと思う」
「フェルもそう思うんだ」
「うん。思う」
「じゃあ、レンヤが底抜けに気にしない奴ってだけなんだな」
「そうだよ。レンヤはおかしい。しかも自分でもそれを認めている奴なんだからね」
「あー。それ普通じゃないね」
ん? もしかして俺、笑いの種になってる? 笑いの種になるようなこと言われるとちょっとむかつくぞ。
「お前らレンヤをディスってるとブッコロだぞ?」
「「わっ!?」」
またか、ヒサト。お前は元気良く走り回っていなさい。お仲間のサル二匹と一緒に。
「はあ、はあ、はあ。やぁっと捕まえたぜぇ、ヒサト。手こずらせやがって」
引き取りに来たか、シンタ。汗ダクダクだな。
「もう追いついて来たのかよー。めんどくせぇや……」
「トシハル! やっちまえっ!」
はあ?
「いつぞやのお返し! ベリーロール!」
暗闇には大柄な男のシルエット。そいつが高らかに叫ぶ。
そしてすぐさま動き……、
――飛んだぁ。
巨体が宙を舞い、俺たちの上に落下してくる。
だからそれはフライグボディアタックだっつんてんだろっ。
関係の無い俺とフェルとナルミを巻き込んで、五人はトシハルのトシハルの巨体に押し潰された。
このサル三匹……わんぱくできないように一発張り倒してやろうか。
「ボケェッ! トシハルッ! 何で俺たち全員を巻き込んでやがんだっ!」
「ヒサトを懲らしめるためだ、シンタ。多少の犠牲は青春に付き物」
「どうでもいいからどけ。三秒以内にどけ」
少々俺、怒りが沸いてきましたよ。
「やえぇっ! トシハル早くどけ! レンヤにブチのめされんぞ!?」
「す、すまん、レンヤ」
シンタが叫び、バッとトシハルが飛び退いた。
「いたたた……」
「トシハル。俺たちまで巻き込むなよ」
「フェル、ナルミ、大丈夫か? つい俺の青春が暴走しちまって悪い」
「ああ、俺は大丈夫だよ。けど……くくく……あははは」
またフェルが笑い出した。どうした? 本気で頭壊れたか? 気を失っているヒサト以外の全員がフェルに怪訝な目を向ける。
「みんな良い奴だよ。俺、すごく嬉しい」
フェルくんが、すごく恥ずかしい台詞を吐きました。
いやいやいや。ここはサル三匹に対して怒ってもいいところだぞ?
「こうやってみんなで集まる機会って無くなっていたからね。今日は、良い仲間を持って俺は最高だと思った」
またむず痒そうな恥ずかしい台詞を爽やか笑顔で吐く奴だな、お前は?
やめろ。耐性の無い奴は蕁麻疹が発生するぞ。一歩間違えれば腐った人が{ピー}だと勘違いしそうだし。
「な、何だよ、それ? 鳥肌が立ちそうだ。で、でも、そういうことを言われるのは……悪くねぇな……」
ツンデレシンタくんの出来上がり?
「当たり前だぜ。俺たちは最高、何せ、最高の青春を共有する俺たちだからな!」
なぜ最高を二回も言った?
「まあ、俺も含めてみんなバカだからね。バカにはバカなりの良さがあるってことだね」
バカはイヤなので一抜けていい、俺?
「フェル? M○開脚して俺を誘ってんの? 俺、男にそんな趣味もってねぇよ?」
いつの前にか正気を取り戻していたヒサトは、フェルが股開いて開いたスペースで仰向けになって見上げていた。
「うわっ、ヒサト!? そんなところで何やっているんだよ!? てか、どこ見ているんだよ!?」
フェルは条件反射的に立ち上がった。
「いや、今目覚めたんだけど? どういう状況か俺にもわかんね」
「とりあえず食らえ」
「グフッ」
シンタがヒサトのお腹を踏んづけた。ヒサトはのたうち回る。
そして「何すんだよ?」というヒサトにもう一回シンタがお腹を踏みつけた。
――そんな感じで後は和気藹々とアホなこと言ったり、アホなことをしたりして夜がさらに更けていく。
よくもまあ、こんだけアホなことが出来る。ある意味爽快だな……。
ここにいるのが俺たちだけで良かったと思うよ。フェルも完全に吹っ切れた様子だし、よかつた、よかつた。
夏の夜の川原で、俺たち六人の声は耐えなかった。
――翌日の朝。
「おはよう、レンヤ、モモカ」
「「――……!?」」
一発かましてやる今日この日の朝、俺とモモカは学校に向う途中でとんでもないものを見た。
「どうしたのさ、レンヤ、モモカ?」
モモカは驚きの衝撃すぎて言葉を失っている。だから俺が恐る恐る訊ねた。
「お前……その頭……」
「もう決意して吹っ切れたからね。気分は一新ってわけさ」
そう言ってにこやかに爽やか笑顔を振りまく。朝とはいえ、夏らしく暑い日なのに……。
「あ、そう」
「うん。さあ、行こうよ」
「お、おう……」
俺とモモカは先を行くフェルの後を着いて行く。
「ね、ねえ、レンくん……。チーくん、どうしちゃったの……」
「決意らしい」
「何の……決意?」
この後起こること。詳しくはモモカにも言えないから、俺はその後は無言を貫く。
フェルがいいならいいけどさ。でも、どうして〝坊主〟なんだろう?
暑いからこそ、後ろから眺めるフェルの頭は爽快すぎた。




