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王命の婚姻に愛など望まないはずでした〜すれ違い婚の果てに〜  作者: Alicia Nish


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6. 自由にさせていただいてます

自分の気持ちをごまかしながら王都へ向かうヘンリー。

辺境伯夫人として才能を開花させるローズ。

すれ違ったまま動き出した二人の想いは、

果たしてどこへ向かうのでしょうか……。







 「……後悔なんて、いまさらだな。」


 覆水盆に返らず。

 

 (こぼれたミルクを嘆いても仕方ない、か……。)


 馬車の揺れに身を任せながら、何度も脳裏に浮かぶのは、最後に見たローズのうつむいた姿だった。それが胸の奥を焼きつける。王都への道は長い。その間ずっと、ヘンリーは自分の言動に対しての猛省と、それを打ち消そうとする言い訳を繰り返していた。けれど、本当は知っているのだ。自分の言動が、彼女をひどく傷つけたということを……。


 (……じゃぁ、どうすればよかったというんだ?)


 「ルトは、わたしがローズの味方をすべきだと言っていたが……本当にそうなのか?」


 乳兄弟として育ったルトの言葉が、ずっと引っ掛かっていた。ローズは家同士の争いに巻き込まれ、王命で父親の政敵に嫁がされた。


 (何度考えても、政権バランスを見誤ってしまった自分の責を、ローズに背負わせてしまったとしか思えない。慣れない辺境の地で、不自由な生活をさせて……彼女が幸せになれるはずがない。)


 そこまで考えて、ふと、ローズが考え出した使用人たちの労働環境改善案を思い出した。


 (あれは、彼女の優しさが溢れた、素晴らしいものだった。)


 「……どうしてローズはあれを作ったんだ?」


 ブラントがあの案を提出した時、「ローズに会うべきだ」と進言された。だから時間を作ったのだ。だが、結果は散々なものだった。


 (あれがブラントの狙いだとは思えない。)


 家督を継いだばかりの頃のブラントの厳しさを思い出す。

 

 (相変わらずだ。いつだってヒントは与えても、答えを教えてくれることはなかったからな……。昔からそうだった。)


 あの頃から、ブラントの意味深な行動には、必ず意図があった。

 そしてそれは、自分にとっていつも重要なことだと相場は決まっていた。


 「……考えろということか。」


 窓越しに空を仰いで、深いため息をついた。難解としか思えない家令の無言の問いかけに、まだ見ぬ答えを探さねばならない。


 (……わかってるよ。どれだけ言葉を並べても、わたしの今のこの行動が"逃げだ"ということくらい。)


 (でも、距離をとることは悪手ではないはずだ。わたしには冷静になる必要がある……。)


 (彼女を傷つけるのは、もうごめんだ……。)


ヘンリーは、ぎゅっと拳を握りしめた。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 辺境伯さまが王都へ旅立たれて、数日が経ちました。わたくしは、ラナが身支度のために訪れる少し前に目が覚めて、静かに"本日、遂行すること"のリストを仕上げております。


 (あの日、辺境伯さまに「好きにすればいい。」と告げられ、戸惑いはしましたが、わたくしは、わたくしの方法でこの地を守りたい。)


 これがわたくしの「自由」。誰にも奪われない、「わたくし自身で選んだ自由」なのです。

 

 (本当にこれで良いのかと誰かに聞かれたら、自信をもって答えられないのが今のわたくしの現実です。けれど、迷い立ち止まってしまうより、迷いながらでも歩き続けたい……考えることをやめなければ、きっと、どこかへはたどり着ける……そう、信じたいのです。)


 早朝の静けさの中で、自分の思考をまとめる時間を持つこと。それは、思考を止めてしまうよりもずっといいということを学びました。自ら動くことが、わたくし自身を救ってくれている……そんな気さえするのです。わたくしは、一度ゆっくりと目を閉じて、深呼吸をしました。


***


 ほどなくして、ラナが部屋に訪れました。


 「奥さま、本日はどうされますか?」


 いつものように身支度を整えながら、ラナが問いかけてくれました。あの朝から、ラナは特にわたくしのことを気にかけてくれています。わたくしが一日をどう過ごしたいか、ゆっくりと考える時間をくれていることに気づいてからは、彼女が部屋を訪れる前にリストを作るようにしたのです。


 「きのうお願いしていた通り、領民のみなさまにお会いしたいですわ。」

 「かしこまりました。では、奥さまが朝食を召し上がっていらっしゃる間に、侍女長に許可を得ておきますね。その後、護衛のルトと同行させていただきます。」

 「ブラントは?」

 「昨日の昼の段階で、奥さまの希望が叶えられるよう、領地内の主要個所に意見箱の設置を終え、ヒアリングの手続きも済ませたとのことでした。」

 「さすが、ブラントですね。」


 その一言に、ラナも目元をやわらげ、誇らしげに微笑みました。


***


 領地でのヒアリングはとても有意義なものでした。


 「物価が不安定で今後が心配です。」

「病気になっても治療が受けられないから不安で……。」


 投函された意見は、あまり多くはありませんでしたが、実際にみなさまの顔を見てお話を伺うことができたことを、わたくしは何よりもうれしく思いました。


 (少しずつでいい、辺境伯夫人としてお役目を果たしたい……辺境伯さまはいなくとも、わたくしが留守を守って見せます。)


 わずかに感じる胸の奥の痛みはそのままでいいのです。


 (この辺境の地で、わたくしは必要とされる人間になれるでしょうか……。辺境伯さまは……。)


 いつかこの答えを知りたいのです。だからこそ、この痛みと共に、人々を守るため、この場所を守るため……わたくしにできることは何か、探し続けていきたいと願うのです。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<


 領民のみなさまの貴重な意見を伺ってからのわたくしは、とても忙しい毎日を送っております。ブラントをはじめとする辺境伯邸のみなさまも、惜しみなく協力してくださり、まずは邸内でハーブと野菜を自家栽培することをはじめてみました。


 「食べることは、生きることですものね。おいしいものは、人を笑顔にしてくれます。」


 わたくしが泥まみれになることに、ルトもブラントもかなり渋い顔をしましたが、侍女長のアンナとラナが揃うと、二人に対して最強なのか、自家栽培に直接かかわることが許されました。


 「お腹いっぱい食べることができれば、彼らにも幸せを感じていただけるかしら?」


 何気につぶやいた一言に、アンナは困ったように微笑み、ラナは大笑いをしていました。


***


 自家栽培が少しずつ形になると、今度は厨房へ向かい、常備野菜で簡単にできる節約メニューを使用人のみなさんと一緒に考えました。


 「奥さま、これとてもおいしいです。」

 「子どもたちが、大喜びで野菜を食べてくれるんですよ。すごいです!」


 (わたくしのアイデアが、人をこんな風に笑顔にできるのですね。とても……嬉しい。)


 これこそが、わたくしが見たかった景色だったのだと、全身で感じることができました。


 「幸せは、みんなで分かち合いましょう。」


***


 レシピが完成し、使用人のみなさまに笑顔をいただいたので、早速ブラントに孤児院と貧困層への食事支援……"炊き出し"を提案してみました。


 「旦那さまの改革案では、持久力が足りておりませんでしたが、奥さまが自家栽培なさったことで、領地で栽培できる野菜やハーブの種類が具体的に把握でき、生産に直結させることができました。それらを利用しての炊き出しであれば、辺境伯家の負担が少なく、領地、領民への負担も軽減されます。」

 

 どうやらブラントから合格点をいただけたようです。わたくしが自ら炊き出しをすることも考えましたが、それはアンナに止められてしまいました。


 「奥さま一人で何もかもをなさっては、負担になります。ご自愛くださいませんと……。」


 最初の頃は緊張していたように見えたアンナも、最近はわたくしにたくさんの気づきを与えてくれます。


 「領民にボランティアを募りましょう。働いている者とその家族には、優先的に食事が与えられれば励みにもなります。」


 (与えるだけではいけないということですね。それでは、停滞してしまう……。)


 (社会的役割を与え、それに準じた報酬を受ける。そうすることが、人々の生きる力になる……アンナはやはり、素晴らしい人ですわ。)


 アンナのこの考えは、これからの改革においても大切なことだと、心に刻んでおくことにいたしました。


***


 「ねぇ、ラナ。わたくしが使わなくなったドレスは、どうしているのかしら?」


 貴族は経済を回すという名目で、不要とも思える買い物をたくさんいたします。ドレスやアクセサリーというのは最たるもので、公の場で着用したドレスは、二度と着ることが許されないという、暗黙の了解すらございます。そのために、"着古した"と言われる衣装が次々に増えているにもかかわらず、恥ずかしいながら、それらがどういった末路をたどっているのかということを、これまで一度も、考えたことがありませんでした。


 「多くの場合、ドレスは中古として再利用していただけるように寄付しております。」


 ラナの答えはわたくしのアイデアを後押ししてくれました。


 「古いドレスを解体して、子供服やアクセサリーに作り替えるのはいけないことかしら?」

 「中古として寄付することと、なにか違う目的があるのですか?」


 ラナの素直な疑問は、もっともなものです。 


 「貴族間での寄付も続ける必要があると思います。でも、ドレスの解体と再利用を、領内の人々の雇用の場にするのです。お針子ならば、多くの女性が働くチャンスになりますし、教会のバザーの売り上げであれば、炊き出しの資金として還元していただくこともできます。」

 「奥さま、それは素敵な考えです!さっそくブラントに相談してみましょう。」


***


 ブラントはこの新しい試みに少し驚きながらも、この計画が実行できるよう、領内の要人を紹介してくださいました。当初はドレスだけの予定でしたが、計画が進むうちに、領内の余剰物資を寄付で集め、再利用する案が浮かびました。大手の商会長さまが場所と人手を提供してくださり、中古品として安価で転売できるものと、リメイク活動にあてられるものに分けられることになりました。


***


 「奥さま、子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられる日々が続くなんて、夢のようです。」

 「ローズさま、きれいなお洋服が着れるようになったの。ありがとう。」

 「わたしたち平民にも仕事が増えて、小さな店を持つチャンスもあります。何もかも、奥さまのおかげです。」


 行く先々で、領民のみなさまのあたたかい言葉に、わたくしのほうがたくさんの幸せを分けていただきました。


 (この地を守るならば、もう一つ重要なことがありますわ。)


 このみなさまの笑顔をずっと守り続けるために、わたくしがすべきこと……それは、予防医学の基礎を領地全域に浸透させることでした。


 「お医者さまに、バランスの良い食事をとり、身体を動かすことが健康の基本であると伺いました。そして同じくらい、こまめに手を洗い、清潔にすることが大切だとも教わりました。」


 病気になったときの治療は、とても高額です。そして、領民の誰もがそのことに不安を抱いていました。


 「病気にならず、健やかでいることが、何よりの財産ですから……どうか、元気でいてください。」


 わたくしの祈りにも似た願いを込めて、お会いした方々には、必ずそうお声がけするようにいたしました。


>>>>>>>>>>>>>>><<<<<<<<<<<<<<<

 

 「奥さまの提案した、"手を洗い清潔にする"って、シンプルだけど重要だってことが、騎士団でも証明されているんだぜ。」


 深夜の談話室で、ルトが誇らしげにラナに自慢する。


 「それだけじゃないわ。奥さまが直接呼びかけることで、領民への意識改革は何倍も速く、確実に浸透している。ヘンリーにはもったいない奥さまよ。」

 「お前、酔ってるのか?」

 「酔ってなんかないわ、ぶどうジュースよ。……健全でしょ?」


 このところ、ヘンリーの側近たち四人が仕事を終えるのは、深夜過ぎになることが多い。疲労感は感じても、一日の終わりに屋敷や領地の様子を報告しあうのが、ここ最近の暗黙の了解になっていた。一足先に仕事に一段落をつけたルトとラナが、幼馴染の気安さで"奥さま自慢"をしている。


 「お二人とも、奥さまがとても大切なのですね。」

 「侍女長だって、そう思うでしょ?」

 「ここではアンナでいいですよ。」


 屋敷を駆け回る幼い二人を知っているアンナも、この談話室では侍女長とういう肩書を外したいのかもしれない。二人を微笑ましく見つめながら、会話に加わる。


 「奥さまの提案したリメイク活動は、今や貴族の流行の最先端で、王都では事業として大きく社会貢献されているそうですよ。本当に素晴らしい。」

 

 そして、最後にあらわれたブラントが、すべての会話を把握していたように付け加えた。  


 「そんな奥さまの評判は、自然と耳に届くでしょうな……。だから逃げ道はないと言ったのですよ……観念なさいませ、旦那さま。」



自分の気持ちをごまかしながら王都へ向かったヘンリー。

領民たちとの絆を深め、辺境の地に居場所を確立し始めたローズ。

……対ローズ限定でヘッポコなヘンリーですが、そろそろ成長しないと、

本当において行かれてしまいそうです。


次回「噂の真偽を確かめに、いざ!」

国王陛下への婚姻報告。

王宮に行き来するヘンリーは、とうとう義父・レナルド侯爵と遭遇。

さらに国王陛下から直々に再度拝謁を命じられたヘンリーは…。

いよいよヘッポコ返上なるかっ⁉

次回が気になる方は是非、ブックマークして応援してください!


リアクションに励まされています。

「また読むよ~」「ここまで悪くない!」と思っていただけたら

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