私、魔法少女になる!
コンペ応募用ポートフォリオとして公開中です。
昼は大聖女、夜は魔法少女。秘密を握り合った二人の、犬猿から始まる溺愛ロマンスです。
今後の状況により、更新・公開範囲を変更する場合があります。
とある昼下がり。
街角で少女たちが、
目を輝かせながら、きゃっきゃと声を弾ませていた。
『ねぇ、あの話、聞いた?』
『聞いた聞いた! 素敵なお話よね。私も憧れちゃう』
アステリア王国では、ある噂が人々のあいだで広まっていた。
──王国唯一の大聖女と、慈悲深き王太子の秘めた恋。
どんな相手にも慈悲を施す、心優しき王太子殿下。
誰よりも民を想う、清らかな大聖女さま。
二人は恋に落ちながらも、国の未来を憂い、秘密の逢瀬を重ねている。
王太子殿下は諦めきれず、何度も求婚を繰り返し。
大聖女さまは民を思い、涙をこらえて頷かないのだとか。
そんな、涙なくしては語れない恋物語は。
当人たちの耳にも、とっくに届いていた。
◇◆◇◆◇
アステリア王国の首都にそびえる大聖堂。
祭壇の前で、大聖女は静かに祈りを捧げていた。
全身を白い衣で包み、顔は薄いベールの向こう。
その表情を、誰も見ることはできない。
彼女の前には、一人の男が跪いていた。
この国の王太子殿下──そして、私の平穏をぶち壊した男。
「大聖女さま……いえ。アメリアさま」
王太子は、恭しく頭を垂れた。
「どうか私の想いを、受け入れてはいただけませんか?」
そう告げながら、彼は抱えていたバラの花束を差し出した。
……いや。
そっと差し出したというより、突き出したと言うべきだろう。
なにしろ、その花束は王太子の正面をすっぽりと覆い隠していたのだから。
「まあ」
大聖女は、ベールの奥で小さく首を傾げた。
「こんなにたくさん、ありがとうございます。殿下が斬新な盾をご用意されたのかと思いましたが、私への贈り物だったのですね」
「あなたのために、365本お持ちしました」
花束の脇から、王太子がにこやかに顔を出す。
憎たらしいほど、爽やかな笑顔だった。
「そこまでしてくださるなんて……ですが困りましたわ」
大聖女は困ったように頬へ手を当てる。
「食べるしか使い道がないのに」
「いえ、花なので飾ってください」
間髪入れず、王太子が突っ込んだ。
「あら。私が食事に困っていることをご存じのうえで花を差し出されたので、てっきり食用かと」
「食べられないと分かっていながらも、私のためにアメリアさまの一部にしていただけるなんて……光栄の極みです」
王太子は胸元からハンカチを取り出すと、わざとらしく目元を押さえた。
「…………おほほ。殿下ったら、そんな恥ずかしいことを仰らないでくださいまし……チッ」
「君は、もう少し素直になったらどうですか……フッ」
周囲には、王太子が張った防音結界がある。
少し離れた場所で見守る護衛たちには、愛する大聖女へ熱烈に求婚する王太子と、恥じらいながら言葉を返せない大聖女にしか見えていなかった。
誰も知らない。
私たちの関係は、巷で囁かれるような、ときめくものではないことを。
「殿下……巷では、いろいろ騒がれているようですが」
「ええ」
「私、殿下にお会いするたび、いつも思うんです」
「奇遇ですね。私も同じことを考えていました」
大聖女と王太子は、穏やかに微笑み合った。
その胸の内では、まったく同じ言葉を叫びながら。
((絶対に、こいつとは結婚しない!!))
◇◆◇◆◇
──私が王太子殿下の裏の顔を知ったのは、ひと月前だった。
あの日。
私は自由を手に入れるために、魔法少女になった。
……えっ。意味が分からない?
へいへい。そりゃそうでしょうね。
でも、こっちにも事情があるのよ。
「もう、やってられっかー!」
誰もいない夜の大聖堂で、私は天井近くに祀られた神像へ向かって叫んだ。
「天才だからって十二歳で親元から引き離して! 十年もこき使って! おしゃれどころか外出すら禁止!」
怒りが収まらない私は、全力で飛び跳ねる。
「食事は一日一回! 休みはほとんどなし! 使いものになれば働かせ放題って、あんたたち本当に神に仕える者なの!?」
神像は、当然ながら何も答えない。
「平民上がりだと鼻で笑うくせに、逃げ出せば連れ戻す。逆らえば鞭まで持ち出す。……なにが清らかな大聖女よ」
私は唇を噛んだ。
「家族の安否すら、まともに確認できないのに」
逆らえば、神殿が家族に何をするか分からない。
言うことを聞けば、
家族の平穏は守られると思って我慢してたのに、王都の治安は年々悪くなっていた。
「……へっ。もうやってられるか」
吐き捨てて。
私は誰にも見せられないほど豪快な足取りで、自室へ戻ろうとした。
コン、コン。
外へ続く扉から、
控えめなノック音が響く。
こんな夜更けに、いったい誰だろう。
警戒しながら扉を開けると、そこには誰もいない。
「……あら?」
視線を下げる。
そこにいたのは。
小さな女の子だった。
「お嬢さん。
こんな時間にどうしたのかな」
そして膝をつき、
女の子と目線を合わせる。
だけど女の子は、
私をじっと見つめてから、背後の大聖堂の中を見回した。
「……おねえさん、一人なの?」
「そう、だけど……?」
女の子は再び私を見ると、くしゃりと表情を歪めた。
「おねえさん、大丈夫? 一人でお化けと戦ってたの!?」
「お、お化け!?」
……いや、さっきから私しかいなかったけど。
「だって扉の隙間から、獣のような大声がずっと聞こえてたよ!」
「…………け、もの?」
私の思考が止まった。
女の子の言葉、それはつまり──
「"こきつかって"とか、"やってられるか"とか。
怖い声がいっぱい聞こえたの」
……やっぱり私かー!!
「そ、そーなのよ!
お化けと死闘を繰り広げ……いや、そんなことより、こんな時間にどうしたのかな」
しどろもどろになっていると、
女の子が、何かを思い出した表情をして俯いた。
「お母さんと赤ちゃんが……うわぁぁん!」
「えっ、ちょっと」
大声を上げて泣き出した女の子。
私はどうしたらいいか分からず、
神殿の中に招き入れ、椅子に座らせて話を聞いた。
その内容は、
ただでさえ燃え上がっている私の怒りに、油を注ぐものだった。
「つまり。
出産の危険が高いから、祈祷をお願いしに来たのに……献金が足りないからと、追い返されたのね」
女の子が悲しげに頷いた。
「……チッ。神殿の連中、ろくでもねぇな」
「えっ、おねえさん?」
憎しみを込めて、
ボソリと呟いたのだが、聞こえていたらしい。
「あらやだ、なんでもありませんわー。
それより、はいこれ」
女の子に一つの小瓶を渡す。
白く、淡い光を放つ液体が入っている。
「これを飲めば、危険なんてイチコロ……じゃなかった。
赤ちゃんを産んでも、お母さんは元気百倍よ!」
私が小瓶を高くかかげると、
女の子は目に涙を溜め、安堵した表情を浮かべた。
「ありがとう、おねえさん!」
……かわいい。
その無垢な笑顔に、
私の手は、自然と女の子の頭を撫でていた。
「私、大きくなったらおねえさんみたいに、
なんでもできるようになって、家族を守ってあげるの」
……なんでも、か。
女の子の言葉に、
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「なんでも、できたらいいんだけどね」
どうしてかな。
小さな子どもの前で、本音がこぼれてしまう。
「おねえさん、泣いてるの?」
言われて気づいた。
自分の涙が、頬を伝っていることに。
慌てて顔にベールを押し当て、涙を拭き取る。
「心配かけてごめんね」
明るい声で取り繕おうとしたが、
女の子は真顔で私の顔を覗き込んでいる。
「おねえさんは大人だから、
できないって言えなくて困ってるの?」
「ぐふっ」
悪意の欠片すらない純粋な疑問。
女の子から発射された槍が、私の心臓を貫通した。
……まぁ、あながち間違いではない。
「そうだね。
私、本当はおしゃれもしたいし、家族も守りたい」
ずっと胸に秘めていた思い。
口に出すと、心がずしっと重くなった気がした。
「でも、大聖女アメリアのままじゃ、どちらか一つしか選べないの」
神殿から逃げれば、
自力で稼いで好きに生きられるけど、家族を守ることはできない。
悪党退治を選べば、
家族の暮らす場所は守れるけど、おしゃれは諦めなくちゃいけない。
「だから、困ってるの」
女の子は少しだけ考え込むように、小さな首を傾げた。
「なら、両方選べばいいんだよ!」
「りょう、ほう?」
確信に満ちた声で、
女の子は満面の笑みを向けている。
その瞬間。
私の世界に、光が差し込んだ。
……そっか。
大聖女アメリアとしては、選べなくても。
誰も正体を知らない、別の私になればいい。
夜だけは神殿の言葉にも、白い衣にも縛られない。
可愛くおしゃれをして、困っている人を助けて。
悪党がいるなら、遠慮なく成敗する。
家族を守る方法だって、きっと探せる。
……私、両方選んでいいんだ。
私は勢いよく立ち上がって、女の子へ向き直る。
「決めた。
私、魔法少女になる!」




