5・何だか、早くもピンチです
翌日。俺と神崎は、とうとう身体が入れ替わったまま仕事に臨むはめになっていた。現在は楽屋で、台本を見ながら念入りに準備を行っている。
「お前、ちゃんとどのタイミングでツッコんだりしたらいいのかわかってるんだろうな」
「頭じゃわかってるんだけど、コツとか掴んでないからなあ。思えば俺とトノちゃんって、役割分担が明確過ぎるというか」
神崎の言う通り、俺達はキャラというか、それぞれ担っている役割が百八十度異なる。俺はツッコミの他、雛壇でヤジを飛ばしたり、コーナーや番組によっては司会進行。神崎はアドリブがほぼきかないため、持ち前の天然で笑いを誘ったり、ロケなどで身体を張らされたりしている。
ここまで真逆のキャラを、果たして演じきれるのか。甚だ疑問である。
「まあ、もしお前がテンパるようだったら俺が何とかするから、俺がおかしかったらお前も俺のこと……ん?」
作戦会議の途中、楽屋のドアが開かれた。入ってきたのは、白鳥と、その相方の牧野。今日の番組でも共演することになっていたので、彼らがここに来るのは特に不思議なことではなかった。
牧野は心配そうにこちらを見ているが、白鳥はどことなく表情が暗い。
「お前ら、そんなに早く復帰して大丈夫なんか? 頭打ったんやろ?」
さほど親交がないわりには、牧野は俺達のことを気にかけてくれていたらしい。
「いやー。そうやそうや。ほとんど目立った怪我はなかったって言うけど、万が一ってこともあるからなあ。『ザ・ジャンプ』がいなくなったら、誰がお笑い界を引っ張っていくのかっていうくらいの問題で」
白鳥は大げさに言いながら、俺と神崎の元に近づいていく。そして、ガッと肩を掴んで引き寄せたかと思うと、耳打ちするように話した。
「牧野君は、お前らに何が起きとるのかは全然知らん。あいつ、口が軽いから絶対にバレないようにせえよ」
牧野の口の軽さは、業界周知の事実だったりする。端的に説明すれば、例え天と地がひっくり返ったとしても、生放送のトーク番組に出してはいけないレベルなのである。
おそらく、牧野の口から俺達が入れ替わってると聞いても誰も信じやしないだろうが、彼がおかしくなってしまったと思われても気の毒なので、ここは頑張らなければまずいだろう。
「まあ、頭は打ったけど、一応見ての通り元気だし。ここが踏ん張りどころだから、なるべく復帰は早くって思ってさ」
俺が無難に答えると、何故か牧野は首をひねった。自覚はないが、何か変なことでも言ってしまったのだろうか。
「どうした?」
「いや、神崎いつもと雰囲気違うなあ……って。いつもならもっとヘラヘラしてるっちゅうか」
う、そうだった。俺、普段からムスッとしてることが多いし。
「俺って、いつもヘラヘラしてるの?」
神崎は神崎で、事実を言われただけなのに、何気に傷ついてるようだ。
……ここは無理にでも、空元気を振りまいた方がいいのだろうか。多少勇気がいるが、やるしかないか。
「い、いやいや牧野君。俺、元気だよ? 何せ、周りにパワーを分け与えてもなお有り余っちゃうくらいだからね。あはははっ!」
「笑顔硬いで。調子悪いなら無理すんなや」
今、楽屋の中に寒い風が吹き抜けていったような気が。冷静にツッコまれたせいで、余計に惨めでもある。
「トノちゃんって、俺のことそういう風に見てたの?」
ついでに言うと、超小声で呟く神崎からの凍てついた視線も痛い。
「い、いや、神崎はちょっとおとなしいくらいがちょうどええかもしれんで」
白鳥は、何とか話題をそらそうとして軽くフォローを入れる。
「まあ、そうかもな。黙ってりゃ案外男前やし」
その甲斐もあってか牧野はケラケラ笑っているが、これを放っておかなかったのは当の神崎であった。
「黙ってれば男前って、普段はそうでもないってこと? 俺は笑顔も大事だと思うけどなあ」
「な、何や戸野部。いつもなら神崎が色々言われたら、一緒になって笑っとるくせに」
やめろ、神崎。さっきからムカつくようなことばかり言われてるからって、ここでキレたら間違いなくやばいだろ。
「いやいやいや。番組中にあれこれいじられるならまだいいけど、ここはまだプライベート空間みたいなもんですよ? それなのに、むやみやたらと言われるっていうのもねえ」
「まだ、そこまで言ってへんけど」
「いやいやいや。人の言葉はねえ、時としてたった一発でグサーッと心をえぐっちゃうこともあるわけよ。おわかり?」
まずい、まずい、まずい! 容姿は違えど、こいつが今やってることは完全に神崎そのものじゃないか!
牧野も怪しんでいるのか、眉根を寄せている。
「神崎が傷つきかねないことを言ってもうたことは謝るけど、戸野部も戸野部でおかしくないか?」
「は、はい?」
神崎も、ここまできてやっと自分が何をやらかしたのかに気がついたらしい。
「戸野部は言わば、笑いの鬼や。プライベートでも、芸人たるもの面白ければそれでよしとする男や」
いや、流石にそこまでは考えておりませんが。こいつ、俺に対する人物像が歪んでるぞ。
俺はただ、ちょっとだけ笑いに対して他人より真摯に向き合っていて、プライベートでもトークのネタ探しを欠かさないだけだ。
「そ、そ、そうでもないよ?」
「しかも、そのアホみたいな口調に、無駄に大げさな素振り。まるで、神ざ……」
「あーっ!」
牧野が核心に触れそうになった瞬間、白鳥はいきなり楽屋中に響き渡る大声を上げた。
当然のことながら、この場にいる全員が仰天しながら奴の方に目を向ける。
「ま、ま、牧野。きょ、今日のゲストに、ナナちゃんとかいうめっちゃかわいいモデルがおったやろ? あの娘、めちゃめちゃ礼儀正しいって有名やから、俺達の楽屋にもあいさつに来るかもしれへんで。スタジオで会うよりもずっと近くでご尊顔を拝めるかも」
「ああっ。そうやった! こいつらにかまけとる場合やなかった。俺、先戻るわっ」
牧野はやや興奮しながら、俺達のことなどそっちのけで楽屋を飛び出していった。
「単純な奴でよかった……」
俺はホッと胸をなでおろし、小さく息をついた。
だが、まもなくして楽屋内に怒号が響き渡ることとなった。
「お前ら、マジで正体隠す気あるんか! 俺がフォローしなかったら、確実にバレとったぞ!」
白鳥のマジ切れに、俺達は委縮するより他はなかった。確実に、この件に関してはこちらにしか非がない。
「だって、ムカついたんだもん。でも、ごめんなさい」
「わ、悪かった。謝るよ」
神崎と俺が相次いで言うと、白鳥は苛立ちながらさらに続けた。
「というか、お前ら元に戻る努力とかしたんか? 一生そのままでいる気か?」
「戻る努力って、そんな」
努力してどうにかできる問題なら、とっくに実行している。しかし、こんな非現実的な超常現象に対し、どう対処しろというのか。
「例えば、どんなことをしたらいいの?」
俺がムッとしている横で、神崎は興味深々に尋ねる。こいつはどこまでおめでたい頭をしているのだろうか。
「そうやなあ。お前ら、階段落ちっちゅう一番ベタな方法で入れ替わっとるからなあ。いっそ、もう一回二人で階段から転がったらどうや」
「えええー……それ、絶対痛いって」
神崎よ、ツッコミを入れるべき点はそこじゃないだろう。
「白鳥、あんまり無責任なことを言わないでくれよ。他人事だと思って」
「戸野部。階段落ちが嫌なら、他の入れ替わりの例として二人でチューするっていう手段もあるで?」
「気持ち悪いこと言うな!」
三十歳を過ぎて独身であるため、たまに疑われることがあるが、俺と神崎は至ってノーマルである。
「ええー……チュー? やだなあ。トノちゃん、チューとか下手そうだし」
「そういう問題じゃねえって言ってるんだよ!」
ああもう、胸糞悪い。キスが下手なのは認めるが、マジでムカつく! それに……。
「無理矢理戻ろうとしても、駄目なような気がするんだよな」
「ん? トノちゃん、何か言った?」
「いや、別に」
言葉でうまく表せないが、何かが鍵になってる気がするんだ。そう、何かが。
あれこれ悩んでいるうちに、いつの間にか収録が始まる時間となっていた。




