2 テンプレ通りのチート主人公
懐いてくるちびっこというものは、とにかく可愛かった。
というよりも、贔屓目を取り払っても、可愛らしかった。
サイアはもともとの両親の美形要素をがっつり受け継いでいる、輝くばかりの美幼児に成長した。可愛らしすぎて女の子にしか見えないが。それは時間がおいおい解決してくれるはずだ。お隣の旦那さんは、結構がっちりしているのだ。いずれ美青年に成長するはずだ。……多分。
私は年の離れた兄しかいないので、可愛がり倒した。
サイアも実の姉弟のように、私の後ろをついて回った。雛鳥が親について回る姿を想像してもらうと、一番近いだろう。
母親である奥さんが寂しがるかといえば、そうではなかった。
サイアの次にできた女の子の世話にかかりっきりになってしまったのだ。サイアはアレでソレなので、とにかく手がかからない赤ん坊だったが、二人目の妹は普通の赤ん坊だった。二人目がやんちゃで、との奥さんは言うが、残念ながらこちらのこの方が普通だとは突っ込めなかった。
しかも妹のほうは奥さんの魔力だか家系的な要素を継いだようで、火の魔力が不意に発動する。発火能力は生活でも戦闘でも重宝されるものだが、それは長じてからの話だ。ともかくそんな危険な赤子を一人にさせておけない。つねに誰かがつきっきりとなってしまう。
必然的に手がかからないサイアは放置されてしまう流れとなっていた。
サイアも母に甘えたかっただろうが、それを理解し、私の家に預けられることに異議を唱えなかった。
サイアは、美少女めいた外見の通り、おとなしくて内向的な子供だった。村の子供のなかでも明らかに浮いていた。田舎のジャリガキの中に、ぽつんと美少女風なはかなげ美少年がいて、浮かないはずがない。男女とからかわれることもしばしばだった。その言葉は私もよく言われた覚えがある。聞くたびにサイアと二人、遠い目になった。お互い、おそらく性別を間違えて生まれてきてしまったのかもしれない。顔面的な意味で。
結局、サイアと村の子供たちとでは、妙に溝ができてしまっていた。いたずらにサイアが参加せず、むしろいさめていたのも原因のようだった。
一緒に馬鹿をするのも問題だが、このままではあまりよくない傾向かもしれない。人付き合いというものも学習必要があるかもしれないのだ。
いろいろ考えたこともある。しかし、成人した私が口を出す分野でもないだろう。何度か子供たちの集まりにサイアを投げ込んでいるうちに、ぽつぽつとは仲がいい子ができたようだが、それどまりだった。
気が付けば、大体サイアは私のそばにいた。
「遊びに行かなくていいの?」
そう問いかけると、逆に悲しそうな顔でうなだれるのだ。罪悪感が刺激される。五歳になったサイアは、奥さんの意向で髪を伸ばしたままにしていた。さらさらのおかっぱにした金髪が顔を隠す。どう見ても美少女ですありがとうございました。
「姉ちゃんのそばがいい」
さびしそうにそう告げられれば、受け入れるほかがなかった。私のそばはおそらく楽なのだろう。子供のようにふるまわず、素で接することができる。サイアはうかつなところがあるが、両親を戸惑わせたいわけではない。普段は子供っぽくふるまうように心がけているのだ。
今だって、うなだれるサイアの手に握られているのは、長老の家にある魔法の学術書だ。この村でも数人しか読み解けないだろう難解な本を、絵本を眺めるようにサイアはうっとりと読み込んでいく。
本が好きなのだ、とは聞いた。しゃべれるようになったサイアが、私に求めたのは文字を知りたいということと、この世界の言語体系だった。
サイアが望むなら、といろいろ教えているうちに私は確信した。サイアのためにできることと言ったら、教育しかない。
鍛えに鍛えまくった。
私も辺境に住んでいる身、たしなみとして剣術と魔術を身に着けている。いつ何時魔物や野生生物にであうとは限らないのだ。
出し惜しみをしてはいけない。
この子が立派にどこでもやっていけるように、読み書き算術、一般知識まで教えこんだ。サイアはぐいぐいついてきた。将来に役に立つのを、本人が自覚しているかしていないか、それは勉強への姿勢へ大きく響く。大人の考えをしているサイアは、理解力が高い。あらゆることを吸収していくサイアは、まさにチートを発揮している。
可愛く、将来イケメン確定で、頭もよくチート。どんな可愛い嫁を連れてくるか、将来が楽しみである。
サイアが大地の魔法術で穴を掘っているとき、お隣の旦那さん―ーサイアのお父さんが通りかかった。穴ぼこだらけの草原を見て、目を丸くする。監督している私に、不思議そうな顔を向けた。
「……昨日は、水の魔法で氷を作っていなかったかな?」
「あ、そうです。でも今日は冷えそうなので、農作業に最適な穴掘り術を」
「お姉さん、できたよ! あ、お父さんおかえり!」
このころになるとサイアは私のことをお姉さんと呼ぶようになった。私のことを知らない行商人などは、その呼び名に目を丸くして固まるが。もうすでに、それに怒りを覚えることはない。悟りを開くとは、こういうことなのか。
「もう、火も風もサイアはマスターしていますよ。これで基礎魔術はばっちりです! どこにだしても恥ずかしくない、お婿さんになれますよ」
風を利用した選択乾燥術は薬草や干物を作る時には欠かせない。奥さんが苦手な料理の火力調整も、サイアはばっちりだ。
「ああ、その、なんというか……君は、五大術を使えたのかい?」
「理論はばっちりです。間違えたことは教えていませんが……駄目でしたか?」
「いいや、ここまでしてもらって、本当にありがたい。王都でもそんな教師はめったにいないからね。少々驚いただけだよ」
そう言いながら、旦那さんは私の方を探る眼をした。そうだろう。五大を使える人間は、ほとんどいない。私も使えるとは言っていない。
サイアのことに驚いていない節を見ると、旦那さんの血筋にはいるのかもしれない。彼らがいくら高貴な血筋だとしても、このような片田舎に落ちのびてきているのだ。現状は中央とのかかわりは「さほど」ない、と判断していた。私のことを調べるつてはない……と信じたい。が、少々教育が楽しすぎてはっちゃけてしまったかもしれない。いろいろ私の過去のやんちゃがばれると面倒なことになりそうだ。一時期、黒い歴史になったやんちゃをしてしまったのだ。ただ、それは「男」として世間には認知されているので、私とあのやんちゃボーイが同一人物だとばれないはずである。
それでもサイアを鍛え上げるのはやめない! サイアが可愛いから仕方がないだろう。それがすべてである。
「お姉さん、ご褒美!」
「はいはい」
サイアの最近のお気に入りは、力一杯のハグである。私の胸に顔をうずめているのは、あまりかまってもらえない母が恋しいせいか、男の子のスケベ心かは、分からないが。もしかすると、赤ん坊時代からの刷り込みかもしれない。
そんなある日、事件が起きた。
夜中、急激な魔力の高まりを感知して飛び起きる。
方角的にはお隣さんちだった。
両親を起こし、自警団に通報する。お隣さんちの方角が、赤い。
闇を駆け、現場へ向かった。お隣さんの家が、燃えていた。
今日は旦那さんは出かけていたはずだ。周囲には人影はなく、火の勢いは増すばかりだ。
井戸の水をかぶり、一瞬悩んだが、緩んでいる扉を蹴飛ばす。バックドラフトは、幸いなことに無かった。頭に血が上りすぎて、判断力が甘くなっている。冷静にならなければ。
煙で視界の悪い室内へ呼びかける。
「サイア! 奥さん!」
「お姉さん!」
サイアの悲鳴に、室内を見回す。むせながら、サイアは倒れた奥さんと赤ん坊のそばに伏せていた。周囲に視線を走らせる。幸いなことに、燃え盛る梁は三人の場所から遠い。もしかすると、サイアがそこまで誘導したのかもしれなかった。
三人のあたりが微妙に濡れている……サイアが頑張ったのだろう。胸いっぱいに空気を吸いこみ、熱い室内に飛び込んだ。奥さんを抱き上げ、サイアを立たせる。赤ん坊を何とか確保したところで気付く。
赤ん坊から、濃い魔力が立ち上っている。
おそらく、この子が暴走したに違いない。そのまま、家から離れる。サイアは軽いやけどを負っていた。奥さんは、おそらく赤ん坊を抑えようとしたのだろう。気絶の原因は、おそらく魔力切れだ。奥さんはサイアと赤ん坊をかばったのか、両腕にひどいやけどを負っていた。井戸の水で軽く手当をし、回復魔法を唱える。それほど回復は得意ではないが、気休めにはなるだろう。奥さんのやけどは、幸いなことにそれほどひどくはならなかった。サイアはじっと泣きそうな顔のまま、私の隣で座っていた。手がずっと震えている。その手に刻まれたやけどを、回復魔法で少しずつ消していく。傷は消えても、サイアの心についた傷は消えなかった。
「なにも、できなかった」
涙をこぼすサイアを、私は抱き寄せる。声を上げずに、蒼白な顔で泣くサイアの泣き方は、子供の泣き顔ではなかった。
「つよくなりたい」
ようやく駆けつけてきた自警団に消火を任せるころには、サイアは泣き疲れて眠っていた。
それから数日間は怒涛のような日々だった。私もサイアも、火事の原因が赤ん坊だということは口をつぐんだ。
サイアはじっと何かを考え込んでいたが、その後は一人で魔法の練習をするようになった。つよくなりたい、とこぼした言葉が耳の中で甦る。サイアはクタクタになるまで練習した後、奥さんのベッドの横で突っ伏して眠った。そのサイアをベッドに押し込んでから眠るのが、私の役目になった。サイアの妹は、幸か不幸か魔力を使い果たしていたようだ。すっきりした顔で笑う赤ん坊の頬をつつけば、無邪気にキャラキャラと笑った。サイアは複雑そうな顔で妹を眺めたが、
「僕が守らなきゃ」
と呟いていた。
奥さんはなかなか目を覚まさず、蒼白な顔をした旦那さんが帰ってきた日に、ようやく意識を取り戻した。火事から四日たっていた。一晩中、私の両親を交え、二人は話し合ったようだった。妹はさすがに奥さんと一緒にいたが、身の置き場のないサイアは、私のベッドにもぐりこんできた。仕方がないので、窒息するぐらいハグしてやった。息ができないと叩かれたが。
そして翌日、話し会いの結果が私に告げられた。
「実家に戻ろうと思います」
強張った顔で、旦那さんが言い出した。私を呼び出したうえでの言葉だった。奥さんと旦那さんの三人だけでの話し合いだ。
うすうす、こうなるだろうと考えていた。しかし、思ったよりショックを受けている自分がいる。寂しがりで、ぼろを出しまくりのサイアは、大丈夫だろうか。そんな言葉が頭に浮かぶ。
サイアは気を使って、妹とほかの部屋に行っている。
神妙な顔で、旦那さんが私に頭を下げた。
「……火事の原因、伏せていただいてありがとうございました」
伏せなければ、今頃サイアも奥さんも、屋根の下でゆっくりできていなかったかもしれない。暴走の可能性のある赤ん坊など、恐怖でしかない。
「実家なら、対策を取った部屋があります」
ということは、そのような素養を持った子供が頻繁に生まれる家、ということだ。魔法素養を持った者は、だいたい支配階級である。逆に言えば、魔法素養を持つ者を、支配階級が積極的に姻族として取り込んできた結果なのだ。魔法の強さは、階級の高さにつながる。
「……大丈夫なのですか? ご実家に戻って」
部外者が口を挟むところではないと思ったが、サイアのこともある。
「最近、兄の仕事を手伝い、少しずつ認めてもらいました。話はつけています」
頻繁に旦那さんが外出していたのは、そう言った事のようだ。おそらく、やんごとなき方なのだろう。奥さんも、旦那さんも。
それを聞けばややこしくなりそうだったので、聞くつもりもない。明日発つ、と言う旦那さんに、
「そうですか」
それ以上、私は言うこともなかった。
旅立ちの日は、憎いほど晴れていた。
村人総出で一家を見送ることになった。純朴な田舎者には、天馬が引く馬車など度肝を抜く乗り物でしかないだろう。ありゃなんだとぽかーんと口を開けてみている。中からキラキラしい一団が出て、お隣の旦那さんにかしずいた。村人が後ずさったのも分からなくもない。圧倒的にオーラが違う。高貴な雰囲気に、気圧されるばかりだ。田舎の服装をしても、お隣さんご夫婦はさすがだった。全く物怖じなく立ち振る舞い、溶け込んでいた。世界が違うということはこういうことか。
サイアは蒼白なまま、奥さんに手を引かれていた。直接、サイアと別れについて話してはいない。
挨拶をしていらっしゃい、と背中を押され、まろびながら私の前に来る。
「……お姉さん、」
サイアはすっかり涙腺が崩壊しているようだ。この間から、泣きっぱなしだな。そう考えながら抱き寄せた。サイアが力の限りしがみついてくる。この子は痛いほど理解しているのだろう。自分がこれから向かうのが、どれぐらい面倒な世界なのか。
馬車の横に王家の紋章なんて見えるものだから苦笑しか出てこない。サイアもそれに気付いている。一度、歴史を教える時に紋章を書いて見せたことがあるから。この子は本当に物覚えも聞き分けもよすぎる。中身は、想像より年上の人間なのかもしれない。
「里帰りしたくなったら、いつでも帰ってくるといい。待っている」
「うん……。手紙、書くから」
泣きながらサイアは何度も頷いた。さすがに長年家族として接してきたのだ。私も目の奥がじわりと熱くなる。根性で耐える。そのあとは、馬車が小さくなるまで見送った。あっという間の別れだった。
「さみしくなるわね……」
母さんがぽつりとつぶやいた。私は、頷けなかった。涙をこらえるので精一杯だったので。