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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅲ
30/68

赤い花火

 

 夜の住宅街。道の前を走る、街灯の明かりの下だけ後姿が見えるモモカを必死に追う。

 家に入られる前に何とか追いつきたい、と思いが口にも現れた。

「モモカ! 待ってくれよ!」

「イヤ! ついて来ないでぇ!」

 俺は叫ぶが、叫び返すモモカは止まらない。

 逃げる奴が待てと言われて普通に待つわけがないよなぁ、どう考えても。なら、追いつくしかない。

 もう、全身全霊の全力疾走。そこからは無我夢中。

 ――モモカの家の近く。モモカが家の扉前でもたついている間に、どうにか距離を詰め、戸を閉める瞬間に間に合った。

「なあ、モモカ? 話を聞いて?」

 力を振り絞って戸を閉めようとするところを、身体を捻じ込んで呼びかける。と、力が篭って閉まる戸が緩み、簡単に開く。モモカは家の中に逃げ込んでゆく。

 昼は綺麗な庭園も、夜になれば何か出そうな雰囲気を感じる。けど、追いかけている今の俺にはどうでもいい。

 モモカはある場所へ一目散に逃げ込む姿を確認した。

【あなた、モモカちゃんがあそこへ】

 女が暗がりの中、指差す。

「はあ、はあ……。ああ、わかってる」

 剣道場だ。

 息荒い俺は扉の前で一呼吸落ち着かせ、俺と女はモモカが入った剣道場へ入ると扉を閉めた。

 ――ひんやりと肌に寒気を感じる暗がりの道場に、格子窓から月明かりが差し込む。奥は入り口よりもう少し暗かった。

「モモカ?」

 暗がりの奥に一人佇む後ろ向きのモモカの声をかける。

「モモカ?」

 もう一度声をかけ、ギシっと床を鳴らしながら一歩近づく。

「レ、レンくん」

 モモカの後ろ姿――肩が小刻みに震えている。

「こ、来ないで、レンくん……」

 振り返りると、今にも大泣きしそうなほど涙を溜めた歪んだ表情に、怯えと不安――二つの雰囲気を纏った眼を向けられる。

「モモカ」

 こんな眼をモモカがするなんて。

「帰ってっ。お願い。私、レンくんには会えない。だから、帰って……」

 物悲しげで、明らかにハッキリと拒絶される。でも、用があるのにそれをせずに帰ってと言われて帰るほど俺も大人しくない。

「俺はモモカと話をしたいんだ」

「ううん、違う……。レンくん違うの。そうじゃない。そうじゃないのっ!」

 話が今一噛み合っていない。モモカは何が違う? と。

「私、悪い子だから。私が悪いことをしちゃったから。レンくんに怒られる。レンくんを怒らせちゃった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 どうした、モモカ? おかしな様子はまるで小さな子供のようにそんな感じを受ける。

「モモカ?」

 俺は一歩、踏み込む。軋む道場の床に反応するように、

「来ないで!」

 モモカは声を荒げて言い放った。

「悪いことをしたから私は怒られる! 怒られるのはイヤ! 怒られて、レンくんに嫌われるのはもっとイヤ! 絶対にイヤ! イヤなの!」

 何を言っているんだ、モモカは? 俺は〝謝りに来た〟だけなのに。

「な、なあ、モモカ。話を……」

「お願い、帰ってっ!」

 一際大きく叫ばれる。とモモカは壁に掛けてある竹刀を手に掴み、震える剣先を俺に向けて構えた。

「来ないで。近づかないで。怒らないで。私を、怒って私を嫌いにならないでぇ……」

 支離滅裂で、どの言葉を本音として言いたいのかわからない。モモカの感情がグチャグチャ。心が、病んでいるような。

 握る手に力が入りすぎていてブルブルと震える竹刀。同じように、揺れて不安定な瞳。それでも真っ直ぐに俺を見据えようとする眼。

「だから、帰って。帰ってくれないと私、レンくんにもっと酷いことしちゃう」

 その竹刀で俺を打ちのめす、か? そっかぁ。

 話をしないと俺を理解してもらえない。話をしてくれないとモモカを理解することができない。だから俺は、

 ――だからこそ、一歩を踏み出した。

【あ、あな、あな……た……】

 緊張と緊迫。声から、そんな風に聞こえる女の弱弱しいまでの消え入りそうな声。何を言いたいのかわかる。

 モモカと繋がっている女は、モモカが抱いている思いを感じ取っているのだろう。

「俺は、俺の正しいと思うことをする」

 それだけを女に言って、モモカに近づいていく。

 一歩、また一歩。静かに、穏やかに、だけど決して折れない芯を心に抱いて。

「来ないで!」

 モモカが叫んだと同時に竹刀が振り下ろされた。

 俺の頬を竹刀が捉え、強烈な一撃を食らう。けど、よろけるが俺は足を止めない。

「イヤ! イヤ! イヤ! お願い、来ないで! レンくん、お願い!」

 ――頭、顔、肩、胸、腹、腕、振り下ろされる打突を何度もその身に受け、何度もよろけて、何度も打ちのめされて、何度も倒される。

 でも、そんなの関係なく立ち上がって一歩でも前に。

 一歩ずつ寄っていくモモカは、真珠のような大粒の涙で顔をクシャクシャしている。

「はあ! はあ! はあ! はあ……」

 息が上がり、何度倒されたか覚えていない。

 身体中に痣や擦り傷。血が出ているところもある。正直、痛いのは痛い。痛くて、今すぐにでも倒れて楽になりたい。

 けど、

「どうして!? どうして私に近づいてくるの!? こんな悪い子に、どうして!?」

 どうしてか……。目に見えるモモカの姿だけじゃなく、心も泣いているから。モモカの心が痛いと叫んでいるから。モモカの心を楽にさせてあげたいから。

 だから俺は立つ。立って、伝えるんだ。

「イヤァァァァァアァ!

 モモカが何度目かわからない竹刀を振りかぶった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――……。

「……それ、振り下ろさないの?」

 俺はモモカの前でそう問いかける。

「竹刀を振り下ろす時は脇を閉めないといけない。これ、基本だよ」

 何発も食らった。痛いのは痛い。倒れて楽になりたいと思った。でも、立っていられるってことは、力任せに振るだけだからだろう。

「あ、あうあぁ……あぁあ……」

 いつものモモカなら、一発で俺を打ち倒せるはずだ。

「落ち着いて集中して。いつものモモカの一振りはあんなものじゃないから」

「あ、あぁぁ……」

「さあ、次はどこ? 頭? 腹? それとも、のどにやる?」

 黙らせるのなら、一番いいところだぜ?

「何で! 私、悪いことしたんだよ! こんなに、こんなにレンくんを傷つけて! 酷いことをしたのに……何で怒らないのっ!」

「モモカは悪いことはしてない」

「え……」

「モモカがどういう思いを抱いているのかはちゃんとはわからない。けど、思いを竹刀にぶつけて、それでモモカの思いが少しでもわかるなら、俺は喜んで受ける」

「どうして……」

「俺は一切抵抗しない。酷いことは言わないし、手も出さない。モモカは、自分の間違いをわかっているから」

 そう。キレたあとの俺がいつもそうだった。相手が、身体や心が痛むのを見て、俺自身の心が痛む気持ちがどこからにあったのと同じ。

「だから俺は怒らない」

 ――モモカの手から竹刀がすり抜け、道場の床に落ちた。

「ごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」

 モモカは身を寄せて俺の懐に入って来ると、何度も呟く。小さな子供が、許してほしいと願うように。

「俺もごめん。あんな酷いこと言っちゃって」

「ううん。レンくんは悪くない。悪いのは私。私なの。だって、私……」

「言ってごらん。大丈夫だから。聞いてあげるよ」

「私ね、あの〝女〟の人も、あの〝セーラー服の人〟も視えているの」

「うん」

「私、すごく嫉妬深くてイヤな子。二人がすごく憎くて嫌いだった。幽霊なのにレンくんの傍にいつもいることが」

「うん」

「それは、チーくんにも向けていたことでもあるの。レンくんとチーくんは男の子同士だから仲が良いのは仕方がない。でも、心の中ではレンくんと仲良くしていることはすごくイヤだった。中学に入ってから、ずっと……」

「そう」

「二人は私の知らない二年間を過ごしている。そしたら、チーくんが憎くて……。だから私、試合を受けたの。部内でチーくんがどういう風にみんなから見られているか知っていたから。あの試合のあと私、最低なことを思った。これでチーくんはレンくんから離れる。レンくんはチーくんのことで悩まなくて済む、って……」

 あれはフェルの弱さが一番の問題。けど、俺や周りが静観せずに少しは手助けしてやれば良かったとも思っている。

 ああ、ダメだな。後悔するのはいつも終わったあとだ。

「そうか」

「……怒らないの、レンくん?」

「それをした理由がちゃんとあるんだろ?」

「う、うん。私はレンくんに見てほしい。私はレンくんともっと仲良くしたい。レンくんのことを考えると胸が苦しくて、レンくんの傍にいると理由もなく嬉しかった。レンくんは、私の憧れの大事な人なの」

 だからか。『来ないで』、『近づかないで』、『怒らないで』、『嫌いにならいで』、という色んな感情が入り混じっていたのは。

 モモカが俺を怒らせ、俺がモモカを怒る。怒らせたくないから『来ないで』、。怒られたくないから『近づかないで』。怒られて『嫌いにならないで』ほしいから言っていた、と……。

 俺はモモカの身体を優しくそっと抱いてやる。

「レ……レン……くん? これでも私を、怒らない、の……?」

「どうして? それがモモカの理由なんだろ? 俺は、それを受け止めてやるよ」

「で、でも、まだ、〝千個作れてない〟。だから、悪いことは残っているの……」

「何?」

「〝赤色の小物――千個の結び目で千個のお守り〟」

 姉貴のときと同じ〝おまじない〟。

 あれはスミレから聞いたって母さんが言っていた。モモカもスミレから話を聞いたんだろう。だから、モモカは赤い色が好きで、よく縫い物をしていたのか。

「大丈夫。モモカの〝想い〟はちゃんと俺に伝わっているから」

「ホン、ト……? でも、〝あの子〟……。レンくんたちを襲ったあの子は、私が抱いているモノを叶えようとしている。レンくんの傍にいつもいる、あの二人の幽霊の女の子に消えてほしい、っていう気持ち……。私が作り出しちゃった私の悪い心が……」

「話す前に先に謝っておく。ごめん。あれは、〝俺自身〟なんだ」

「え……? レン、くん……?」

「女」

【はい】

 女は答えると、スッと俺たちの傍にやってくる。

【私はあなたなんです。私はあなたの魂――心の一部なんですよ】

 と手を差し出す。

【触れてください。それで、わかると思います】

 恐る恐る女の手と顔を見るモモカ。意を決しってモモカが手を伸ばすと、

「あっ……」

【繋がっているでしょ? 私はあなたの小さい頃の心が大きくなったもの。この人にかまってほしい甘えん坊で、傍にいてお喋りしたいと思う私であってあなた。この人――〝レンくん〟にその心を受け入れてほしいと思う、魂の心なんですよ】

「私……」

【レンくんにはたくさん酷いこと言われました。たくさん怒られました。けど、酷いこと言われても、怒られても、優しくしてくれて、私を気にかけてくれました。許してくれることも、謝ることもしてくれたんです】

「レンくん」

【レンくん、すごく良い人です。私、そう思います。あなたである私を許してくれるように、私であるあなたを許してくれる心を持っています。だって、私であるあなたはこの四日間、レンくんに謝ろうとしていたんでしょ? 川原にいたのも謝ろうとレンくんの家まで来ていたから。あなたの魂はそう言っていますよ】

 そうだったのか。モモカがどうして川原にいたのかわかった。

「ごめん、モモカ。それと、あの黒い奴のことは気にしなくていいんだ」

 何せ、俺自身なんだからモモカは関係ない。

「ううん。でも、ごめんなさいと言わせて、レンくん。私、こんなにレンくんをいっぱい傷つけちゃったから」

 傷だらけの身体にそっとふれて申し訳なさそうにするモモカ。

「俺の傷は大したことないよ。モモカの方が心配だから」

 頭を撫でて言ってやる。

 そう、大丈夫。単純な傷は、ね。心の傷は時間をかけないと治らない。それにだから今、俺たちが歩み寄れたことを考えれば、そんなことは大したことじゃない。

「ごめんね。ありがとう、レンくん」

 モモカはそう言って、俺の胸の中に顔を埋める。

 泣いているけど、その表情はどこか安らぎに満ちて嬉しそう。

 ふと、女に目を向ける。嬉しそうだけど、どこか不満げな面持ちに、羨ましいという風に映る。

 この女もモモカだったな、と思い、

「ほら」

 片方の手を広げて受け入れるようにしてやる。

【え?】

「こいよ」

 どこか不満げな面持ちは消え、満面の笑みを浮かべる女。照れつつも俺の傍に寄ろうとする。

 この女はモモカ。だったら受けとめてやらないと……。

【ヒョー、ヒョー、ヒョー】

 ――聞いたことのある不気味な唸る鳴き声。

【あ、危ないです!】

 次の瞬間、俺自身である黒い化け物が大口を開けて突然現れ、女は俺を押すと、

「【いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!】」

 モモカと女――二人は同時に叫び、女は俺自身である黒い化け物の大口で腹部を食い千切られた。

 俺の腕の中で眠るように眼を閉じてぐったりとするモモカに、半身だけになって床で呆然と天井を仰ぐ女が映る。

【ヒョー、ヒョー、ヒョー】と不気味な唸る鳴き声だけが耳につく。

「おい? モモカ? 女? ッ……!」

 振り絞るような声を出す俺は、黒い化け物に髪を掴まれ、

「グッ!」

 投げ捨てられて床に身を打つ。半身だけになった女の近くに転がった。

「ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!」

 かすれ声でモモカに擦り寄るように黒い化け物は寄り添う。

「女? 大丈夫か? 女? それに、お前であるモモカは……?」

 身体がボロボロの満身創痍だった俺は、すぐに立つことできなかった。ただ口を開いて傍にいる女に呼びかける。

【モモカちゃんは……大丈夫です、よ……。気を失っている……だけですから……】

「……そうか」

 そう言われて安堵する。

【けど私は……ダメみたい……です。私を形作る魂火……消えていきそうなんです……。形が崩れ過ぎて、元通りには……】

「おい、女!」

【大丈夫ですよ。私、死ぬわけでも、成仏するわけでも、ありません。ただ、形を失うだけ……でしょう】

「それなのに……それなのに、何で笑ってんだよ、お前!」

 死ぬわけでも、成仏するわけでもない。でも、形を失う。お前はモモカだけど、今存在していうお前という存在が消えるということだぞ。

 それなのに半身の女は天井を見上げながら、笑っていた。

【満足したからじゃ……ないですか?】

「満足?」

【役目のようなものが終わったんです。私の存在する……理由が達成されたんでしょう。だから、形を失っても、未練なんてモノがないんだと思います。あ、未練なんて……まるで幽霊みたいな言い方ですね。あ、でもでも、私、魂火だけだから、あながち……間違いでもないですねぇ……】

「もういい。喋るな」

【いえいえ。最後なんですから……喋らせて……】

 最後とか言うなよ。

【あの黒い人に……怒っちゃダメですよ。だって、あの人……あなたの魂の一部……でもあるんですから……】

 身体が動くなら、俺は確実に俺自身にキレている。

【その糸――あなたにだけ視える糸……。あなたを大事に思っている人との繋がりなんですから……。もし、怒ることになったら、その糸を見てください……。その糸から伝わる……魂の心を、思いを感じてください……】

 魂の心から伝わる思い……。

【そうすれば、あなたは……穏やかに、優しい心を持って、人と繋がることができますよ】

「ああ……。ああ、そうだな」

 俺は繋がっている人から、たくさん色々な気持ちをもらったし、それをわかるようになった。今なら、そう言える。

【ああ、でも私……一つ……心残りというか、そんなものがあるとすれば……】

「……何だ?」

【モモカちゃんとしてではなく、私自身が、〝私自身〟の形のまま……あなたの傍にいたかったで……】

「女!」

 赤い花びらみたいな花火が、風の乗って舞い上がる光景。一つの花火が俺の手の平に落ちたとき、形を失って、ただ俺と繋がる糸の中に溶け込んだ。

 綺麗な赤い糸――俺自身である黒い化け物と繋がる糸。

 出会ったときは眠っていやがった。ところ構わずお喋りしていた。文句や暴言を受けて、泣いたけど次には忘れていた。何度も何度も俺はそれにイラついた。ここ最近で一番俺を怒らせた奴。

 あいつが何をしたいのかわからなかった。俺が理解しようとしなかたから。

 けど、あいつがいなかったら、俺は自分を抑えたまま、俺を理解してくる人を遠ざけて気づかないままでいた。俺が知らない内に潜む心を、救ってくれた奴……。

 ――モモカの魂が、俺を救ってくれたんだ……。

 俺は黒い化け物に抱きかかえられているモモカに目を向ける。

 あの黒い化け物――いや、俺自身も、ただモモカ傷つけないように見守っているだけなんだな、と思う。

 優しく、愛おしそうに床で気を失うモモカの身を心配する黒い化け物に、そう感じた。

 だから……。

「【レンヤ!】」

 スミレとフェルが剣道場に現れ、俺が倒れているところを見て、慌てて駆け寄ってくる。

【すまん、レンヤ】

「止めると言っておきながら、逃がしてしまって……」

「いや、良かったよ。それで俺は色々知ることができたから」

【良かったのか? それにしてもレンヤ? 傷だらけじゃなぁ。だからあの黒い者も弱っておったのか。モモカのほうは大丈夫か?】

「ああ、大丈夫だ。今は、ちょっと眠っている」

 黒い化け物の腕の中で、だけどな。寝心地が快適とは程遠い。最悪だろうけど。

「フェル? 竹刀を貸してくれ」

「竹刀を?」

「ああ。あいつに勝つために必要なんだ」

「あいつに?」

【――あやつ、身体が崩れていっておるぞ。どうやら、モモカの力の影響が消えかかっておる。もう、無用じゃろう?】

「いや、最後は俺自身がやる。俺は俺自身が許せないし、俺自身をブチのめしてやりたいと思う。だけど、それだと前のまま。だから……」

【レンヤ】

「だから俺は自分自身に打ち勝つために、あいつを倒す。ブチのめすんじゃなくて、勝つんだ」

「レンヤ……。うん。ほら、やってきな」

 フェルから竹刀を渡される。そして肩を貸してもらい、俺は立ち上がった。

「ありがとう、フェル」

「勝てよ。負けたら、承知しないからな」

「俺は勝つことしか考えていないから、そんなことは知らん」

「レンヤらしいな」

 とフェルは苦笑いを浮かべた。

 黒い化け物がこちらを威嚇しながら睨み付けている。

 その身体はモモカの力の影響が消えかけている。ボロボロと魂火が剥げ落ちていた。

「お前は俺だ。けどその存在は暴力的で、怒りの衝動が割合をほぼ占めたアホだ。そんな存在がウロチョロされると、俺の平和が壊れる」

「レンヤ。何だよ、その言い方」

【まったくじゃと思う。この状況ではどうかと。ビシっと決めんか】

 ちょっと呆れ顔の二人。

「いいんだよ。俺はこういう性格だから基本。――ああ、話が反れたな、アホ野郎。で、だ。だから、いい加減に俺の中に戻れ」

 俺はお前とちゃんと向き合っていく。決して、これからはキレて怒りの感情に流されない。

 黒い化け物が、ヒョー、と一鳴きし、合図とばかりに俺は竹刀を構える。

 ボロボロに崩れている身体を引きずるように、黒い化け物が突進し、

 短い一呼吸をした俺は、

「……せいっ!」

 ――渾身の一突き。

 竹刀の先端を、黒い化け物の喉を捉えたところで俺は意識を失った。


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