34話「蠱毒-デモン- その2」
辺りが真っ白になって何も見えなくなったかと思うと、徐々に視界が戻ってくる。辺りは一面中が木が生い茂る森だった。
木漏れ日が点々と散りばめられているだけの、暗い鬱蒼とした森。
木々が不規則に何十本も何百本も地面に根を張っていて、それが視界の先まで延々と続いている。おそらくはフィールド全体が森になっているのだろう。
意外なことに、草があまり伸びていなかった。これに関しては多分潜伏を防ぐため。
至る所で奇襲作戦ばかり取られていれば、絵面は地味になるし実力を真に発揮できていると言われれば微妙なので、当然の仕様ではある。そこら辺の調整もお手のものってことというわけか……。
(とにかく、行動を開始しようか……)
予選はすでに始まっている。
今この瞬間に背後から襲われてもおかしくはないので、気を引き締めていこう。私はひとまず歩き回りながら作戦を考え始める。
私としては、できるなら生き残って本戦への出場がしたい。世界が今どんな状況になっているのか気になるし、何より現在の王都である魔王の住む街が見てみたい。
なのでひとまずは生存を目指すことにする。ただし、潜伏や逃走は一切行わない条件をつけて。
いずれは魔王と戦うつもりだ。
魔王の討伐の際には、当然幹部や兵士との戦いも免れないだろう。
ここで戦闘を避けているようでは、いずれ訪れるであろう計画だって果たせるはずがない。
私は辺りを警戒しながら、隠れることなく堂々と歩き始めた。
最初の敵は、そんな決意をしてから数分もしないうちに現れる。
正面での鉢合わせ。他クラスの鬼の男子生徒が木刀を構えてにやりと笑う。
「悪いな人間。勝たせてもらうぜ」
それだけ言うと、彼は真正面にこちらに向かって走ってきて、雷を纏わせた木刀を勢いよく振ってきた。
動きはやや単調だったが、荒削りながらなかなかの実力であることが窺えた。一年生の中なら、上位にも匹敵しそうなほど。
だが、
(遅いな……)
私は最小限の動きで相手の木刀を躱しながら、
「通常スキル発動、《魔法付与》」
木刀に相手と同じように雷を纏わせて、相手の胴に勢いよく打ち込んだ。
「がはっ……!」
相手のライフは瞬時にゼロに達して、少しずつ体が消失していく。
「こ……の……」
悔しそうに呟く相手を他所に私は、
「まずは一人……」
背を向けて次の戦いを求めて歩き始めた。
私はその後も生徒に出会す度に、魔法付与スキルを用いて速攻で勝負のケリをつける。
魔法が飛んできたら、避けながら距離を詰めて木刀で殴って。背後から奇襲をかけられたら、冷静に攻撃を受け止めてカウンターを返して。順調すぎるくらいに事を運んでいく。
もし相手が同じクラスの生徒だったら、確実に私の出方を見てくるはずだ。
しかしほとんどは私の実力を知らない生徒。相手が人間だからと多少なりとも油断をしていて、私に倒される度に皆『人間に負けた……』という驚きを隠せない表情を浮かべて散っていった。
中には同じクラスの生徒がいて、当然私のことを警戒していたが、それはそれで木の幹を蹴ったり枝を伝ったりして三次元的な空中移動で敵を翻弄しながら倒した。
結局のところ、警戒するか否かで早々結果が変わることはない。暗殺を通して命を賭けた戦闘経験を積んだ者とそうでない者の差があるのだ。……本来積む必要がなかったと言えば何も言えないけど。
そうして十数人ほどを無傷で難なく倒した頃のこと。どこからか突然アナウンスが聞こえてくる。
[生徒の皆さんにお知らせします。残りの生徒の数が三十名を切りました。戦闘を円滑に進めるために、これより全生徒が他生徒の位置と情報を把握できるよう処置を施します。引き続き健闘をお祈りします]
そんなアナウンスの終了と同時に、私の脳内に直接情報が流れ込んでくる。
どの種族の誰が生き残っているのか、そしてどこにいるのか。大まかな情報が知覚できるようになった。
「……すごいな」
これで奇襲も潜伏も不可能になる。
ここまで運良く生き残れていたとしても、ここからは正面衝突を避けられないので、戦闘に自信のない人は淘汰されていくだろう。
(それにしても、たった十数分のうちに大半が倒されてるんだ……。一学年で二百人はいたはずだよね……?)
私と同じように、一人で何人も倒してしまうとんでもない輩がいるのかもしれない。私は気を引き締める。
そうして次の戦闘を求めて動こうと考えていた矢先、戦局にある変化が訪れたのが分かった。
「わあ、そうきたか……」
全生徒の位置を把握できるようになったからこそなのだが、何と他の種族の生徒が人間の生徒に向かって移動を開始し始めたのだ。
私の元には四名ほど。ユラネやアゲコも生き残っていたのだが、その二人にも何人かが一斉に押し寄せていた。
このデモン以降はそんなこともなくなるのだろうが、やはり人間は実力が劣るという考え方から率先して狙われるみたいだ。まあ試験をパスした身だし、そう思われても仕方はないか……。
こちらから動かなくても向こうから来るので、私はできる限り開けた場所に移動して、木刀を構えて待機した。
「ひゃっほーい!」
敵はすぐに姿を現してくる。
他の生徒からの漁夫の利を恐れることなく、我先にとなぜか高いテンションで、剣先から魔法を放ちながら近付いてきた。
「ほっ……」
「ぐはぁぁぁぁっ……!!!!」
もちろん避けてすぐに倒した。
一人一人に時間を割いていると、今度は別の生徒にやられる可能性がある。
やたらテンションの高い生徒は、オーバーリアクションな声を挙げながら退場していった。
次は二名が同時に仕掛けてくる。
片方は魔法を放ち、もう片方は風を帯びた剣を勢いよく振ってくる。
べつにお互いに協力しているわけではないのだろう。ただタイミングが偶然重なっただけ。
決してチーミング行為には当たらないからこそ、攻撃を受ける側としては非常に困る。
私は目の前の剣を捌きながら、魔法を避けていく。片方がひたすら魔法を放ってくるので、うまいこと目の前の敵に当たるように誘導していたのだが、さすがに相手に避けられてしまった。
生き残っているだけあって、生半可な実力の人間はもういないのかもしれない。
「あれは使えないしなぁ……」
私はそうぼやきながら、隙を突いて目の前の相手を蹴り飛ばす。目の前の敵が体勢を崩して転けたところを、
「喰らえ……」
木刀で殴打して体力を削った。
ライフはまだ残っていたが、これで計画通り。
今度は遠くから魔法が飛んできたので、私は目の前の敵を盾にして身を隠す。
盾にされた敵は、その被弾をもってライフがゼロになった。
肉壁が消失した私は、相手の次の攻撃が飛んでくる前にと木刀に雷を付与して構える。
そのまますぐに体を回転させると、遠心力を使いながら木刀をぶん投げた。
木刀は物凄いスピードで飛んでいき、あっという間に相手のもとまで到達する。
意表を突かれた相手はなす術もなく、飛んできた木刀に被弾してライフを失った。
同時に襲ってきた二名に対しても、私は勝利した。
「あと一人だね……」
私は投げた木刀を回収するために歩く。木刀を手に取った辺りで、最後の一人が姿を現した。
「それにしても意外だったよ。こんな人間狩りに参加するようなタイプだとは思ってなかったんだけどな。ねえ、ヌイくん」
ヌイ。レアスキルを持っていて、自己紹介でもそれなりに注目されていたクラスメイトの一人。コネミと同じ獣人で、種族は犬。
気難しいまでとはいかないが、物静かで一匹狼な節があったので、私はそれを指摘した。
「べつに呼び捨てで構わない」
「じゃあヌイ。実は結構臆病だったりするのかな?」
「違うな。俺はむしろ好戦的なほうだぞ」
「じゃあ何で……?」
「俺が到着する前にお前が全員倒しちゃったからだよ……。俺はナキネに群がった連中と戦おうとしてた」
「あー……」
そっか、普通は私が勝つとは考えないよね……。
やられないとまではいかなくても、きっと何人かは残っている。そう踏んだのだろう。
「ごめん、勘違いだった……」
「誤解が解けたならいいさ。だがこの状況は俺にとって好都合でもある」
「何で?」
「この一瞬で三人を屠れる実力を持つなら、いい相手になりそうだろ?」
「まあ、たしかに……」
私とヌイは木刀をお互い構えて、向かい合った。
お互いに微笑んで、それから勝負を始めた。




