待っていてくださいね……アメリア
「そうだ。今度、私とデートをしましょう」
私は薄暗い廃墟で、
自称・魔法少女の大聖女に、デートを申し込んだ。
「へあっ!?」
年頃の女性でありながらも、
異性に聞かせるには、間抜けすぎる声を上げた彼女を見て、不思議と胸の奥がむずむずする。
女性を誘うことなんて初めてではない。
笑みを向け、甘い声で囁く。
すると、全員うっとりとした顔になり、
獲物を捕まえる手つきで、腕を絡ませてくる。
……なんて味気ない。
急な決定事項……いや、誘いに、
彼女は、口をぱくぱくさせている。
さて、断られる前に退散しないと。
「さっ、早く寝ないと、お肌に響きますよ」
いつもの癖で彼女に微笑みかけたが、口から出る言葉だけは正直だった。
まぁ、もちろん。
「なんですってぇぇ!」
毎回、彼女を怒らすだけなのだが。
「ははは」
私は、廃墟の外へと駆け出し、
すぐに風魔法を使って、宙へと舞い上がる。
後を追ってきた彼女は、目を見開いたまま固まっていた。
「空を飛べるのは、あなたの専売特許ではありませんよ」
そう言って立ち去る私を、彼女が追ってくることはなかった。
テラスから、王城の自室に戻ると、
私の専属護衛騎士──エヴァンがいた。
いつも私が心配だからと、
あとをつけ回す彼の目から、生気が抜け落ちていた。
休んでほしいとは思っている。
しかし本人に、休みも、休んだ分の給金も用意すると申し出ているのに、エヴァンは頑なに拒絶する。
彼曰く、
『王太子殿下を一人にしたら、
何をしでかすか分からないので無理です!』
……うん。素直なのは良いけど、
最近は、どことなく私に似てきた気がする。
「頼まれていた調査報告書が、届きましたよ」
エヴァンは手にしていた書類を差し出す。
「おや、随分と少ないですね」
見ただけで分かるほど、
書類は数枚しかなかった。
どんな調査報告書でも、
大抵、親指の半分ほどの厚さにはなる。
表紙には、
『大聖女アメリアの報告書』と記載されていた。
「……本当に大聖女さまと、結婚なさるおつもりですか」
エヴァンは眉を下げ、
複雑そうな表情を浮かべていた。
私は報告書に目を落とす。
黒い噂が絶えない神殿。
もし、王族と繋がりを持てば、
彼らは、隠すことすらしなくなるだろう。
国の勢力図は、すでに掌握している。
権力の頂点である王族。
その下には、
大貴族が手ぐすねを引いて、虎視眈々と王座を狙っている。
そんなものは、どこにでもある話。
だが、唯一の問題は神殿だ。
元々、金持ち優遇で治療をしていたりと、いい噂は聞かなかった。
なのに十年前。
大聖女が現れてから、力関係は一変した。
報告書を一枚めくる。
そこには、彼女が行ってきた治療の記録が並んでいた。
記録を目で追ううち、十年前に見た光景が蘇る。
『大聖女さま!』
『どうか、息子をお助けください』
彼女が手をかざせば、
どんな病気も、欠損を伴う怪我も完璧に治療できた。
『……あれが、大聖女』
私は一度、物陰から治療を見ていた。
完璧な魔力操作、手から放たれる暖かく優しい光。
何より、顔はベールで覆っていたが、
背丈からして、子どもであるのは推測できた。
『あ、ありがとうございます。大聖女さま……』
平伏しそうな勢いで、お礼を述べる貴族の男性。
彼女は困ったように頭を振っている。
その振る舞いは、平民だけでなく、貴族すら虜にしていった。
何枚捲っても、
出てくる内容は、治療した相手のことばかり。
彼女について分かったのはごく一部だけ。
名前はアメリア。
あんな格好をしているが、二十二歳の女性。
彼女の部屋は、
結界が張られていて侵入不可能。
大聖堂で見張ろうとしたら、
どんなに離れても、視線を察知されて不可能。
神殿自体に潜入はできるが、
大聖女の世話係を希望しても、司祭から頑なに認めてもらえず、深追いはできなかった。
そして、彼女の家族は──
私は手に持っていた報告書を、
目の前にある、机の上に放り捨てた。
「どうか、されたんですか」
様子を見守っていたエヴァン。
心配そうに、私と報告書を見比べている。
「あまりにも情報が少なすぎる。
引き続き、動向を探ってください」
……こんな報告書では、
接し方を考える材料にするどころか、私が変態のような気がしてきた。
「かしこまりました」
そんな私の内心を知る由もないエヴァンは、
背筋を正し、右の拳を左胸に当てて一礼した。
「この後はもう休みますから、下がって構いませんよ」
明日は早朝から神殿に圧力をかけて、日程を調整しなければいけない。
「……ん?
エヴァン、どうかしましたか」
上着を脱ぎはじめても、
立ち去らないどころか、胡乱げな目を向けている。
「本当、ですか」
目つきが変わらないまま、エヴァンは呟く。
彼の声には、疲れが滲んでいた。
「あなたは……いつも魔法が使えない私を、罠にはめるじゃないですか!
両手では足りないほど、何度騙されてきたことか」
エヴァンは歯を食いしばり、
目尻には、きらりと光るものまで浮かんでいる。
自分が撒いた種とはいえ、
私は顔に手を当て、深いため息をつく。
「……どうしたら信じてもらえるかな」
納得できないなら、本人に聞くしかない。
「そうですね……殿下と添い寝するくらいの距離でないと、安眠できませんよ」
……聞かなきゃよかった。
逃げられないよう、
距離を詰める発想は理解できる。
けど、その光景を自然に想像してしまった自分の頭脳を、恨めしく思う日がくるとは。
「逃げない。
逃げないから、もう出ていってくれ」
今度はエヴァンの返答を待たず、
風で扉を開けると、そのまま彼を廊下へぽいっと追い出した。
すぐに室内へ防音結界を張る。
エヴァンは口を動かし、何か叫んでいるが、声はまったく届かない。
そのまま風で扉を閉め、鍵までかけた。
「やっと静かになった」
ここ最近、
疲れを感じるようになった気がする。
私はシャツのボタンに指をかけ、動きを止めた。
「……はぁ」
着替えを諦め、
一人で寝るには広すぎるベッドに、背中から身を投げた。
どさっ。
派手な音が響く。
だが、身体に伝わるのは軽い衝撃だけだった。
ぼうっとした頭で、
真っ白な天井を見上げていると、心地よい眠りが全身を包み込んできた。
「こんな生活、いつになったら終わるのやら」
口走った瞬間、
私は飛び上がる勢いで、身体を起こした。
「……私は、今……何を?」
自分の口元を押さえ、必死に思考を回転させる。
「私は王族だから、国のために悪事を正して……」
そうだ。
周囲が望むから、
善人の仮面を被り、悪人を裁いてきた。
ずっと、そうやって生きてきたのに。
『〜っ、この鬼畜!』
まるで私の思考を塞き止めるように、
先ほどまで一緒だった、彼女の姿が蘇った。
「……ふっ」
何故か笑みがこぼれ、
自分の肩からふっと力が抜けるのを感じる。
そのままベッドに倒れ込むと、
私は出会った時の、彼女のことを思い出した。
最初は、彼女の正体が分からなかった。
奇妙な衣装に、
「魔法少女」という理解不能な名乗り。
そんな姿と言動とは裏腹に、
彼女の魔力操作は恐ろしいほど緻密だった。
複数の魔法を同時に操りながら、魔力を一滴も漏らしていなかったのだ。
『魔法が解ける時間なので、ごめんあそばせー』
逃げる際に彼女が使った風魔法から、以前治療を受けた時と同じ魔力を感じた。
そこでようやく、魔法少女の正体が大聖女だと気づいた。
「逃げ果せたと安心していたのに、私が現れた瞬間の反応といったら……ふふ」
大聖女が神殿と繋がっている以上、どんな人間か見定める必要がある。
だけど、彼女の反応を想像するだけで、
胸の奥がむずむずして、明日が楽しみになってくる。
「待っていてくださいね、アメリア」




