燃ゆる天城
夜空が、赤く染まっていた。
燃えている。6歳で天城の皇都が落ちた後、抵抗戦で使っていたこの土地もすでに限界である。
皇主としての教育を詰め込まれた、10年間。寝る間もなく、日々鍛錬、鍛え学び、何人もの人間を見送ってきた第二の故郷のようなもの。
12歳で初陣を果たしてから何度も守り切ってきたこの土地も、遠くで、何かが崩れ落ちる音がした。
「第三隊、退け!」
戦場には似合わない、綺麗な顔立ちの十六歳の少年の声が、夜の戦場を貫く。
「負傷者を先に通せ!荷車は捨てろ!歩ける者は歩け!
弓隊は百歩後退、追撃だけを止めろ!」
命令が、次々と伝わっていく。兵が走る。馬が駆ける。泣きじゃくる子供を抱えた女が、兵に背を押されながら東へ逃れていく。その流れに逆らうように、尊だけが西を向いていた。
腰の刀へ手を添える。
《天照一文字》。
幼い頃から、もう何度抜いたか分からない刀だった。
「若!」
側近が駆け寄ってくる。
「西陣、もちませぬ!」
「何人残っている」
「百二十ほど!」
「半分を下げろ」
「しかし――」
尊は目の前の戦場から目を逸らさずに淡々と話す。
「残り六十で十分だ」
男が、一瞬だけ黙り込む。
何に対して十分なのか。聞く必要はなかった。
東へ続く街道には、まだ民がいる。老人、子供、負傷者。荷を捨て、ただ生きるためだけに走る人々。
その最後の一人が森へ入るまでの時間を、ここで買う。
恨むなら恨んでくれていい。それが今の俺の役目なのだから。
悲しいことに死んでくれという命令を出すことにも慣れてしまっていた。
何回、いや何百回と同じような命令をだしてきた。慣れたくないものだ。
「……承知」
男は深く頭を下げ、駆けていった。それ以上は何も言わない。
尊は前を見据える。闇の奥。炎の向こうで、いくつもの影が蠢いていた。
魔族。
一体、二体、十体――数えることに、とうに意味はなくなっていた。
既に我々に正面から戦う戦力は残っていない。物量が違いすぎる。最初から分かっていた。
だから、勝つ必要はない。
「第一列!」
兵たちが槍を構える。
「三十歩退け!」
一斉に後退する。敵が追ってくる。
「止まれ!」
兵が止まる。
「構え!」
槍衾が、一列に並んだ。
尊はその隙間を抜け、ただ一人、前へ出た。
刀を抜く。呼吸を一つ。筋肉。重心。蒼脈。
身体を巡る蒼の流れを、ひとつに揃える。
《天城蒼理流――零間》
尊の一閃した攻撃で、敵の先頭が止まった。尊は深追いしない。
「今だ! 退け!」
兵がまた下がる。敵が追う。尊がそれを止める。そしてまた、下がる。
前へ進むための戦いではない。土地を奪うためのものでもない。
人を逃がすための戦だった。
「若!」
遠くから、伝令の声が届く。
「東街道、七割抜けました!」
「まだ三割いる」
「はい!」
「なら、まだだ」
短く答えた、その時だった。
「若」
横から、低い声がする。振り向くと、老将が立っていた。鎧は煤に汚れ、兜はもうない。尊が物心ついた頃から、ずっと傍にいた男だった。
何度叱られ、何度も稽古をつけられたか。何度、同じ釜の飯を食ったか。もう数えることすらできない。
老将は、いつものように静かに笑った。
「殿に仕えた十年、楽しゅうございました」
尊は、何も言わなかった。周囲では兵が走り、怒号が響き、炎が爆ぜている。
それなのに、二人の間だけが妙に静かだった。老将が、頭を下げる。
「先に逝きまする」
尊は男を見た。涙なんて既にでなくなっていた。ほんの少しだけ、長く。
そして、一度だけ頷いた。
「ああ。……頼んだ」
「御意」
それだけだった。戻れとも、死ぬなとも、言わなかった。言えるはずがなかった。
老将が踵を返す。その先では、数十名の兵が待っていた。誰一人として、こちらを見てはいない。全員が、西を向いている。
老将が刀を抜いた。
「参るぞ」
「応!」
短い声が、重なった。
尊も背を向けた。振り返らない。今振り返ってしまうと、助けに行ってしまいそうだったから。
心の中ですまないと、小さな声で謝る。
「殿下!」
別の伝令が駆け込んでくる。
「最後尾、東の森へ入りました!」
尊の足が止まる。
「負傷者は」
「全員です!」
「子供は」
「確認済み!」
「……そうか」
尊は目を閉じた。ほんの一瞬だけ。そして、刀を納める。
「全軍撤退」
「はっ!」
兵たちが東へと走り出す。尊はその最後尾についた。いつもと同じように、一番後ろを走る。
背後で、轟音が響いた
誰が残ったのか。何人残ったのか。知っている。
だからこそ、振り返らない。
森まで、あと僅か。その時だった。
目の前の視界が歪み、音が消えた。
炎の音も、足音も、叫び声も。一瞬だけ、何も聞こえなくなる。
尊は空を見上げた。夜空の一部が、不自然に揺らいでいる。
いつもは満点の星空が、橙色になっている。更に言うと月も赤い。
《高天眼》――無意識のうちに開いていた。
だが、分からない。
蒼が乱れている。いや、乱れているという言葉すら正しくない。世界を巡る流れそのものが、何かに引き裂かれていた。
「なんだ……これは」
次の瞬間、光が走った。大地が大きく揺れる。身体が、後ろへと引きずられる。
「若様!」
兵の一人が引き返そうとする。
「来るな!」
尊が叫んだ。
「そのまま行け!」
「しかし!」
「民を守るのだ!行け!!」
兵の足が止まる。尊はその男を見て、僅かに笑った。
「命令だ」
兵は唇を噛み、深く頭を下げた。そして、走り去っていく。
それでいい。尊は東を見た。もう、誰の姿も見えない。
全員、行った。なら、十分だ。足元が、消えた。
◆
どれほど落ちたのか、分からない。
気づけば尊は、硬い地面に膝をついていた。
「……ここは」
立ち上がる。
空がない。
いや、あるのかもしれない。ただ、見上げても闇しかなかった。地面も、遠くの景色も、黒と灰色が混ざり合い、境目すら曖昧だった。
後ろを振り返る。
落ちてきたはずの場所は、どこにもない。
代わりに、遥か後方の闇の中に、巨大な何かがそびえていた。
左右に二つ。人の形に似ている。だが、異様に大きい。
そして、そのさらに上――白い顔のようなものが、笑っていた。
「……門?」
呟いた瞬間、気配が走った。
尊は刀へ手を伸ばす。
闇の中から、一体の影が飛び出してきた。
天城で戦っていた魔族とは、どこか違う。それでも、敵意だけははっきりと分かった。
しかし文献で読んだことがある、鬼だ。2本の角に2mほどの巨体。
まさか神話の生き者とであるとは、1人の武士として心が震える。
尊は抜刀した。一閃。
影が、地面へと崩れ落ちる。
「…………」
静寂。次は、右。
振り向けば、二体。そのさらに奥に、三体。
尊は息を吐いた。
「休ませてくれそうにはないな」
そして、踏み込んだ。
◆
何度戦ったのか、もう分からない。
一体、五体、十体。数えることは、とうにやめていた。
倒しても、歩けばまた現れる。眠ろうとすれば気配がする。立ち止まれば囲まれる。
食べ物もない。水もない。昼も夜もない。時間すら分からない。
あるのは、闇と、敵と、自分だけ。
尊は歩いた。敵が来れば刀を抜き、退け、また歩く。
「……まだか」
返事はない。当然だった。ここには、誰もいない。
「爺なら……こういう時、なんて言うかな」
また一体。尊は刀を構える。
『考える暇があるなら、足を動かせ』
そんなことを言いそうだ。
「ああ、絶対に言ってるやん」
少しだけ笑って、また斬り結ぶ。
動きはまだ崩れない。天城で叩き込まれた型、足運び、呼吸、間合い。何度繰り返しても、身体が勝手に動いてくれる。
しかし不思議なことに、この世界では腹が減ることが無ければ、睡眠も必要としない。
何なら体が老化する気もしないし、斬られた刀傷も治る。
鬼を斬りながら分かったことは、腕をすべて断ち切ったり、首を落としたら死ぬということ。
効率的に首だけを狙って落としに行った。
それを、どれほど繰り返した頃だったか。尊は初めて、膝をついた。
「……っ」
刀を杖のように地面へ突き立てる。立て、と身体に命じる。
動かない。
「東照王・天城日嗣より連なる天城皇統、その第八十六代皇主代理――天城尊なり
天城最後の皇主として押して参る」
刀を天高く掲げ、僅かに、身体が持ち上げる。家名というものは恐ろしい。
名乗るだけで、先代達に見られている気がして、情けない姿を晒せなくなる。
前方の闇の中から、また影が現れた。一体。その後ろにも、まだいる。
「…………」
尊は刀を構えた。
「本当に……多いな」
不思議と、怖くはなかった。ただ、疲れていた。
ここまで来てなお、尊の頭にあったのは、倒した敵の数ではなかった。
天城の兵は、逃げ切れただろうか。民は。あの子供は。負傷者たちは。
尊は小さく笑った。
「随分、置いていったな」
敵が迫る。
尊は踏み込み、一体を退ける。もう一体。足がもつれる。それでも刀を振る。
最後の影が、倒れた。尊もまた、膝をついた。
周辺を見渡してみると鬼は既にもういない。何年、いや、何十年戦ったのだろうか。時間なんて数えていない。
「もうええやろ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
その時、遠くで何かが光った。
「……?」
目を細める。闇の中に、小さな――本当に小さな光が灯っていた。
この場所に来てから、闇以外のものを見たのは初めてだった。尊は刀を支えに立ち上がった。
一歩、足を前へ出す。二歩。三歩。光は消えない。むしろ、近づいてくる。
「出口……か?」
分からない、罠かもしれない。その先に、また敵がいるのかもしれない。
それでも、尊は歩いた。もう、考える力も残っていなかった。
ただ、光がある。だからそこへ向かう。一歩、また一歩。刀を引きずりながら。尊は、光へと手を伸ばした。
あと少し。指先が、光に触れた。
その瞬間世界が、白く染まった。
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【人物情報】
天城 尊
年齢:16歳
種族:人間
出身:天城皇国
身分:天城家第八十六代当主代理
武器:《天照一文字》
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【STATUS】
Lv.87
HP 8,420
蒼力 12,850
筋力 1,280
耐久 1,410
敏捷 2,140
技量 2,360
知力 1,520
精神 1,980
統率 1,760
幸運 100
【武芸】
刀術 SS
天城武術 S+
対魔族戦 SS
対人戦 S+
【蒼術】
蒼術 S+
蒼制御 SS
蒼感知 SS
【軍略】
戦術 SS
戦略 S+
野戦 SS
攻城・籠城 S
築城 S
【内政】
統治 A
財政 B+
産業 B
兵站 S
【固有スキル】
《高天眼》:天地に巡るあらゆる流れを見極める天城の眼。
《天城蒼理流》:己と蒼を一つにし、万象の流れを武へ変える天城秘伝。
《天城ノ伝》:天城王統に伝わる歴史・礼法・統治・軍略・秘伝を継承する知識体系。
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【称号】
《天城家第八十六代当主代理》《百戦錬磨》《修羅ノ門踏破者》
【デバフ】
《睡眠障害》
長年の戦場生活により眠りが浅く、中々寝付けない。
《戦場反応》
眠っていても物音や殺気に身体が反応する。日常生活では十分に気を抜くことができない。
《天城の呪い》
天城の王統と戦場に縛られ続けたことで刻まれた精神的な傷。日常の喜びや悲しみへの反応が鈍く、空気を読んで適切に振る舞うことはできても、自らの感情を自然に表すことを苦手とする。極限状況では異常なほど冷静になる一方、人との距離を縮めにくい。
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