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6・思い出したくもないことと、思い出したかったこと

 あれはまさしく、生き地獄だった。あんな身を裂かれるような経験、生まれて初めてだ。

「……」

「……」

 ネタ合わせのために入ったファミレスで、俺と神崎は向かい合ってうつむいたままガクッとうなだれていた。

 このままだと消沈の末に、この世から溶けてなくなってしまいそうだ。

「トノちゃん。俺、いつになく落ち込んでる」

「見たらわかるよ」

「トノちゃんも、すっごく落ち込んでるよね?」

「見ればわかるだろ」

 収録は初っ端から、失敗の連続だった。

 まず、神崎が開始早々俺の姿で小学生にも負けそうなレベルのトークをして撃沈し、それをフォローするために、俺は自分が神崎であることを忘れていつものテンションでツッコミを入れてしまった。その瞬間、「いつもの『ザ・ジャンプ』らしくない」と、スタジオがどよめきに包まれてしまった。これでも充分まずいのだが、こんなものはほんの序の口。

 その後も受難は続き、担当コーナーで司会をする際、神崎は想像を絶する頻度で噛み倒しやがった。しかも、せっかく周囲の芸人がボケたにもかかわらず、それを殺すようにあっさりスルーしたり。まあ、俺も奴を責められた立場ではない。俺は天然ではないため、神崎が時折起こすミラクルみたいな言動はできなかったし、身体を張るのも不慣れでリアクション芸も今一つ。とにかく、共演者に多大な迷惑をかけてしまったことは間違いない。あとはスタッフさんの編集技術に頼るばかりである。

「もう、互いにキャラ崩壊してたね」

「ああ、そうだな」

「俺さあ、たった一日でここまで疲れたの久し振りだよ。俺って普段、トークも司会もトノちゃんに任せっぱなしだからどうすることもできなくて。何か、ごめん」

「何で謝るんだよ」

 目に映る俺の顔は、明るいのが取り柄の神崎が宿っているとは思えないほど曇っている。こいつとの付き合いはわりと長いはずなのだが、こんな表情は初めて見るかもしれない。

「だってさ、俺、絶対にトノちゃんの世間からの評価下げちゃったよ。トノちゃんは、俺のこと必死にフォローしてくれたのにさ」

「気にするな。俺だって、お前らしいことなんて何一つできなかったんだから。似たようなもんだ」

「それに、入れ替わったのだって俺のせいかもしれないし」

「は?」

 こいつ、急に何を言い出すんだ。

 俺が身を乗り出す前に、神崎はうつむいたままポツリポツリと話し始めた。

「ほら、俺達が入れ替わった日のことだよ。あの時、忙しさと疲れのせいでお互いイライラしてて、楽屋でちょっとした喧嘩になったでしょ。覚えてない?」

「え……っと」

 喧嘩? そんなこと、してただろうか。性格の違いから言い合いになるのは日常茶飯事であるが。

「その時さ、俺、トノちゃんに殴りかかっちゃった上にポロッと言っちゃったんだよ。『トノちゃんは、身体を張ることもなく、ネタだけ書いて高見の見物をしてればいいから楽でいいな』って。もしかしたら、そのせいでこんなことになったんじゃって」

「……!」

 神崎の話で、俺はようやく思い出した。確か、俺達はあの日、すごくくだらないことをきっかけに口論になったんだ。いつもならある程度時間が経てば落ち着くのに、日頃の多忙によるストレスが祟ってか、いつしか殴り合いの喧嘩になって……。最初に見た、俺の身体の口元にあった切り傷は階段から落ちてできたんじゃない。普段は温厚なはずの、神崎に殴られてついたんだ。

 そして、あの時は俺も言ったんだ。神崎に対して、ひどい言葉を。『お前は俺の苦労を知らない。お前のことがうらやましい。俺も楽したい』って。あとから言い過ぎたかと思ったが、そのまま謝れないままコントの収録が始まって。

「だから、こんなことになったのは俺のせいかもしれないんだよ。どうしよう……」

 こいつ、俺が言ったことを覚えてないのか? それとも、単に忘れているフリをして自分だけが悪いってことにしようとしているのか……? 

「いいんだよ。お前のせいじゃないって」

 お前じゃなくて、俺のせいかもしれない。

 神崎にそう言えなかったのは、俺の心が弱かったからだろうか。

 結局この日は何もできないまま、俺達は別れた。胸にモヤモヤとしたしこりを残したまま。

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