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もしも学校給食栄養士が異世界に転生したら〜剣も魔法もランクDけど、最強チート献立で国家再生〜  作者: studio tomo


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20話 エミナの壊血病と、解決する食事

 四日目。

 エミナは、朝の食事を終えたあと、

 いつものように関節に手を当て――そして、首を傾げた。


 「……今日は、痛くありません」


 確かめるように、指を曲げ、肘を伸ばす。

 恐る恐る、膝に力を入れてみる。


 顔に浮かんだのは、戸惑いに近い表情だった。

 痛みがないことを、まだ信じきれないのだ。


 付き人のヴィレットが、思わず口元を押さえる。

 これまで、朝の身支度だけで息を詰めていた少女が、

 何事もなかったかのように立っている。


 五日目。

 エミナは、クローゼットの前に立っていた。


 「今日は……これにします」


 差し出したのは、少し色のある服だった。

 これまで彼女が選ぶのは、身体を締め付けない、

 目立たないものばかりだったのに。


 鏡の前で布を整え、自分の姿をじっと見つめる。


 「……変じゃ、ないですよね」


 その問いに、ヴィレットは何度も頷いた。


 七日目。

 エミナは、庭に出た。


 石畳の先、噴水の向こうまで、ゆっくり、だが止まることなく歩いていく。


 一歩。また一歩。


 途中で立ち止まり、息を整えながら、それでも戻らなかった。


 やがて一周し終えたとき、エミナは胸に手を当て、小さく、でも確かな声で言った。


 「……歩けました」


 その言葉に、シーナは微笑みも説明も返さなかった。


 それは、呪いが解けた瞬間ではない。

 奇跡が起きた場面でもない。


 ただ、静かに頷く。


 ――回復は、完了ではない。

 だが、この日を境に、少女はもう、戻らなかった。


 「私……呪い、じゃなかったんですね」


 ヴィレットのその言葉に、シーナは否定も肯定もしない。


 「わかってくれた?

  きっとあなたの病名は壊血病。

  栄養が、足りなかっただけよ」


 それは奇跡ではなく、栄養学だった。


 その言葉に、エミナが首を傾げる。


 「かいけつびょう……? えいよう……?」


 「つまり、偏食からくる栄養不足」


 シーナは穏やかに続けるが、エミナはまだ納得のいっていない様子だった。


 「うーん、好き嫌い、しすぎよ。

  野菜も食べなきゃ、エミナ」


 エミナは目を伏せた。


 「新鮮な野菜と果物、必要だったのに、

  ほとんど口にしなかったでしょう」


 少しだけ間を置いてから、言葉を選ぶ。


 「ヒトは体の中で、ビタミンCを作れないの。

  獣人の中にはできる子もいるけど、

  だから、食事で補う必要がある」


 「ビタミンC……初めて聞きますが、

  そうなんですね」


 エミナは小さく息を吸った。


 「お父様への……反発も、あって。

  でも、わがまましすぎました」


 シーナは、何も言わなかった。


 あの父親の顔を思い浮かべる。

 尊大で、強く、決して弱さを見せない男。


 それでも――娘のために村まで来て、

 本当は下げたくなかったはずの頭を、

 ほんの少しだけ、下げたことを思い出す。


 それで十分だと、シーナは思った。


 「……ヴィレットも、一緒に料理したんでしょ」


 何気なくそう言うと、

 エミナは少し驚いた顔をしてから、頷いた。


 「はい。刻み方とか、火の見方とか……

  たくさん教えてもらって」


 視線を向けられたヴィレットは、

 はっとしたように背筋を伸ばし、

 それから、照れたように視線を落とす。


 旅の間、男の服に身を包み、

 背を丸めて歩いていた付き人。


 けれど今は、頬にわずかに血色が戻り、

 髪も整えられ、表情に年相応の柔らかさが滲んでいた。


 女の子らしさ――

 それを、隠す必要がなくなったのだと、

 シーナは静かに理解する。


 食事は、人を支える。

 身体だけでなく、立ち方や、顔の向け方まで。

 そして、心も。


 「私にも、料理や栄養を教えてください」


 「いいわよ。一緒にやりましょう」


 しばらくして、城から当主イヤーナが戻ってきた。


 エミナの回復ぶりを見て、

 機嫌をよくした様子だった。


 「よくやった。お前を信じておった」


 ――信じてた、か。

 思わず突っ込みたくなるが、

 シーナは言葉を飲み込む。


 「はい」


 「なんでも、望む褒美を取らせる」

 「何か、望みはあるか」


 機嫌を良くしたイヤーナは、

 いかにも貴族らしい調子でそう言った。


 「金か? 物か?屋敷の備蓄品なら、

  好きなものを持っていって構わん」


 「……では、備蓄を見せてください」


 シーナはそう答え、

 案内されて地下へと向かった。


 石造りの通路はひんやりとしていて、

 奥には穀物袋や干し肉、酒樽が整然と並んでいる。


 その一角で、

 シーナは足を止めた。


 微かな音がした。

 鎖が、床を擦る音。


 目を向けると、

 薄暗がりの中に、小さな影があった。


 うさぎだ。

 獣人ではない。

 だが、ただの家畜とも違う。


 耳は長く、体は少し大きい。

 毛並みはくすみ、首元には、錆びた鎖。


 私の世界で飼っていた、うさぎに似ている。


 檻もなく、ただ、柱に繋がれているだけだった。


 その青く澄んだ瞳が、

 こちらをじっと見上げている。


 「……この子は?」


 シーナの問いに、イヤーナは興味なさそうに答えた。


 「こないだ、奴隷商から

  ほかの家畜と一緒に手に入れたものだ。

  珍しいらしいが、汚いからここに置いておる」


 「それでは……この子をください」


 静かな声だった。


 イヤーナが眉をひそめる。


 「は? あれをか」

 「あんなもの、連れてどうする」


 「一緒に、行きます」


 それだけ言って、

 シーナは目を逸らさなかった。


 しばらくの沈黙のあと、

 イヤーナは鼻を鳴らす。


 「……好きにしろ。

  褒美としては、安いものだ」


 鎖が外される。


 うさぎは逃げなかった。

 ただ、少しだけ震えながら、

 シーナの足元に近づく。


 その頭に手を伸ばすと、

 温かかった。


 「……大丈夫よ」


 小さくそう言うと、

 うさぎは、ゆっくりと目を細めた。

 名前はテンと名付けた。

 こうして、“テン”は仲間になった。


 貴族令嬢の回復。

 それは奇跡ではなかった。


 噂が動き出したのは、

 その翌日だった。


 貴族の屋敷から出入りする使用人、

 食材を運んだ商人、

 庭を歩く少女を見た近隣の者たち。


 「呪いが、解けたらしい」

 「教会でも治らなかったのに」

 「食事だけで?」


 話は城下を駆け抜け、

 やがて街道を越え、

 村へ、町へ、

 冒険者ギルドへと広がっていく。


 教会の名は、

 噂の中で初めて否定された。


 代わりに、

 こう呼ばれる女が現れた。


 ――呪いを解いた栄養士なるもの。

 ――戦わずに人を救う聖女。


 名は、シーナ。


 その頃、彼女は静かな厨房で、

 次の献立を考えていた。


 「……料理を作ろう」


 世界は、確実に、次の段階へ踏み出していた。


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