一話:登場人物、全員記憶喪失っぽい
「私の名前は『ウィロー・ガーディナー』!」
「..................で、合ってる......よね......??」
淡いレモン色のカードでできた名札を掲げながら、私はやけに弾力のあるベッドに寝転んだ。
名札の角度を変えるたびに、銀色のフレームみたいなのが一瞬キラッて光る。
でも......名札を上げ下げしたり、自分の目を細めたりしてみても、名札に書いてある文字が読みやすくなることはなかった。
『あなたの名前は:Willow Gardiner』。日本語部分は普通に読めるけど、英語の部分はなんとな~~くしか読めない。カタカナにすると『ウィロー・ガーディナー』っぽいけど......。
「ま、まぁ、これ自分の名前らしいし、好きなように読んじゃっていいよね! ウィロー......私の名前はウィロー......ウィローさん、ウィロー様、ウィロー大明神様............ふふっ」
独り言はこの辺にしておきまして。
とりあえずベッドから体を起こして、広いとはいえない部屋の中を見渡してみる。
ベッドのすぐ右には、白のピロピロ......ブラインド?が降ろされた窓があって、光は一切漏れ出ていない。
外はあとで覗いてみるとして......左の方を向くと、目に入ったのはベージュ色の壁と、天井にくっついてる正方形の照明と、
............ベッド、が。もう一つ。でも誰も寝転んでない。
何も覚えてないはずなのに、私はここが寮の部屋だってすぐにわかった。
ベッドがもう一つあるってことは、ルームメイトがいるってことだよね? 今はここにいないみたいだけど......。
「え、ど、どうしよ?? ルームメイトさんと私って実は知り合いだったりする!?」
やばい絶対気まずいじゃんそれ、なんて説明しよ......『実は私記憶喪失になっちゃって~』って言うしかないよね......?
それとも......そのルームメイトさんも、私と同じ状況だったり......?
「はぁ......わっかんないなぁ......」
なんとなく呟いた独り言だったけど、やっぱり知らない声だった。
ため息が混ざってたからか、少し落ち着いたような声。低め......なのかな? でも柔らかい。
例えるなら、そう。シャボン玉みたいな。
雪、よりは温かくて......雨よりは染まりやすい。
「あー、あ~~......ハロー。ハロー! マイホームイズ寿司! フォウッ」
緩急が激しい声って、言うのかなぁ? テンションが低ければ結構低いし、テンションが高ければとことん高くなるの。
発声練習は一旦やめて、私は名札を握りしめたままベッドから降り
ようと、する。
でも思ってた以上にベッドが高くて、足だけを降ろしてみても全然床に着かなくて、ちょ、これどうやって降りるの?? 飛び降りるしかない......よね?
おしりを少しずつベッドからズラして、そのままレンガと同じ色の床に着地し
「い゛っっ......つぅ......!!」
裸足だったからか、ペチッて音が鳴って、微妙に響くような痛みが足の裏に広がって......せめて台くらい用意してほしかったなぁ......。
......また、改めて部屋を見回すと、結構アンティークな雰囲気なのがわかる。
家具のほとんどがチョコレート色で統一されていて、タンスの引き出しを開けてみるとギシギシ鳴って......よく言えば趣があって、悪く言えば古い。床にも水漏れの跡みたいなのが残ってたりするし。
あとは、私のベッドの後ろに——枕側じゃなくて足元側ね——空っぽの机が置いてある。ベッドと棚の間に挟まれてて、なんか、落ち着きそう。
ルームメイトさんの机は......ベッドの後ろじゃなくて、横に置いてあるんだな。窓側に住んでるか扉側に住んでるかで家具の配置も違うんだ。
タンス............も、机も全部空っぽだし、棚は......可愛いランプが一個置いてあるけど他にはなんにもないし、これ以上特に面白そうなものは——
待って、前言撤回! クローゼットの中覗くの忘れてた!
クローゼットの中は流石になんかあるんじゃない? 着替えがないと困るし......。
クローゼットの扉は二つあって、どっちが私のなのかわかんないから、とりあえず当てずっぽう開けてみる。ほら、やっぱ何か入っ——
「あ......!!」
そこにいるのは、驚いてる姿の少女。
少女、っていうか............私。
クローゼットの中に入ってた等身大の鏡を、まるで吸い寄せられるように見つめる。鏡の中のこの子も真似してくるってことは......やっぱり私だ。これ。
「......か......」
か............か............っっっ
「可愛い~~~~~~~~!!!!」
急に自画自賛しだす変な人になっちゃった。
いや、だだだだってっっ、可愛いんだもん! これ私!? これが『ウィロー』ちゃん!? え、いいんですか? ほんとにいいんですか??
『可愛い』以外の感想は......とにかくアニメっぽい。水色の髪に、さくらんぼ色の瞳ってあれじゃん、現実じゃそうそう見ない組み合わせじゃん!
前髪が黒のヘアバンドで上げられてて、おでこは丸出し。前髪の横に流れてる......触覚ヘア?がヘアバンドから飛び出てて、胸の下らへんまでの長さで......ヘアバンド外したら、もっと長いってことだよね?
後頭部辺りの髪の毛はボブになってて、全部触覚ヘアよりも短い。
アホ毛もしっかりあって、しかも......ハート型だとぉ......? もしかしたら私はアニメの住民になっちゃったのかもしれない!
左右の耳にはそれぞれ、O字型の大きめ黒ピアスが付けてある。耳たぶが微妙に重い気がしたのは、多分おそらくこれのせい。
あとは、なんの変哲もない白のワンピース。それと裸足。
「............」
なん、だろう、この......こう......溢れ出る被験者感は......。
私はもしや......とんでもない人体実験に巻き込まれてるのでは......? だから記憶も全部消されてて、名札も用意されてて、とか......??
それか......転生した、とか。ほら、異世界転生ってやつ! アニメとかでよくあるでしょ? 現実世界で社畜だった私は、ある日異世界で美少女に転生してしまった! みたいな。
記憶喪失なはずなのに、なんでこういうのは知ってるんだろ。記憶を失う前の私がアニメ好きだったとか? 魂に染みついてるのかな?
「えっと......他にクローゼットに入ってるのは............」
スウェットとか、シャツとスカートとか、セーターとジーンズとか......色んな系統の服が置いてあったり、ハンガーに掛けられてたり。
あとは......この制服っぽいロリータ服、他と比べて随分目立つな。
リボンがたくさん付いてるし、フリルも可愛い......着るの難しそうだけど......。
他に面白い物はなさそうだったから、私は鏡の自分と目を合わせながら、そっとクローゼットの扉を閉めた。
「右側にあるクローゼットが、私のってことは......左にあるのはルームメイトさんのってことだよ、ね......?」
............流石に、こっちを勝手に開けるのは......ね............
「......」
「......」
「......でも......クローゼットの中を見れば、どういう人かわかるかも......?」
————って、ダメダメダメ! 流石にダメだって、プライバシーの侵害かなんかでしょ!
ルームメイトさんにはどうせ多分どっかで会うんだから、わざわざクローゼットの中覗かなくても......
「......」
あのぉ~......ウィローさん? どうして他人のクローゼットに手を伸ばしてるんでしょうか?
鎮まれぇ......鎮まれ私の好奇心......っ!! 他人にクローゼットの中見られるって嫌でしょ?
「......」
ウィローさ~~~~ん??
クローゼットの中なんてそんな面白いものないだろうし、ほら、私のと多分あんまり変わんないよ? 見る必要絶対ないよ? いくらルームメイトさんがここにいないからって、
「......うぅぅぅう......」
犯罪!! 犯罪!!!! 捕まるよ!?!?
お願いだからクローゼットのノブから手を——
「——え~~~、テステス、マイクテス~」
「ひぇぇぇぇええええ!?!? まだ未遂です!!!!」
頭上から急に聞こえて来た声にびっくり仰天して、勢いよくクローゼットから離れたら。
思いっきり、腰をルームメイトさんのベッドの柱にぶつけちゃいまして。
あ痛、痛い、いててててててててでででででっっ
「うぎっ......うぎぃ............!」
「皆さ~~~ん。オハヨーございマ~ス」
だ、誰? ほんとに誰?? まぁ絶賛記憶喪失中だし、知らないのは当然なのかもしれないけどさぁっ、
「ま、オハヨウって言っても夜なんですガネ」
............天井をよ~~~く見たら、丸くて小さいスピーカーが貼り付いてる。
照明のすぐ近くだ。全然気づかなかった......。
「皆様方、今タイヘン混乱していますでしょうが、落ち着いてくだサイネー」
スピーカーの向こうにいる人の姿は見えないけど、声だけでだいぶ......えっと......個性的な人なんだってわかる。
独特の語尾というか、訛り?がちょっと変わってるというか......。
「ワタクシはですねぇ、オクタゴンと申しまス~。怪しい者じゃナイデスよー?」
......あれ......これってもしかして、ででででデスゲームとか始まる感じ......?
や、やだよ? 死にたくないよ!? 待って!! ウィローさんまだピチピチの——
————何歳......なんだっけ?
「あ、ちなみにデスゲームの主催者とかでもないのでご安心くだサーイ」
っっっっっぶねぇ、助かったぁ~~~! この人の言ってること信じていいのかもわかんないけど......。
「おっとおっと、話が逸れましたネー。え〜、それでは、アナウンスの続きを......」
......これはただの偏見だけど、この人怪しい仮面とか付けてそう。
「『記憶喪失の一年生』の皆様方は、お手数ですがオーディトリアム......じゃなくて、体育館までお越しくだサ~イ」
「えっ、き......『記憶喪失の一年生』......??」
「あ、特に着替えたりはしなくてもダイジョブですヨー。靴くらいは履いた方がいいカモデスけどー」
スピーカーに向かって話しかけてみても、オクタ......なんちゃらって人から返事は返ってこない。こっちの声は聞こえてないみたい。
『記憶喪失の一年生』......そ、それって、もしかしなくとも......わ・た・し?
『一年生』、は何言ってんのかよくわかんないけど、『記憶喪失』なのはそうだし......って......
あれ? 今この人、記憶喪失の『皆様方』って言っ————
「それでは、またお会いしまショー。道わかんないでしょうけど、まぁ頑張れば体育館にたどり着けると思うのデ。あ、できればルームメイトさんと一緒に行くのをおすすめシマース」
「マっっっ、ちょっ」
聞こえてないってわかってるのに声が出ちゃって、天井に向かって手を伸ばすけど......スピーカーは、最後にマイクを軽く叩いたときのあのブツって音を鳴らして、そのまま静まり返ってしまった。
「え~~っと......」
体育館ってあれだよね、あの......スポーツとかやる場所のことだよね? ステージとかあったりするあの体育館だよね?
とりあえずそこに行けば、色々わかるって......こと?
『ルームメイトさんと一緒に行くのをおすすめ』って言われても、そのルームメイトさんがどこにもいないんだってば!
そもそもなんでいないの? 私より先に起きてたっぽいし、勝手に外に出たとか? なら今頃体育館に向かって——
「......ん?」
クローゼットの近くで立ち尽くしてると、部屋の外から物音がたくさん聞こえてくる。
他のドアが開く音とか、話し声とか、や、
やっぱり他に誰かいるんだ! この寮に住んでる誰かが、私みたいなのが、
「よ......よぉし......」
善は急げ、だっけ? 合ってるのか思い出せないけど......。
私は部屋の扉のドアノブを握って、
息を吸って、吐いて、吸う。
鍵はもうすでに開けっぱなしだったみたいで、ドアノブを回すと、光が——
「————————!!」
息を飲みすぎて、思わず咳き込むところだった。
とにかく廊下には人、人、人人人人人。
寮の廊下は思ってた以上に狭くて、そのせいか結構混雑してて。
部屋の中と同じく、アンティークな雰囲気の廊下。照明は小さなシャンデリアで、一つ一つがほんの少しだけ揺れていて。壁は部屋と同じくベージュで、でも床は......。
............みんな、私と同じような白い服着てる。女の人は私と同じワンピースで、男の人は白の長袖シャツと白ズボン。姿だって、みんな仮想世界のアバターみたいで、私と同じで、
「オォォォオオオイ、押すな押すな!! こっちは記憶喪失だぞ!!」
「俺だってそうだよ!!!!」
「ねぇねぇ、体育館の方向ってほんとにこっちであってるのぉ~......?」
みんな......混乱、してる。
人混みに流されてて、しかめっ面だったり不安そうだったり、
と思いきや周りの子たちと案外楽しそうに話してる子もいたり、
「いっっっってぇ、誰だアタシの足踏んだの!?」
「とりあえず周りについていけばいいのか?」
「ねぇ誰が僕の名札拾った人いない? 失くしちゃって......自分の名前思い出せなくて......」
「奇遇だねぇ、あたしも記憶喪失なの! 困っちゃうよねぇ~」
「ぽぽぽぺ! ヒャッ」
「おれ先に風呂入りたいんだけど......」
カーペットの床を踏む音が響き渡って、あちこちで扉が開いたり閉まったり。照明がたまにチカチカしてたり。
つい、後ずさる。あまりの人口密度に圧倒された、というよりは、ただ......あぁ、そっか、
やっぱり......私だけじゃないんだ。
私だけじゃなくて、ここにいる全員が、記憶喪失なんだ。記憶喪失で、何がなんだかわかってないんだ。
いや、なんとなく私だけじゃないっぽいのはわかってたけど......こんなにたくさんいるとは思わないじゃん......?
一人じゃないっていうのは安心するけど......でも......
何十人......もしかしたら、何百人ものみんなが、記憶を、
「......っ......」
これ......異世界転生ルートより......人体実験ルートの方が濃厚じゃない......?
まさかの? まさかのそっち?
......あれ?
「私......死んだぁ............?」
次話:選ばれし人間(およそ300人)
です、よろしくお願いします




