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もしも学校給食栄養士が異世界に転生したら〜剣も魔法もランクDけど、最強チート献立で国家再生〜  作者: studio tomo


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19話 貴族のキッチンと、付き人の謎

第十九話 貴族のキッチンと、付き人の謎


「料理をつくろう」


 翌朝、屋敷の廊下はまだ静まり返っていた。重たい絨毯が足音を吸い込み、

 外の喧騒は厚い石壁の向こうで遠くほどけている。

 初日の食事は胃に負担をかけないものにすると決め、

 麦がゆと、グリフォンと野菜のつくね、それに野菜出汁の汁物を頭の中で組み立てた。


「キッチン、お借りします」


「お、おはようございます……キッチンまでご案内します」


 やせ細った付き人が答え、背を丸めたまま先に立つ。

 その歩幅は小さく、音を立てぬことを何より優先する足取りだった。


「よろしくお願いいたします。こちらです」


 控えめに頭を下げたあと、彼女は一拍置いてから、そっと続ける。


「もし……よろしければ、その……私も、お手伝いしましょうか」


 遠慮がちでありながら、どこか芯のある声だった。

 シーナは一瞬言葉を選び、礼を述べる代わりに相手を測る問いを喉の奥で飲み込む。

 旅の間ずっと控えめに立ち、弱々しく映っていたその姿を思い出しながら、

 拒まず探らずの声色で返した。


「大丈夫でしょうか?」


 付き人は迷い、やがて意を決したように小さく息を吸う。


「実は……私、メイドの仕事もしておりまして……」


「え……?」


 帽子を取って軽く頭を下げたとき、整えられた髪の間から長い耳が覗いた。


「……女です。旅の間は、男装をするよう言われていましたから」


 肩をすぼめ、視線を伏せ、声を低く抑え、歩幅を小さくする。

 それは幼い頃から身につけてきた、目立たず仕えるための振る舞いだった。

 男装は女であること、そしてある事実を悟らせないための静かな選択の積み重ねにすぎない。


「慣れていますので。お嬢様のために、私も力になりたいのです」


 最初よりもはっきりした声に、弱さとは別の芯が混じる。


「改めまして、ヴィレットと申します」


「ヴィレットさん……よろしくね」


「ヴィレットと呼んでください」


 名を呼ばれた肩がわずかに緩み、猫背だった背がほんの少しだけ伸びた。


「……何からしますか?」


 包丁を持つ手つきは慎重で、それでも怯えはない。

 キッチンは整理され、釜も器具も整然と並び、使われていないだけで手入れは行き届いている。

 きっと彼女が、誰にも気づかれぬまま整えてきたのだ。


 エプロンの紐を締め、肩掛け鞄から昨日市場の武器屋で買った短刀を取り出す。

 ヴィレットに下処理を頼み、玉ねぎ、人参、レンコン、キノコを細かく刻んでいく。


「素敵な包丁ですね」


「昨日市場の武器屋で買ったの。短刀なんだけどね」


「でも……お嬢様が、こんなに野菜の入ったものを食べてくださるかしら」


「どうかな、やってみないとね」


 短刀は嘘のような切れ味で、刃が吸い込まれるように進み、

 刻む音が一定のリズムを刻む。食の籠(アイテムボックス)から取り出した

 グリフォン肉を叩き、挽き肉にしていくと、ヴィレットが目を見開いた。


「アイテムボックスを持っているんですか、初めて見ました。すごい……そのお肉は?」


「グリフォンよ」


「グリフォンって、本当ですか、あの大型モンスターの」


「うん」


 驚きを隠せぬ様子に小さく笑いながら、

 刻んだ野菜を出汁を少し加えて火にかけ、優しく炒める。


「なぜ炒めるのですか、しかも出汁を加えて」


「野菜の旨味を凝縮して甘味を引き出すの。

 本当は煮崩れを防ぐ効果もあるけれど、出汁で繊維をほぐしているのよ」


「難しいですね」


「そんなことないよ」


 冷ました野菜と肉、調味料をボウルに入れ、よく混ぜ合わせる。


「これを丸めていくよ」


「ゆるいですが、まとまりますか?」


「スプーンを両手に持って交互に丸めて、

 小麦粉を敷いたまな板に落とし、周りに軽くまぶせば大丈夫」


「魔法みたいですね。長く暮らしていますが、初めてのことばかりです」


 ひと口大に整え、バターを引いたフライパンで表面を焼き、

 返して蓋をして蒸し焼きにする。


「いい匂いがしてきました」


「でしょ」


 火が通ったところで塩と魚の出汁でとったタレを回し入れ、

 フライパンを揺すりながら煮詰める。香りが部屋に満ちたとき、

 寝台に横たわるエミナがかすかに顔を上げた。


「……この匂い、すごくいい」


 呟きながらフォークを伸ばす。


「これ、野菜入ってるの?」


 シーナは聞こえないふりをし、ヴィレットも視線を逸らす。

 肉なら大丈夫と自分に言い聞かせるように口に含み、ひと拍置いてから、はっきりと言った。


「……これ、おいしい」


 フォークは止まらず、麦がゆにも手が伸びる。

 ヴィレットは目を潤ませ、イヤーナは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

 昼には野菜を溶かすように煮込んだスープを少量、夜には同じ献立を形を変えて口に運ぶ。


 三日目の朝、歯ぐきの出血は止まり、まだ長くは立てないものの、

 エミナは自分の力で体を起こし窓辺まで歩いた。


「……外の空気、久しぶりです」


 紫色だった歯ぐきは少しずつ色を戻し、脚に溜まっていた重だるさも昨日より軽い。


 昼前、ふーぴょんが誇らしげに戻ってきた。


「見て、シーナ。これ」


 差し出されたのは黄色い果実で、まだ切ってもいないのに酸の匂いが鼻をくすぐる。


「地元のおばさんに、すっぱすぎて悪魔の実だって言われてた」


 その日の主菜は、グリフォンの唐揚げをレモン煮にする。

 下味を入れた肉に粉をまとわせ油に落とすと、軽い音とともに表面がきつね色に変わる。

 揚がった肉を鍋に移し、果実を絞れば酸味が湯気に乗って広がり、

 醤油と砂糖を合わせた甘辛い煮汁が絡み始めるころ、

 香りは落ち着き食欲だけを刺激する匂いに変わる。


「……いい匂い」


 漏れた声に、ふーぴょんが胸を張る。口に運ぶと最初にやさしい甘さが広がり、

 すぐあとを追うようにレモンの酸味が舌をきゅっと締める。

 油は残らず、肉に閉じ込めた旨味だけがほどけていく。


「給食ではもも肉だったけど、今日はさっぱり仕上がる胸肉を選んでみたけどどう?」


「さっぱりしてて美味しいよ。それでも物足りなさはない」


「甘みと酸味の位置が、迷わず箸を伸ばせるところに収まっているね」


「マヨネーズの酸味に合わせてるんだよ」


「マヨネーズ?」


「今度作ってあげるね」


「これは、いくらでも食べられるやつだ」


 そう言いながら二つ目に手を伸ばすふーぴょんを見て、

 シーナは鍋を見下ろし小さく息をつく。

 この世界でも、この味は通じる。その確かさが、胸の奥で静かに灯っていた。


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