人質と条件
「何が終わりなのかしらっ」
俺は殴ってきた彼女の拳を右手で受け止める。
よし、痛くない。どうやらスキルを奪う事には成功したみたいだな。
「なっ、なんであたしの攻撃を片手で⁉︎ いや……これは、スキルが発動していない⁉︎」
「そういうことだ。これが俺の力。悪いが盗ませてもらったぜ、あんたのスキル」
「なっ……か、返しなさいよっ」
女はポカポカと俺の胸あたりを殴っているが全く痛くない。これが本来の威力か、全然違うな。
俺はそれを無視してのそりと起き上がり、彼女を見下して言い放つ。
「さて、勝負はついたな。じゃあ帰らせてもらうぞ」
「ふ、ふふふ。帰れるもんなら帰ってみなさいよ! これが何かわかるかしら?」
彼女が右手にぶら下げていたのは取り戻したはずの宝石の入った袋だった。
い、いつの間に盗られた⁉︎
「盗賊が盗みで負けるわけにはいかないわ。返してほしくば、あたしのスキルを返しなさい。そしてもう一つ条件をのんでもらうわよ」
「もう一つだと? それは等価交換になってないんじゃないのか」
「いいえ、あの娘が人質なら等価でしょう? それとも見捨てる?」
な、なんだと……この女。
ヤミのいるほうを見ると、男二人も少し戸惑った様子だった。
「あ、アネゴ。それは流石に……」
「あなたたちは黙っていなさい。いいから早くその娘を拘束して」
「へ、へい。すまんな嬢ちゃん」
「わ、私だって。て、抵抗しますよっ」
「それはやめた方がいい。出来れば無傷で捉えたいのはお嬢ちゃんのご主人も同じのはずだ」
「そ、そんな。タイガー様! 私に構わずその女をやっつけてください!」
ヤミがそんなことを言っているが出来るはずもない。
くそ……仕方ない。
「わかった。お前らの条件を呑む」
「お利口ね」
「聞かせてくれ。もう一つの条件ってなんだ」
「いいわよ。その前にスキルを返してくれるかしら」
俺はその場で三回スキルを使い、彼女に返した。これでやっぱり袋は渡さないとか言ってきたらマジでブチ切れてたが約束通り袋もヤミも返してくれた。
「あなたにつけたもう一つの条件は、仕事を手伝ってもらう事よ」
「仕事だと?」
「ええ。この街での最期の仕事を今度やろうと思っているんだけれど、その手伝い」
「俺たちに盗みの手伝いをしろと?」
「ま、端的に言えばそういうことね」
「断ると言ったら?」
「無理ね。さっきあたしの手下がその娘に首輪をつけたでしょう。それ、スキルだから発動させた瞬間刃がでてきて首と胴体が離れる事になるわよ」
「ええ⁉︎ き、聞いてないですよぅ⁉︎」
俺も初耳だ。なるほど、どおりであっさり返してくれたわけだ。
つーかヤミも何あっさり首輪を受け入れてんだよ。
「仕方ない。仕事が終わったら外してくれるんだな?」
「もちろんよ」
「わかった。それで、仕事内容はなんだ?」
「話が早くて助かるわ。今回の狙いは、カジノよ」
「カジノ?」
この街の観光施設的な感じになってるとかいうあのカジノか。
「ええ。知っての通りカジノは凄い収益を得ているわ。そんなお金の流れているところ、色々な噂が流れてくるのも変じゃないでしょう? あたしたちが手に入れた情報は、『レッドオーシャン』と呼ばれる宝石よ」
「その宝石がどうかしたのか?」
まぁおそらくとんでもなくレアな宝石だとか、そういう話なんだろうけど。
「あなた、人を生き返らせることが出来ると言われている宝石がある事を知ってる?」
「はぁ? なんで宝石で人が生き返るんだよ」
思っていた方向と180度違かったな。
「さぁね。誰かのスキルで作られたとか古代の超文明だとか言われているけど、真相は謎よ」
「それ嘘じゃないのか?」
「その可能性もあるわね。けどあたしはあると思っているの。それで、今回のレッドオーシャンもその候補の一つなのよ」
なるほど……人を生き返らせる、ねぇ。そんな事が出来るなら俺だって使いたいもんだぜ。
あり得ねえ話だ、この世界じゃなければな。
「話はわかった。要はその宝石を盗めばいいんだな? 俺が手伝うことはなんだ?」
「あなたには警護兵を倒す役をやって貰いたいの」
「囮って事か。嫌な感じだな」
「そう言わないで。あなたの実力に驚嘆したからこその仕事よ」
そう言われると悪い気はしないが……明らかにめんどくさそうな仕事だな。
「まぁいいや、わかった。そういえば、名前言ってなかったな。俺は大河だ。あんたは確か……デレハだったっけ?」
「あれは偽名よ。あたしは……クリスタルよ。クリスでいいわ」
名前まで宝石っぽいとか、さすがに出来過ぎだろ。これも偽名か?
なーんて事も思ったが、言っても仕方ない事だと気付き、俺たちは互いに握手を交わした。
うーん、俺は何しにこの街に来たんだっけ?




