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60 王都屋敷は住めないようです。

 ダメンズ元侯爵屋敷は、酷い状況のようです。

 元ダメンズ侯爵邸の敷地の中を門越しに見てみるが、未だ3月だと言うのに雑草が結構生えている。それだけならいいが、問題は本邸だ。まるで幽霊屋敷のようだ。人の気配が殆どなく、ガラス窓には塗料の剥げたような鎧戸が閉められていた。


 大きな鉄製の門扉は、鎖が巻かれて南京錠で施錠されている。脇の通用門も施錠されているかと思ったら、ノブがくるりと回った。


   (開いている。)


 屋敷の中に入ってみることにした。正面の門からは石畳が敷かれていて、馬車2輌がすれ違えるほどの幅があるのだが、敷石の隙間から雑草が生えてしまって、道なのかどうかさえ分からなくなっている。


 門を入ってから本館玄関まで結構な距離があった。通路は東西に伸びているが、南側がところどころ耕されている。もう種植えが終わっているのか、双葉が芽を出している。誰が畑作をしているんだろうか?


 そんなことを考えていた時、本館の中から人の動く気配がした。あれ、誰かいる。誰もいないと思ったのに。玄関ドアがギギーときしみ音を立てて30センチ位開いた。


   「あのう・・・。」


   「誰じゃ?」


 中から出て来たのは、60過ぎの男性だった。と言うか、爺さんだね。


   「いえ、私はフレデリック、フレデリック・フォン・ランカスターと言います。あなたは?」


   「ランカスター?あの侯爵家だか?おらあ、ロイちゅうだ。このお屋敷の留守番だっぺ。」


   「あのう、中を見せてもらえますか?」


   「中をかい。そりゃあ構わねえけんど、なんもねえど。」


 ロイ爺さんの案内で館内を見せて貰ったが、本当に何もなかった。土地、屋敷以外の財産を没収されたと聞いたが、館内の家具類も綺麗に売却されたみたいだ。ロイ爺さんは、一番奥の使用人部屋で寝起きをしているみたいだが、厨房も全然使われていないようだ。


   「ロイ爺さんは、どこで食事をしているんですか?」


   「オラかい?孫がパンとかスープを持って来るんで、でえじょうぶだ。」


 いろいろ話を聞くと、ロイ爺さんは近隣の農家だが、王都に賃仕事を探しに来て、この屋敷の留守番を請け負っているらしい。


 ロイ爺さんが休みとか都合が悪い時は、王室財務局の役人が交代に来るらしいのだ。私は、何か美味いものでも食べてくれるようにと大銀貨1枚を渡したら、中を見せて貰ったお礼と思ったか、素直に受け取ってくれた。


 敷地内の本館建物は、大きさ的にはランカスター家の王都屋敷と同じ位だが、同じ石造りでも、この建物に使われているのは、いかにも高級そうな大理石だ。部屋も、ドアや腰板には細かな細工がされているマホガニーが使われている。本当に贅沢な作りをしている。ただし、目に見えないところは松材や栗材を使って仕上げも雑になっている。うん、成金趣味だね。まあ、すぐには住まないので、当分このままでいいか。但し、定期的に庭職人と大工を入れて剪定や点検補修をさせないと家が傷んでしまう。緑青色の銅葺きの屋根の補習や大理石の補修は結構高いんだろうな。


 後、早い段階でウエスタン領に行ってみないと。そう言えば、ガンズ伯爵領はゾリゲン団長とシュリンガー団長の領地になったけど、2人は領地に行ったことがあるのかな?今度、どちらかと一緒に領地に行ってみよう。この前、アル・ガンズ市に行った時は寂れた感じがしたんだけど、今はどうなんだろう。


 ウエスタン市はかなり広く、領内には領都である旧ダメンズ市の他に5市19町24村がある。西寄りには大きな川が南北に流れており、農業用水には不自由しないようだ。北側は山間部になっており銀鉱山があるが、産出量は大したことがないみたいだ。


 領内では農業の他に酪農や温暖な気候を利用しての良質なワインの醸造が有名らしい。南部は森が広がっており、南部辺境伯との境界線がはっきりしないらしいのだ。その森は、魔物も出るが魔石などの魔物由来の素材の採取場所でもあるらしいのだ。


 ここまでは、領地の良い面を挙げて来たが、反面、深刻な問題を抱えていると宰相に言われた。元々華美な生活が好きな割に吝嗇家のダメンズ元侯爵の領地統治の基本は、『領民は生かさず活かさず。』だったらしい。7公3民は聞いたが、詳しく調べると総収入の7割を徴収していたそうだ。これはどういうことかと言うと、小麦の収穫が10俵あったとすると、来年の種籾や農機具の購入費用として2俵を引き、残った8俵から5割、つまり4俵を年貢として徴収するのだ。しかし、旧ダメンズ領内では、この種籾などの必要経費を認めないため、農民達は自分で作った小麦を食べられないと言う事態になってしまう訳だ。


 ダメンズ元侯爵は、


   「それでも死なずにいる農民がいるではないか。」


 と言って、酷税を撤廃しようとはしなかったらしいのだ。農民達は、冬の間に、なんとか麦を育てて僅かな収穫を得ている。しかし無理な2期作により、畑は痩せて徐々に収穫が減ると言うジレンマに陥ってしまっているのだ。


 商人も厳しい税制がある。まず酒類や絹織物などは贅沢品として販売価額と同額の物品税が課せられている。特に酒類は、出荷時に酒税として5割の課税があり、商人はこの5割を含めた販売価額と同額の物品税を上乗せさせられるのだ。つまり税金に税金が課税されている。これでは商売にならないと領外からの密輸が横行し、結果、領内の製造業が廃業せざるを得ない。うん、地産地消とか地域振興なんて考えていなかったようだね。


 別に行かなくてもいいんだけど、ブルーム王子には3人の御学友も出来たし、私も、毎日王城に出仕しなくても良い筈だ。でも、なんて説明しよう。侯爵になったので自領を視察に行きますとも言えないしなあ。まあ、暫く領地視察に行きますと言っておけばいいか。ウエスタン領なんか知らないだろうし。






 4月の天候の良い日、ホワイトに乗って西に向け出発した。取り敢えず向かうのはディオール領だ。ゾリゲンさんが、家名をヘレナスからディオールに変えて、自領をディオール領に変えたそうだ。旧アル・ガンズ市はネオ・ディオール市に名前を変えたとの事だが、街の状況はどうなんだろうか。


 ホワイトに負担になってしまうだろうから、騎乗する時はお腹のウエイトベルトは外して『ストレージ』にしまっておいた。両手両足のウエイトバンドは、取り外しが面倒なのでそのままにしているが、私の体重が27キロなので、ウェイトを入れた総体重は40キロ位な筈だ。それ位はホワイトにとっては、負担ではないみたいだ。今回は、シュナちゃんはお留守番だ。スザンヌさんにお願いしたのだが、スザンヌさん、喜んでシュナちゃんの世話をしているみたい。


 最初の宿泊先は、ブランチ村と言う宿場町だが、前回宿泊した宿屋ではなく、もう少しランクの低い宿に泊まることにした。別にお金が無い訳ではないが、普通の宿屋に泊まってみたかったのだ。


 目に付いた宿に入ろうとしたら、


   「お兄ちゃん、その宿に泊まるの?」


 と同い年くらいの女の子に声を掛けられた。


   「うん、そう思っているんだけど。」


   「ふーん、そこはお湯が1杯銅貨3枚もするんだよ。うちなら銅貨2枚でいいけど。」


   「君の家は宿屋なのかい?1泊いくら?」


   「え、泊まってくれるの?なら大サービス、食事付きで銀貨6枚でいいよ。」


 それ程大サービスでもない気がするが、どこに泊まっても同じだろうと思って、案内して貰うことにした。宿屋は、『お馬のお宿』と言う名前のこぢんまりとした宿屋だったが、宿屋の前でホワイトから降りて、女の子に渡し、玄関ドアから中に入ろうとしたら、2人組の男から声を掛けられた。


   「坊主、ここに泊まるのかい?やめときな。飯は不味いし部屋も汚いぜ。」


 なんなんだ、この露骨な営業妨害は。私は、ニコリと笑って、


   「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。ボッタクリじゃなければ。」


 彼らがボッタクリとは思わないが、こんな輩の言う事を聞く訳ないけど。


  「なんだと、俺らがボッタクリだと言うのか?」


   「あなた達がどこの誰かは知りませんが、間違ってもあなた達が推薦する宿屋には泊まりませんから。」


 それ以上は、言い争う気もないので無視して宿屋に入って行った。さっきの女の子は、裏口から中に入ったようで、青い顔をしている。怖かったのだろう。カウンターの中には、太った女将さんがいて、私が1人で入って来たことにちょっと吃驚していたようだ。


   「いらっしゃい。お馬のお宿にようこそ。お泊まりですか?お食事ですか。お食事は、まだちょっと早いですが、銀貨1枚で、スープとパンと1品の料理がつきます。お泊まりなら、1泊2食で銀貨7枚です。」


   「か、母さん。このお客さん、銀貨の6枚でいいって言っちゃったんだよ。」


   「またこの子は勝手に値引きして。すみませんねえ。子供の言うことですし。」


   「いえ、銀貨7枚で構いませんよ。」


   「ありがとうございます。お詫びにお湯はサービスしときますね。」


  「あ、ありがとうごじゃいましゅ。」


 あ、噛んでる。女将さんとのやりとりをハラハラ見ていた娘さんは、ホッとして緊張が解けたのか、見事に噛んでしまったようだ。

 ブランチ村にもトラブルがあるようです。


次話は、本日17:00に投稿予定です。

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