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5. 王都へ…逃げましたね

「白い結婚」にこだわりすぎたヘンリーの選択は

事態をさらに複雑にしていく……

初めての夫婦喧嘩

距離をおいても何も解決しないはずなのに

想いはすれ違ったまま、

彼はひとり、王都へ出立します。

今回も……感情が迷子になっている二人の物語です







 静かな離れの朝に勢いのまま、ローズを訪問することにした。本音を言えば、久しぶりにローズの姿が見れると思うだけで、心が弾む……が、気を引き締めるべきだろう。自然と緩みそうになる頬を引き締めて、ヘンリーはサロンで待つ美しい妻を見つけて言葉をかけた。

 

 「領地経営にかかわりたいと聞いたが?」


 もどかしさが口調を少し鋭くする。


 (なぜ、そんなことを考えるんだ。君には何不自由ない生活をしてほしいと思っているのに……わたしに関わることなく、離れで幸せにしていてくれればいい……それだけでいいのに。)


 「君がそんなことをする必要などない。」


 (しまった……思ったよりも厳しい口調になった。)


 冷静さを欠いている時というのは、感情も行動も思うようにならない。幾度となく繰り返した戦場で身に着けたはずの"平常心"は、ローズの前では無意味なようだ。目の前のローズの表情はあまり変わらないが、うつむいた姿に傷つけてしまったことを悟る。素直な気持ちを告げることができたなら、どれだけ楽だろうか……けれど、それは自分が楽になりたいというだけであって、優しいローズを追い詰めてしまう失策だ。静かな沈黙の時間が流れる……


……その静けさを破ったのはローズだった。



 「わたくしを政敵の娘として扱っているのは、この屋敷で……辺境伯さまだけですわ。」



 (政敵の娘……君がそうでなければいいと、どれだけ願ったことか。どういう意味だ?わたしが君を憎んでいるとでも思っているのか?)



 思いがけないローズの言葉に、不甲斐ない自分への憤りが言葉になってこぼれる。



 「最低限の妻の役割だけを果たせばいいと言ったわたしの言葉を無視したのは君だろう。そんなにわたしの言うことが気に入らないというのなら好きにすればいい。わたしは君の希望を叶えるようにブラントに命じておいた。……これからも、そうすればいい。」



 己の狭量さに自分で自分を殴りたくなる。でも、いったん口にした言葉は取り返すことはできない。視線を外してしまったら最後、ローズを見れなくなった。まっすぐに出口へ向かった。ほんの一瞬、立ち止まって、振り返ることが許されるような気がしたが、その資格を失くしたのは自分だと、そのままサロンを後にした。


 「どうしようもないバカだったのだな……わたしは。」


 サロンを出て一人、ヘンリーがそう呟いた声に気づく者は誰もいなかった。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 「お前、本当にバカだったのかよ。」


 今朝の"ローズとの会話"についてを知りたがったルトに、詳細を省いて話をした。……途端に、このリアクションだ。幼いころから共に育ったルトは人払いした執務室では容赦がない。


 「仕方ないだろっ!俺がローズに優しくしたらおかしいし、一度言葉にしてしまえば取り返しはつかないんだから。……どうすればよかったというんだ。」

 「だから、なんで優しくしたらおかしいんだよ。奥さんに優しいのは普通だろうがっ!」

 「俺はローズにとって政敵だぞ。優しくされて、うれしいはずがないだろう?」

 「あのなぁ~。」


 ルトが頭を抱えた。


 (……何かおかしなことを言ったか?)


 「お前さ、政敵なのは奥さんの実家……もっと言っちゃえば、レナルド侯爵だろ?奥さん本人じゃない。……こんな辺境の地に嫁いできたばかりなんだぞ!お前が味方にならないでどうするんだよ……。」

 「何を言ってるんだ。ブラントもアンナもすっかりローズの味方じゃないか。お前だって、彼女のことを気にかけてる。」

 「お前どこまで、ヘッポッコなんだよ……。」


 意味が分からない。ローズが嫁いできてからというもの、屋敷のみんなが彼女を支え応援している。……下手をしたら、自分のほうがこの屋敷での味方を失くしたかもしれないと思うほどに。それはもちろん、彼女が優しい人だからだ。ルトの言う「お前こそが味方になるべきだ」という考えは、どうもピンとこない。自分だけが理解できていない何かが、あるというのだろうか?


 「お前が話せと言ったから、話しただけだ。……わたしは明日、明後日にも王都へ向かう。」

 「お一人で行かれるのですか?」


 わたしの口調が変わったことを察して、ルトも仕事モードに切り替わったようだ。


 「あぁ、以前にも話しておいた、国王陛下への婚姻の報告だ。」


 軽いノックの音がした。


 「旦那さま、ブラントでございます。」

 「あぁ、入ってくれ。」


 ブラントが静かに入室する。


 「ローズの様子はどうだ?」

 「……わたくしからは、何も申せません。」


 扉の外まで会話が聞こえていたかもしれない。一瞬焦ったが、ブラントの様子からは何も読み取ることはできない。ローズの様子を尋ねたとしても、ブラントは頑なに話そうとしない。今朝、わたしがローズのもとを訪れたことは知っているはずだ。その時何があったのかも、おそらくブラントは知っている。


 (……知っていても、あえて報告しようとしないのか。)


 いつものように静かに返された返答に、家令の何らかの意図を感じる。


 (やはり、わたしの味方のほうが少ないではないか。)


 大人げないと思いながらも、苛立ちを抑えるのことが難しい。


 「わたしは明日にでも王都へ向かう。用意を頼む。」

 「かしこまりました。」

 「それと、先日の件……頼んだぞ。」


 ブラントにも、ルトにも、すでに王都へ向かうことは告げてある。そして、自分の留守中の役目についても任せてある。

 

 今朝の様子からも……ローズを傷つけているのは、おそらく自分だ。ディクソン辺境伯家とレナルド侯爵家の婚姻関係が正式に結ばれたことを王家に報告するとういう、大切な責務がある。だからコレは、立派な公務だ。

 ローズと距離を置くため……というのはその「ついで」でしかない。それでも何かわからないモヤモヤした感情に押し流されるようにして、早々に出発することにした。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 いつもと違う朝だとしても、わたくしがすべきことは何も変わりません。たとえ、辺境伯さまに嫌われていることがハッキリしたとしても……わたくしにできることは、まだ残っているのです。


 「奥さま、お支度をしても?」


 使用人の再編成で、家令と侍女長が、わたくしに専属の侍女をつけることを薦めてくださいました。わたくしより少し年上のラナは、とても優秀でさりげなくわたくしをフォロしてくださいます。それは、仕事に関してだけでなく、この辺境伯領での生活になじめるようにと、様々なサポートもしてくださっているのです。


 「旦那さまは明日、王都へ行かれるそうですよ。」


 髪を結いあげながら、ラナがそう教えてくれました。


 「えっ?」


 突然のことに、思わず声が漏れます。


 「国王陛下に婚姻の報告をされるそうです。まぁ、逃げ……でしょうけどね。」

 「ごめんなさい、ラナ。最後のほうは、なんと?」

 「何でもありません。ご結婚の報告は、陛下から王命を賜ったときに明記されていたそうです。」

 「婚姻の報告にお一人で行かれるなんて…わたくし、本格的に嫌われてしまったのですね。」

 「奥さま、奥さまの責任ではございません。」


 思いのほか強いラナの言葉に驚いて、鏡越しにその瞳を見つめました。


 「奥さまをお嫌いになるなど、旦那さまがおかしいのですよ。」

 「ラナ……。」

 「わたしは旦那さまにお仕えしていますが、幼馴染でもあります。幼少より知ったヘンリー相手ならば、多少の批判は許されるというものです。」

 「まぁ。」


 落ち込んでいた気持ちが少しだけすくいあげられた気がしました。


 「奥さまが、ここだけの話にしてくだされば……ですが。」


 ラナがいたずらっぽくウインクを仕掛けてきました。こうして気安く言葉を交わせる人が、今まで一人もいなかったわたくしにとって、何もかもが新鮮で、けれど本当に救われる気持ちでいっぱいです。そうでなければ、辺境伯さまの言葉にとらわれたまま、わたくしは閉じこもって動けずにいたかもしれません。厄介者であることを再確認してしまったのです。何もしないほうがいいと逃げてしまえば、時間はきっとそこで止まっていたでしょう。


 「ラナ、ありがとう。」

 「もったいないお言葉です。」


 辺境伯邸には、たくさんの優しい人たちがいて、わたくしを支えてくださっています。だからこそ、わたくしは逃げたくないのです。できることがあるならば、お役に立ちたい。辺境伯さまに「好きにすればいい。」と告げられたのですから、わたくしは、わたくしのできる最善を尽くして、この地を守っていきたいと思います。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 


 「ルト、ヘンリーはどうしてあぁもヘッポコなのよ!」

 「俺だって、どうしてあそこまで拗れてるのか、さっぱりだよ。」

 「初恋は得てして拗れやすいものですが、坊ちゃまの場合は重症ですね。」


 ヘンリーが王都へ出発した夜、ルトとラナが談話室で言い合っているところへブラントが入ってきた。


 「じぃ、どうしてそこまで冷静でいられるの?」

 「あそこまで頑なになる理由が、あるのか?」


 矢継ぎ早に二人がブラントに問いかける。辺境邸でヘンリーと共に育った幼馴染の二人は、心からローズの心配をしているようだ。


 「"じぃ"などと……えらく、懐かしい呼び方をしてくれますね、ラナ。」

 「だって、今朝の奥さま、絶対に傷ついてた。あのバカのせいでしょ?」

 

 ひとたび職務を離れれば、ラナも一人の女性……いや、姉ともいえるということだろうか。今朝のヘンリーの突然の訪問は、喜ばしいもののはずだった。けれど、その内容があまりにもひどすぎた。だからこそ、二人はどうしようもない怒りと苛立ちを隠せずにいるのだ。


「ローズ様のフォロは、わたしとラナでしていきましょ。」


 いつの間にか談話室に入ってきていたアンナが、ラナをなだめるように声をかけた。


 「ルト、ヘンリーのバカを何とかしなさいよ!」


 アンナに慰められて感極まったのか、ラナが強い口調でルトを責める。


  「ヘンリーの奴、王都へ報告って用事があるのは本当だろうけど、要は現状からの逃げだろ?……いつまで逃げていられるかな。」


 責められたルトは、たいして気にする様子もなく、むしろ面白がるような笑みを浮かべた。


 「坊ちゃまにはまず、現実を直視していただく必要があるでしょうな。」

 「じぃ、怖いよ……。」


 あふれ出る殺気に、辺境伯騎士団隊長のルトが怯える。


 「でもさ、今のアイツには何を言っても通じないって思った。」

 「大丈夫ですよ。聞かせる方法はあります。まずは……」


 一癖も二癖もある辺境伯邸の使用人を統率してきた凄腕の家令。二代に渡り辺境伯の右腕も務めてきた手腕は言うまでもない。その実績は伊達ではないようだ。


 「……逃げ道は、王都にはありませんよ、旦那さま。」



傷つきながらもローズは辺境伯夫人として決意を固め

事情を知るヘンリーの側近たちも、

それぞれの思いを胸にローズを支えることにします

「ケンカしたら互いに向き合えばいい。」

本当は、ただそれだけなんですよね

大事なのは相手のことをちゃんと知ること

……ヘンリーのヘッポコさえ改善されれば丸く収まるはずなんですが……

脱・ヘッポコなるか⁈

そろそろかっこいいところが見たい作者です



次回予告:「自由にさせていただいております」

お互いを思っているのに悲しいほど平行線

場所が離れてもすれ違ったままのこの二人……

次回は、王都と辺境伯領。

それぞれの場所で「すれ違い婚」は続きます



リアクションやブックマークに励まされています

期待値込みで……

「また読むよ~」「ここまで悪くないじゃん」と思っていただけたら

ポチっと押していただけると嬉しいです。

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