第十一話 侵入
警報が最高レベルに達した瞬間、地下の空気が一気に張り詰めた。
佐伯が低く命じた。
「全員、個室に戻れ。私以外は表に出るな」
しかし、その命令が終わる前に——階段の方から重い足音と、金属が擦れる音が響いた。
扉が激しく叩かれ、次いで破壊音が響く。
数人の私服警官と、先頭に立つ白峰和也が、地下のフロアに踏み込んできた。
和也の目は血走っていた。雨に濡れたスーツのまま、周囲を鋭く見回す。
「麗華! どこだ!」
澪は個室の奥で息を殺していた。零が彼女を後ろに庇い、低く囁く。
「動くな。俺が何とかする」
しかし和也の声はすぐに個室の前まで近づいてきた。
「霧島澪……いや、白峰麗華。出てこい。お前は俺の妻だ」
扉が開かれた。
澪と零、そして和也の視線が真正面からぶつかった。
一瞬の沈黙。
和也が低く、震える声で言った。
「……本当に、ここにいたのか」
澪の唇が動いた。
「和也……ごめん」
「ごめん、で済むと思っているのか」
和也が一歩踏み出す。零が前に出て、彼を遮った。
「近づくな。彼女はもう、お前の妻じゃない」
和也の目が零に向いた。殺意に近い光が宿っている。
「お前が……麗華を奪った男か」
「奪ったんじゃない。彼女が選んだんだ」
その瞬間、和也が零に殴りかかった。零が受け止め、二人は激しく揉み合う。警官たちが止めに入ろうとするが、佐伯が静かに手を挙げて制した。
「どうぞ、ご自由に」
佐伯の目は冷たく、すべてを観察していた。
澪は震える声で叫んだ。
「やめて! 二人とも!」
しかし男たちは止まらなかった。零が和也を壁に押し付けると、和也は逆に零の腹を殴り返した。
その混乱の中で、澪はふと気づいた。
佐伯が、誰にも気づかれないように、ゆっくりと奥の別の扉へ向かっている。
何か——重要なものを運んでいるような仕草だった。
澪の心が大きく揺れた。
このまま零と和也の争いに巻き込まれるのか。
それとも、この「影の檻」から本当に逃げ出すのか。
彼女は決断の時が、いよいよ来たことを悟った。




