九十八話:復活フラグ
ボサボサの黒髪。ぶつぶつと空いた黒い穴。
黒豆のような瞳に、舌まで黒い口。
私は勢いよく起き上がる。ダンジョン中に水の音が響く。
一瞬見えた水しぶきは、ヒナタくんの肌と似た色だった。
「ヒナタくん!?!?!?!?!?!? え!?!?!?」
「どう——したの? そんなにびっくり——して。」
「なんでいるの!? 殺されてたよね!?!?」
「ぼくはもうとっくに——しんで、るよ。ぼくは——ゆうれい、だよ。」
「そ、そそそそそそうだけどそうじゃなくて!!」
辺りをキョロキョロする。
とはいえ......氷壁と甘い温泉が、真実を知っているはずもなく。
私、は。今、『地獄ダンジョン』にいる。
魔法使いの悪霊に攻撃されて、気が付いたらこんな場所にいて。
私もヒナタくんも、すごく浅い温泉の中に座っている。
甘い匂いが漂って、湯気が天井まで昇っていて。
それでも、つららが溶けることはない。なんなら、浴槽も氷魔法で出来てるっぽい。
青みがかった真珠のような水面には、ヒナタくんの影も映っている。
水面が。彼に反応してる。
彼が指を動かすと、ちゃんと波ができてるの。
「............夢????」
「ゆめじゃないよ。ここはげんじつ——だよ。」
「いやいやいや流石に幻覚でしょっっ!! 私は!! 騙されねーもん!!!!」
「ちがうのに......。」
おかしいおかしいおかしいおかしいっ、おかしいよ......!
だってヒナタくんはあの時っ、確かに消されちゃったはずで......!!
「......? ウィローおねえちゃん?」
見間違いだったはず、ないもん。
だって、
あの日、テオくんと一緒に謎の倉庫に入って、
『ネルソービューの生徒たちの認識を変えてやるんだ! ヒナタは......『悪霊』は、悪いやつじゃない! 地獄から来たってだけで、悪いやつなんかじゃないって!』
『必要なら、全生徒共の記憶だって変えてやるもん!』
宇宙みたいなジャムがたくさんあるところを進んで、
テオくんと色々話して、
『ヒナタと一緒に、ネルソービューに通いたいんだ。ぜったい楽しいもん! 友達といっしょに学校行くの!』
そう、したら、っ
『ぼくはそんなこと——のぞんでないっっっ!!!!!!』
............二人は......喧嘩、しちゃって。
私にはどうにもできなくて。
途中でトモル先生が来て......ヒナタくんを............っ
『僕は......ネルソービューは、いつだって、君たち生徒を守るよ』
『か、えして、かえしてっ、かえしてよっっ、ひなた、ひなたぁ、なにもしてないよっ、わるいことしてないよ、た、だ、ただ、てお、が、ておの、せい、で』
ヒナタくんが消えちゃったから、
消されちゃったから、
『ヒナタの......言う通り......だったのかな............』
『ネルソービューのやつらは......みんな......悪いやつで............』
テオくん、も..........................................——
「————えいっ」
「ぅぶぉえっ!?」
両手のひら一杯分の温水をかけられて、現実に引き戻されて。
でもまだ、本当にここが現実なのかはわからなくて。
だ、って............。
「みずいろの——おねえちゃん、ずっと——かんがえごと......ばっかり。つまんない。」
「............」
ヒナタくんは子供らしい笑顔を浮かべながら、私の両頬をむぎゅってしてきた。
最後に会ったときよりも、心なしか......穴の数が減ったような。
肌の感触も、そこまでザラザラしてない。
そこまで冷たくないのは、温泉に浸かっているから? それとも......。
「あの、ね。ウィローおねえちゃん。ここの——おゆ、ね。のめるんだよ。」
「......そうなの?」
「うん。あまい、においがする——でしょ? テオがよく——ぼくに......くれてたやつと。おなじあじが、する。」
彼の口からテオくんの名が出てきたことに、驚くよりも先に。
私、は。意識が朦朧としているのかすらわからないまま、自分の唇を舐めた。
それだけじゃよくわかんなかったから、手のひらで温水を掬って、飲む。
甘味、にしては淡い。花の蜜が少量入った、ハーブティーのような味。
薄い水色。柔い水紋。
毛先を、頬を、瞼を......優しく撫でてくれる湯気。
これ......まさか............。
「ね、『眠りココア』......? 『眠りココア』の温泉?? なんでこんなところに、」
「そう——だね。そんなかんじのなまえ——だった、きが。する。」
ヒナタくんは立ち上がると、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
『眠りココア』の温泉をぱしゃぱしゃさせて、私に飛ばしてくる。
「み——て。みてみてっ、みずいろの......おねえ、ちゃん!」
「んぶっ!? ちょ、ね、眠りココアが目に入るっっ」
「なみが——ぱしゃって、なってるよ!」
「そ、......そうだねぇ......」
......楽しそう。
彼の笑顔を見ていると。
笑い声を聞いてると。
私もつい、微笑んじゃって。
吹き出しそうになっちゃって。
危うく、全てがどうでもよくなりそうだった。
「ね、ねぇねぇヒナタくん......また会えて嬉しい、けど......」
「ぼく——も!」
「......どうして、ヒナタくんはここに......????」
まぁ、流石にこれは聞くしかなかったけどね。
「? じこくダンジョン——に。いたら、だめ。なの?」
「そ、そうじゃないけど......ほら、あのとき消されちゃってたじゃん! トモル先生に! どうやって復活したの????」
「......ん~......」
ヒナタくんは背中の後ろで手を組みながら、私の隣にパシャッと座る。飛んだ『眠りココア』の微粒子が、私の首を濡らす。
口を尖らせてはいるけど......言いたくないわけではないみたい。
ただ、言語化するのが難しいみたいで。しばらくの間、眉をくしゃっとさせて......。
「............ぼくも......よくわからないんだ。」
「そ、そっかぁ~~~......わかんないかぁ~~......」
「あの、ね。ネルソービューの、せんせい——にやられちゃった、あとのこと。あんまりおぼえてない。」
そりゃあ、あんな灰みたいな姿になっちゃってたらね......。
「でも。ちょっとだけおぼえてる。ふわふわ、してた。いしきは、ちょっとだけあったよ。」
「ふわふわ? い、意識あったの??」
「からだが、とうめいに——なってて。びっくりしたのは、おぼえてる。」
「透明......?」
透明。透明、かぁ......。
ん......?
もしかしなくともそれ、魂の『透明化』と何か関係が......??
「あとは——ね。とにかく、うごかなきゃって。いかなきゃって。」
「行く? どこに??」
「かんらんしゃ。」
「————!」
「かんらんしゃに、いかなきゃって。どうしてだろう......むかし、シニガミにそうメイレイされたから? それとはちがうような、きが......する。」
......観覧車。
ま......間違いない。それは多分あれだ、『転生観覧車』のことだ。
つ、つまり......つまり......!!
「............ドユコト??」
「わかんない。でも、ね。かんらんしゃに——はいる、まえ。テンシにつかまった。」
ヒナタくんは両手をパタパタさせる。もしかすると、天使の翼を表現しようとしてるのかもしれない。
「テンシにつかまったあとのことは、けっこうおぼえてる。からだが、とうめいじゃ——なくなって。またポエナにつれていかれた。」
「天使に捕まった......透明じゃなくなった......」
「ポエナの、おしろ......でね。まだ、けいき?がおわってない、から。ネルソービューの、じごくダンジョンにいけって。サイバンカンに、いわれた」
「お城......裁判官......け、けいき? ケーキ??」
「それで、ぼくは——いまはダンジョンの、......35かい?に、いる。」
「......へぇ~......?」
なるほど、なるほどねぇ......だからヒナタくんは......。
......。
......。
............。
「......全然わかんなぃ......」
「ね。ぼくも、よく——わかんない。」
びっっっくりするほど理解できなかったぞぉ~~~??
あっれぇ~~?? 結構真面目に話聞いてたはずなんだけどなぁ......??
なんだろう。一応説明はされたんだけど......大事なところが説明されてないせいで、何もわかんないというか。
まぁこれ、ヒナタくん視点の話だもんね......本人がわからなければ、私にもわかるわけ......。
「なんに——せよ。ぼくは、かえってこれた......よ。こうして、ウィローおねえちゃんに、また......あえたよ。」
ヒナタくんは、温泉に浸かったままの私の指に触れる。
「ねぇ、——おねえちゃん。だから、ね。おねがい。」
人差し指だけを握ってくる。
彼の瞳は、真っ黒で。
それでも、真っ直ぐで——
「ネルソービューに、もどったら——ぼくのかわりに。テオにあやまってほしい。」
あ
「けが、させちゃって——ごめん、って。ゆるしてくれるなら......また、あいにきてほしいって............テオに............」
っ
「ぼくは、もう——ここからでちゃだめ、だから............」
......そっか。
知らない、よね。知ってるわけないよね。
言えるわけない、よね。
テオくんは、もう————
「っ、............うん。テオくん、に......言っとくね............」
「? おねえちゃん、どうした——の? かおいろ......わるい、よ。」
「う、ううん! 大丈夫!! 戻ったら絶対言っとくから、約束、するからっ」
戻っ、たら。
戻ったら。
......もど......ったら............。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「わっ。びっくりした。」
大声を出したのは、このタイミングで急に思い出しちゃったから。
「戻らなきゃ!! そうだっっそうじゃん、早く戻らなきゃじゃん!! 私さっ、さっきまで45階にいてさっ、きっとみんな超心配してっっ」
でも。
誤魔化すためでもあったんだと思う。
これ以上、テオくんのこと聞かれちゃったら......ちゃんと嘘をつける自信がないから。
「なんかねっ、魔法使いの悪霊がいて!! そのヒトにやられちゃってさ私っ、そのせいで多分ここに来て、」
「うん。ウィローおねえちゃん、きゅうに——あらわれた、もん。たぶんテレポート?、されちゃったんだね。」
「で、こ、ここは何階なんだっけ? 35階って言ってたっけ!? どうしようっっどうやってみんなのところに戻ればぁぁぁあぁぁあぁあっっ」
「だいじょうぶ、だよ。ここから、45かい——すぐ、いける。よ。」
ヒナタくんは私の手を掴んだまま、ゆっくりと立つ。
笑う。
肌に空いた穴が......いくつか、塞がっていた。
「ちかくに——エレベーター、あるから。45かい、いけるよ。」
「え!? ほんと!?」
「うん。案内してあげ——」
彼は後ろを向きながら、浴槽の外を——この部屋の出口を指差した。
だけど。
氷で出来た扉の前には、誰かがいたの。
こっちを見てる。
暗闇に馴染まない髪の毛。ミルルンの髪よりもずっと長くて、ボサボサで。
ずっと俯いて、肩を落として。
辛うじて見える肌は蒼白で、血が通っているようには見えなくて。
その茶色の目は私を捉えていて、でもあまり焦点が合ってなくて。
乾燥した毛。ところどころが破れてる白のワンピース。霜が降ってるように見える肌......っ
「~~~~~出っっ、で、ででででで出ーーーーーっ!!!!」
急いで立ち上がったけど、浴槽の底で足が滑って、結局尻もちついちゃって。
一瞬だけ『眠りココア』の雨が降る。
湯気はきっと、私を隠してはくれない。
私もヒナタくんも、あの幽霊さんには見えてる。
あの、幽霊さん。
悪霊。
......女の人............黒髪......茶色の目............。
「こ——ぁ——————こぁ————......ぁ......」
幽霊のお姉さんは、色のない唇を開いた。
近づいてくる素振りは見せずに、少しだけ顔を上げ......。
......て......?
「ぁ————た——ぁ、......あ......——」
『こ——ぁさな——きゃ————......』
あ......れ。
まさか。
この幽霊さんって、まさか......——
「君......もしかして......一年生のとき、私を襲った......?」
「——こ————ぁ——......」
「私の保管ハットの中に入って......財布を手に持ってた......?」
「た————な、た——————......」
「首を絞めてきた......!?」
『壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャ壊サナキャぁっぁああぁぁああああ許さない許さない返して返シテよ』
うぎゃーーーーーっ!! うぎゃーーーーーーーっ!!!!!!
絶対そうだ! 絶対そうだーーーーーっ!!
あの時の『壊さなきゃ』お姉さんだーーーーーーーーっ!?!?
なんで!?!? なんでこのヒトまで!?
このヒトはだいぶ前に、ネルソービューに処分された、はずじゃ、
......はず......。
「ひ......ヒナタくん、あのっっ......一応下がった方がいいよ! この幽霊さんがヒナタくんのこと襲うかどうかはわかんないけど——」
「え? だいじょうぶ——だよ。あれ、ぼくのママだもん。」
あんぐりと口を開けすぎて、顎外れるかと思った。
「ママ——どこいってた、の?」
「————ぁ——なた————ひなた——」
ヒナタくんは当たり前のように、幽霊のお姉さんへ——彼のママへ、近づく。
ヒナタくんのママ、らしい人は、ぼ~っとしたまま彼の頭を撫でる。当たり前のように、会話しようとしてる。
「ママも、のみなよ——ねむりココア。おいしい——よ?」
「——た————こぁ———」
ヒナタくんは、今まで見たことないくらい、明るい笑顔で。
彼のお母さんも、口角をぐにって上げて。
二人とも、肌の穴がどんどん塞がっていく。
ただでさえ少なかったのに。
......どういう......こと......?
だって、ヒナタくん言ってたじゃん。
『ママはとっくにネルソービューに、けされちゃったんだ』って。
一年生の頃、初めて私が出会った悪霊さんも。消されたはずで。
はず、で。
「え? ママ——おさかな、みつけたの? どこ?」
「——ぁ——た————」
「へー。あの.....マジョさん、やっぱりやさしいね。」
肌に穴が空いてしまっていても。
喋るのが、少し難しくなっていても。
二人は、どこからどう見ても。
幸せな家族だった。
..................そ、っか............。
「ママ——ねぇ、ママ。ママ、ウィローおねえちゃんと、しりあい......なの?」
「——ぁ————ぅあ————」
「おぼえてない? ふーん......ママったら、わすれんぼう——だね」
ネルソービューに消されたはずの、ヒナタくん。
同じく消されたはずの、彼のお母さん。
そっか。
復活、するんだ。復活するかもなんだ。
もう二度と会えなくなるわけじゃないんだ。
この世から、完全に消えちゃうわけじゃないんだ。
じゃあ......今まで倒してきた『化け物』も......消されて、塵になっちゃった『悪霊』も......。
「た————ひなた——」
「えっへへっ、え~~? ぼくはちがうよ~~」
......ネルソービューが......二人を、再会させてあげたのかな。
二人を消しちゃった後。復活させて。
地獄ダンジョンで、会わせてあげたのかな。
「じゃあさぁママ、きょうの——ばんごはん、ぼくが......やく!」
「ぁあ——め————なた——」
「だいじょうぶだよっ。マジョさんにねっ、バクハツバナ?のつかいかた、おしえてもらったもん!」
「————ぶない......」
なんだ。
ネルソービューは......そこまで、残忍じゃなかったんだ。
優しいんだ。
心があるんだ。
悪霊さんのこと、ちゃんと考えてるんだ。
『地獄ダンジョン』はただの『便利なゴミ箱』なんて思ってないんだ、
だから、
私たちのこともきっと、ちゃんと............!
***
あの後、私は普通にみんなのところに戻れたの。
ヒナタくんとヒナタくんのママが、エレベーターまで送ってくれて。そこで二人とはバイバイして。
無事みんなと合流できて。やっぱり私、魔法使いの悪霊さんが使った、転移魔法?を食らっちゃってたらしくて。
キャベツくんはめちゃくちゃ土下座してきたよ。別にキャベツくんのせいじゃないと思うんだけど......。
で。結局、探してた『指名手配』は見つからなくて。
そのまま寮に帰って。
数日経って。
......確かに、ネルソービューに帰ってから、何週間か経ってたけど。
「ち~~~~っす!! ウィローちんヤッホー! ヤッホー侍ぃ!!」
「ふぁい????????????」
まさか......こんなに早く、ゾディさんと再会できるとは思わなかった。
次話:オートミール蘇生作戦、失敗
です。ネタバレとは限りません




