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73 新領主と認められたようです

 民衆の恨みは恐ろしいです。

 衛士本部を出ると、大勢の市民が玄関前の道路上にあふれていた。皆、目が血走っている。ルッツさんが、


   「この人たちゃあ、長い間、衛士隊連中に酷い目に遭ってたらしいですぜ。」


 と言うので、それじゃあ、この怒りに満ちた顔もしょうがないなと思ってしまう。その時、一人の男の人が前に出て来た。


   「御領主様、あっしはここの奴らに女房を手籠にされて、それで女房は・・・、女房は首を括ってしまったんで。犯人はロメスって奴なんです。おねげえです。この中で、ロメスを探させて下せえ。」


   「俺もだ。俺も娘を拐かされて、この中でひでえ目に遭わされて。今でも口も聞けねえ。もう、不憫で不憫で。」


 もう号泣しながら訴えてくる。高さ50センチ程浮き上がり、私は『拡声』の魔法で皆に呼びかけた。


   「私は、新領主のフレデリックです。今まで酷いことをしていた衛士隊は、この中で動けずにいます。彼らに恨みのある方も大勢いると思います。今日だけは、私怨による報復を認めます。明日からは、法と正義の名において秩序ある街になるよう、ご協力をお願いします。」


 これで、衛士隊及びゴルガン組は壊滅するだろう。その日の夜、衛士隊員のうち何人が吊るされたかは私の知る所では無かった。


 私達は、その足で行政庁を訪れようと思ったが、王室から派遣されている行政官が、向こうから声を掛けて来た。ベンジャミンさんと言う準男爵の方で、長く王室で内務省に勤務し、地方自治の大ベテランの方だった。


 色々詳しく聞きたかったので、一緒に行政庁に向かうことにした。行政庁は、旧騎士団本部のもう一つ南側で、街区1つが行政庁の敷地となっている。街区の中には税務、法務、建設、農政、鉱山、交通、住民とそれぞれの行政区分ごとに建物が建っているが、ベンジャミンさんの執務室は総務庁舎と言う建物の中だった。行政庁の内部組織は、どこの領地でも同じで、伯爵領よりも小さい領地だと、それなりに兼務なり統廃合が行われるが、どんなに小さな貴族領でも税務と住民は必ずあるとのことだった。


  このウエスタン領では、もちろんフル・オーガニゼーションで、ほぼ国家組織並みとも言える。本来なら、200名以上の行政庁職員が必要なのだが、現在は60名程度で何とか遣り繰りしているそうだ。


 ダメンズ元侯爵が人身売買で拘禁された時、加担していた騎士団は解散、団長、副団長及び大隊長以上の幹部は全て処刑された。その後、侯爵領から王室直轄の天領になった段階で、元騎士達は復職の機会を永遠に失ってしまったのだ。そこで台頭して来たのが衛士隊で、以前から裏組織との癒着が噂されていたが、騎士団が壊滅してからは我が世の春を謳歌していたみたいだ。


 ベンジャミンさんには権力機構としての実施部隊がなく、ゴルガンが衛士隊本部長に勝手に就任した際も、何も文句が言えなかったらしい。文官にとって最も苦手なことは、暴力を常套手段としている輩に脅されたり強要される事だ。法の執行者たる衛士隊が無法者集団であった場合、いかに優秀な文官であっても、なす術はないと言える。


 ベンジャミンさんの憂いの元は取り去った。しかし、新たな問題が生じている。消滅した衛士隊に変わるべき治安維持組織を早急に構築する必要がある。


   「ベンジャミン卿、早急に衛士隊員を募集しなくてはなりませんね。」


   「はい、しかし、募集しても、実戦配備には、1か月は掛かるのではと思います。」


 募集したとしても、まず適性等を見極めて採用する必要がある。そして、衛士として必要な知識と技能を習得するのに教養期間が必要だ。日本でも、警察官は採用後、大卒で6か月、高卒で10か月の教養を警察学校で受けることになる。全くの素人に、敬礼の仕方から拳銃の撃ち方まで、手取り足取り教えこむのだ。あ、そのための教官を要請しなくっちゃ。これは詰んだな。


 その時、若い事務官が慌てた様子で部屋に入って来た。


   「ベンジャミン行政官殿、大変です。大勢の人が正門前に集結してます。」


 なんだろう。ゴルガン組の連中なら粛清した筈だが。残った城門警備の連中なら、とっくに逃げたか市民に捕まった筈だが。


 ベンジャミン卿と共に様子を見に行くと、200人以上の市民が3列横隊で整列している。日本の警察の部隊では、11名で1分隊。それが3列で1小隊となり1名の小隊長が加わって34名、それが3小隊と中隊長を入れて103名が1個中隊の完全編成だ。実際には、もっと少なく運用していることが多い。


 ここには、そんな完全編成ではないが、30人で1個小隊が7個小隊以上いるようだ。と言う事は200名以上はいると言う事だ。一番右翼の者が、大きな声で号令を掛けた。


   「気をつけ、領主様に注目!」


 全員が、私に対して顔だけを向ける。それぞれの最右翼のものは、挙手注目の礼だ。私も、つい、気をつけをして挙手で答礼をしてしまった。制帽は被っていないが、右手の先を耳の上、眉毛の端辺りに当てながら左から右に部隊を見ながら顔を回すのだ。警察学校で半年間、それから機会あるごとに繰り返して来た動作だ。もう、息をするように自然にできる。7年間のブランクがあっても16年間の蓄積は、潜在意識で覚えているようだった。


 最初に号令を掛けた初老の男性のそばまで行く。ベンジャミンさんが、1年前まで衛士隊本部長だったフラナガンさんだと教えてくれて。


   「フラナガン卿、初めまして。領主のフレデリックです。」


   「ハッ!フラナガンです。閣下にお願いがあって参りました。ここにいる者全員、過去に意に沿わずに衛士隊を辞めさせられた者ばかりです。閣下の武勇を聞き、ぜひ麾下に加えていただきたく参上いたしました。」


   「分かりました。辞められた当時のままの階級、処遇を約束します。早速ですが、この街は、今、完全に無防備です。城門を閉める者もおりません。どうか早急な対応をお願いします。」


 隊員たちの間に安堵の溜息が聞こえる。財政難のこの街で、これだけの衛士隊を雇って貰えるのか不安だったのだろう。


 フラナガン卿には、そのほかにゴルガン組長と幹部宅、それとゴルガン組と結託して甘い汁を吸っていた娼館や建設や金融の商会を封鎖、店主や責任者を拘束するようにお願いした。今日は、法と正義の無礼講日だ。令状がなくても身体・財産等の権利が侵害される日にしよう。


 押収品の件も含めて、早急にベンジャミン卿と打ち合わせしなければならないことがある。しかし、今日は、もう遅いので明日にしよう。ホワイトとシュナちゃんだってお腹減ったしね。今日は、お城ではなくホテルに泊まることにした。






 翌日、ルッツさんと共に行政庁に行くと、ベンジャミン卿とフラナガン卿、あと数名の事務官が会議室に控えていた。最初に、昨日の治安状況の報告があり、大きな混乱はなかったが、ゴルガン組の衛士49名が衛士隊の壁に吊るされていたそうだ。


 次に、昨日の捜索・差押状況の報告に入った。捜索・差押箇所13商会・世帯、押収品については、今後詳細に書面化するが、押収金額だけで149億3,470万ジェルに及ぶらしい。拘束した者74名、解放した違法奴隷や拉致誘拐被害者266名とのことだった。ついでに私が押収していた金庫も拠出して、全て今後の人件費や市の再建費に使ってくれるようにお願いした。


 ベンジャミン卿からは、市の職員には3か月分の給与が遅配つまり支払っていないことが明らかにされた。お詫びとして1か月分を臨時ボーナスとして市職員全員に、また衛士に再任される方には支度金として同じく1か月分を支給するようにお願いした。


 あと、今年1年間、領内の年貢、税金は免除するようにもお願いした。ベンジャミン卿と財務担当が渋い顔をしていたが、今、領内の農業と産業を復興させなければ、ウエスタン領の将来はないと説得して了解して貰った。


 ところで、ウエスタン領の年間予算は幾らなのか確認したところ、各市町村で徴収する市町村民税を除いて、年間450億ジェルとのことだった。随分多いなと思ったが、この内150億ジェルは、侯爵家内廷費つまり侯爵の取り分だそうだ。本来、この他に150億ジェルほどの国庫負担金があるとのことだった。しかし、過去8年間、様々な理由で国庫負担を猶予して貰っているとの事だった。


 結局、この領内の内政費は約300億ジェルであることが分かったが、私の印象では意外に少ないなと感じた。しかし、前領主のダメンズ元侯爵、年150億ジェルも何に使ったんですかね?

 治安部隊の整備は、内政の要です。取り敢えず、市内の治安は大丈夫そうです。


 次話は、明日6:00に投稿します。

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