74 施政方針が決まったようです
ウエスタン市の新しい体制は、なんとかできたみたいですが、騎士団がいないのが不安です。
1 至誠〔誠実さや真心、人の道に背くところはなかったか〕
2 言行〔発言や行動に、過ちや反省するところはなかったか〕
3 気力〔物事を成し遂げようとする精神力は、十分であったか〕
4 努力〔目的を達成するために、惜しみなく努力したか〕
5 勤勉〔怠けたり、面倒くさがったりしたことはなかったか〕
この5つをウエスタン領の統治の基本、施政方針にする事を皆に伝えた。特に、最初の方針、『至誠』については、この国の基本的な行動原理にないものであった。この国の長い封建社会の歴史の中で、『忠義』や『礼節』が尊ばれて来たが、私は自分の心に忠実に、国民、市民に奉仕したいという心に忠実であって貰いたい。
人は生まれながらにして、自由で幸せになる権利を持っている。この権利は、誰にも侵されることはない。市民、領民の幸せになる権利を守り抜くために、領主と皆さんが一丸となって頑張っていただきたい。
私の拙い演説が終わった。パチパチと誰かが拍手をした。いつのまにか行政庁の職員全員が会議室に入っていた。あ、やっちまったかな。顔が赤くなるのを感じながら、深くお辞儀をするのだった。
午後は、お城の視察だ。ルッツさん達は、ほぼ廃墟のような騎士団本部の点検だ。あの施設を、ランカスター領の騎士団本部並みにするのは並大抵のことではないだろう。侯爵邸については、ベンジャミンさんが内装や什器を整備してくれるそうだ。まあ、今日・明日から住む訳ではないし、もしかしてずっと住まないかも知れないので、余りお金を掛けないようにと言ったら、『侯爵邸にそういう訳にはいかない。』と言われた。この世界の家具や絨毯、壁紙はバカ高い。そもそもベニヤ板や化学繊維が存在しないので、自然素材を使っての100パーセント手作りだ。ベテラン職人が1年掛けて作る製品は、1年分の年収相当の価値があるということだ。簡単なチェストさえ、大金貨1枚以上もするらしい。まあ、庶民向けの装飾が全くないものなら金貨1枚程度からあるらしいのだが。
領城は、東西3キロ、南北2キロの広さで、周囲を幅20〜30mの濠に囲まれている。敷地内のほとんどは森になっており、この森の奥に領城があるなんて気がつかないかも知れない。あの無駄に豪華な石橋をホワイトに乗って渡って行く。シュナちゃんは、自由に走り回りながらついて来ている。
橋を渡り終えたところに城門があり、今は開いているが、ここを閉じて門櫓の上から弓矢で狙われたら、隠れるところがないので、狙い撃ちだろう。城門の両翼は森に隠れているが、かなりの幅で城壁が広がっており、森に入り込んでも、裏手に回ることは至難の業だ。うーん、跳ね橋が無いのは、そのまま不用意に進軍して来た敵を返り討ちにするためのようだ。
そのまま、石畳の道を進んでいくと1キロ程先にまた城壁があり、城門が道から少しずれて設けられている。これは、攻城兵器が直線路を突入する事ができないようにするためで、城門そのものも左右に離れて2つあるのだが、幅が馬車1台分と狭いため、おそらく入口用と出口用なのだろう。入口用から入ると、四角く囲まれた空き地になっている。敵が、ここでモタモタしている間に、さらに攻撃を受けるという訳だ。まるで、日本のお城の『枡形虎口』そっくりだ。当然、道は直角に曲がって、さらに門を潜って初めて本丸いや本館に至る道に出る事ができる。本館は、石造りの3階建てだが、まるでヨーロッパの美しいお城を見ているようだ。周りをお濠が囲み、左右には半円形の尖塔が装飾的に組み込まれた白亜のお城だ。これに似たフランス・ルネッサンス様式のお城を写真か何かで見た事がある。
お城の中は、床と言い壁と言い凝った作りではあるが、家具やシャンデリア、カーペット等は撤去されており、ガランとした印象だ。中に入ると、本体部分は屋根裏も含めて地上4階、地下2階の構造で、尖塔部は6階の高さになっている。尖塔の最上階からは、遠く市の外壁まで見る事ができるが、高い木が邪魔をして、上部がちょこっとしか見えない。
地下に行って見ると、地下1階は倉庫や食堂、厨房、大浴場、娯楽室などのプライベートルームだ。あ、トレーニングルームと道場もある。なんて素敵な施設なんだ。
地下2階は、武器庫や留置場、それに留置場にセットの例の部屋だ。あれ、シュナちゃん、どうしたの?その部屋は、子供が入ってはいけない部屋だよ。血の匂いとか、変な匂いの液体がこびり付いているかも知れないよ。でも、シュナちゃん、壁に向かって異様に吠えている。今までそんな事なかったのに。
その壁は、煉瓦作りで、鎖やら丸い鉄の輪が付いている、いかにもここに縛り付けていましたとでも言うような壁だけど、良く見ると一箇所だけ汚れが付いていない煉瓦がある。シュナちゃん、そこに向かってしきりに吠え続けている。
近づいて見ると、何かおかしい。『ライト』をつけて見ると、その煉瓦、少し凹んでいるようだ。手でグイッと押し込むと、どこかで『ガチャン!』と音がした。あ、左横の壁が回転を始めた。隠し部屋だ。拷問室の奥に隠し部屋なんて趣味が悪い。でも、取り敢えず入ってみる。そこはもう財宝室ですね。一体、幾ら有るんだろうか?聖金貨だけでも、大きな箱一杯に詰まっているのが10個以上ある。大金貨の入った箱など、数えきれない。恐らく、王国の国家予算の10年分以上はありそうだ。
この部屋の事は、皆には黙っておこう。当面、領地の運営に不自由しないだけの資産は確保したし、もしかすると国庫に納めるべきお金かも知れない。そんなお金が有るとバレたら、絶対あれこれ理由をつけて回収されてしまうに決まっている。
隠し扉を閉じて、壁一面に防護魔法をかけておく。生半可な事では、この壁は壊せないだろう。シュナちゃん、偉かった。今度、ご褒美のビーフジャーキーを買ってあげよう。
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ルッツさんには、新しい騎士団の編成をお願いした。まず、全国に騎士団募集のお触れを出さなければならない。本当なら100名以上の騎士を募集したいところだが、レベルを落としたくないので、ルッツさんが認めるくらいの実力があれば合格としたい。勿論、身分や出身、人種で差別する事はしない。能力さえあれば、獣人だろうがエルフだろうが騎士団長に登用するつもりだ。
これで、ウエスタン市の視察は終わりだ。今日は、行政庁職員との夕食会だ。フラナガン本部長以下、衛士隊の方々も、今日、当番の方を除いて皆さん参加されるようだ。ルッツさんには、ランカスター騎士団名物のラインダンスだけは止めるようにお願いしておいた。なんたって行政庁職員の半分以上は女性職員なのだから。
アルコールは飲めないが、この地方独特の鍋料理などを楽しんでいたら、衛士隊のジムさんがやって来て、最敬礼でお礼を言われた。あのままだと、きっと自分はいつか殺されていただろうと思っていたらしい。この街で生きて行くからには彼らから逃げるという選択肢は無かったようだ。
「ジムさんは、孤児院出身ですよね。」
「あのう、私の事『ジム』と呼び捨てにしてください。『さん』付けはやめてもらいたいのですが。」
ジムさんの言葉は無視して、言葉を続けた。
「明日、ジムさんの出身の孤児院へ連れて行って貰いたいのですが。」
「え?私の孤児院ですか?行っても何もありませんよ。子供たちが一杯いるだけで。」
「ええ、明日、10時にホテルに来てください。一緒に行きましょう。」
次の日、いつもの日課のトレーニングを全て終えてから、ジムさんと一緒に、出身の孤児院に歩いて向かった。ジムさんの孤児院は、城壁内の東南角地周辺に広がるスラム街の中にあるとのことだった。ジムさんは、生まれてすぐ、孤児院の前に捨てられていて、身元が分かるものは一切なく、ぼろきれのような毛布に包まれていただけだったらしい。それでも、孤児院の前に捨てられていただけ運が良かったらしい。多くの赤ん坊は、生まれると同時に小さな命を奪われ、ゴミとしてどこかに捨てられてしまうのだ。日本でもトイレに生み落としたり、ゴミ袋に入れられて捨てられる嬰児のニュースが流れるときがあるが、ここスラムとは事情が全く違うだろう。
スラムに近づくに従い、生ごみの腐敗した匂いと安いアルコールの匂いがして来た。今日の私は、普段着を着ているが、この街ではかなり目立つらしく、ジロジロと不躾なというか欲望に満ちた目つきを投げかけてくるが、衛士の制服姿のジムさんがいるので、さすがにそれ以上のことをして来る者はいなかった。
スラム街に入ってから、30分位たっただろうか。細い道が規則も何もなくウネウネと伸びているが、あるバラック小屋の角を曲がろうとしたとき、子供の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「返してよ。それ、俺が買ったんだ。妹に喰わせるために持って帰んなくっちゃいけないんだ。」
何やら、トラブルがあるようです。
次話は、明日6:00に投稿予定です。




