後日談: 二度目の結婚式……家族になろう(中編)
結婚式を前に立ちはだかる――ローズの父との確執
けれど今、ローズの隣には大きな愛で支えてくれる夫ヘンリーがいる
そんな中、側近たちが一致団結し、式直前にまさかの「寝室出禁命令」が下る……?!
ドタバタな幸せの中で
ついに結婚式へのカウントダウンが始まる。
*今回も、甘々シーンを含んでいます。ご了承ください。
結婚式の準備は着々と進んでいたが、一番の懸念はローズの父、レナルド元侯爵の結婚式参列許可を得ることだった。
ローズへ
最愛の妹。わたしを許してくれてありがとう。
父との確執に疲れ、わたしは領地経営を理由に王都から逃げていた。父に向き合うこともせず、君には父からのプレッシャーを一人で背負わせた。――本当に、すまなかった。
あの日、君のおかげで救われた領地は、約束通り平和に豊かに生活できているよ。
父は最近、自給自足するんだと言って、小さな畑を耕し始めた。これでは蟄居というよりただの隠居生活だ。王都で疑心暗鬼の生活をずっと続けてきた人だ。田舎の生活は、心を穏やかにしてくれたんだろう。あの厳しかった顔が、思い出せないほど柔らかくなったんだ。
領地のことは任せてくれ。お前の幸せを願っているよ。
結婚式への招待、謹んで受けさせてもらう。
君に会える日を楽しみにしている。
「お兄さま、お元気そうでよかった。」
兄からの手紙を読み終えて、ローズがほっと溜息をつく。
昔から優しく聡明な人だった。
厳しい父の叱咤に涙する自分に、ハンカチとローズの好きなデザートをこっそり持ってきてくれた。
「二人で食べたパンナコッタ、おいしかったな。」
幼いころに懐かしさを馳せ、笑みがこぼれた。
そんな兄との思い出のスイーツは、披露宴の前夜祭でふるまうデザートの一つだ。
辺境伯領に嫁ぐことが決まったときも、領地からお祝いの手紙をもらった。
王宮での仕事が忙しい父の代理で、領地経営を任されていた兄とは、社交シーズンに少し会う程度になっていた。どんどん無口になっていく兄と、距離を置いていたのは自分だったのかもしれないと思う。
断罪を決行した日の兄の言葉が、鮮明に思い出される。
「すべてをお前に背負わせてすまなかった――領地を守ってくれてありがとう。」
肩を震わせ抱きしめてくれた兄の横で、あたたかい眼差しを向けてくれた母。
結婚式の直前だからだろうか……。
嫁ぐ日の数日前に、母と交わした会話の意味がふと理解できたように感じた。
「ローズ、あなたは聡い子です。でも、自分の気持ちには少し鈍感なところがあるわ。」
王家に嫁げなかったことを父になじられ、傷ついていたことにさえ気づいてなかった。
あの夜の母の言葉は、今から思えば自分が「鈍感」であったことを証明している。
「これから先のあなたの道は、あなた自身が選ぶのよ。」
ありのままの自分でいい。
わたしが何をするのかを決めていいと、最初に背中を押してくれたのは母だった。
「お父さまを、止められなくてごめんなさい。」
あの時の涙は、ローズのための涙だったのだと、ようやく気付く。
弱いだけだと思っていた母の強さを垣間見た。
幸せを願う母の姿に、深い愛を感じたのは確かだ。
「辺境伯領地で、あなたはあなたの望む領主夫人となるのよ。自分で考え、動きなさい。あなたの気持ちに嘘をつくことは、この母が許しません。」
その言葉が、嫁いだばかりの孤独な日々を支えてくれた。
味方がいなかった、あの時の唯一の支えだった。
「お母さま……」
今ならば、母に相談できる気がした。
父のことも、結婚式への参加許可をどうすればいいかということも……。
思い立ってすぐ、筆を執った。
感謝の気持ちと、自分の今の心境……そして、素直な心を打ち明けて、父のことを相談した。
***
母からの手紙は、早々に届いた。
「お義母上は、なんて?」
ベッドのヘッドボードを背に、ヘンリーがローズを後ろから抱きしめて髪をいじっている。
「王妃さまを介して、国王陛下の許可をいただいたって……」
母にこれほどの行動力と、コネクションがあったことは知らなかった。
よく考えれば、王宮の内務省トップの妻だった人だ。
社交界で名を馳せた方だったと言われても、違和感がないくらいの社交力は……確実にあった。
「王妃さまと親しいなんて、聞いたこともなかったから驚いたわ。」
「そっか……君は知らないんだね。」
「えっ?」
「お義母上は、胡蝶蘭の君と呼ばれる社交界の三聖華のお一方だよ。」
「三聖華?」
「王妃さまが白薔薇の君、宰相閣下の奥方が白百合の君、お義母上が胡蝶蘭さ。」
「ヘンリーさまは、王都のことはあまりご存じないと聞いていましたのに……詳しいのですね。」
ローズの言葉にヘンリーが照れたように笑ってこめかみにキスを落とす。
「王妃陛下が夜会でお話されたことがあるんだ。白薔薇の称号は、いずれ胡蝶蘭の娘に譲り受けられるだろうって。――その時、調べた。」
「……?」
「君のことだよ。」
「えっ?」
「王妃陛下が胡蝶蘭の娘である君に、いずれ白薔薇の称号を譲ると宣言されたことがあるんだ。」
初耳だった。
どうやら、王宮社交界で力を持っている上位貴族の夫人を花にたとえて呼び、三聖華というのはそのご婦人たちの総称らしい。
「お母さまが、王妃さまと親しいのは……」
「社交界でのつながりだろうね。」
ヘンリーがローズの肩越しに笑う。
父に何も言わない母を、無意識に"弱い人"と決めつけていたのかもしれない。
本当の姿……胡蝶蘭の君と呼ばれ、誰よりもしなやかに社交界を生きていた。
――それがもう一つの母の姿だったことを初めて知った。
「一応、この辺境伯領は外交派筆頭と呼ばれているんだ。」
不意打ちで頬に口づけされる。
「胡蝶蘭の娘だった君は、いずれ外交派筆頭夫人として、白薔薇の君と呼ばれるだろうね。」
誇らしげに未来を語るヘンリーが眩しく見えた。
ローズは思わず頬に唇を寄せる。
「明日は、またラナに叱られるかな?」
ヘンリーが笑って、ローズを抱き上げると、ゆっくりとベッドに身体を沈めた。
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レナルド伯爵家が到着したのは、結婚式の一週間前だった。
ゲストは二~三日前に到着するようにスケジュールが組まれていた。
けれど、ローズの家族だけは、別日程になっている。
花嫁の憂いを晴らす処置……だろう。
質素だが丁寧な作りの馬車が数台、正面玄関に到着した。
「ようこそおいでくださいました。」
ヘンリーと共に出迎える。
兄と母に続いて、父が降りてきた。
覚えのある、父の匂いだ――いままでなら、無意識に身体が硬くなっただろう。
けれど、驚くほど自然と受け止めることができた。
蟄居したからだろうか……それとも王宮の要職を去ったからだろうか……
父は穏やかな顔つきではあるが、少し年を取ったようにも見える。
いつもくっきりと刻まれていた眉間の深いしわよりも、目尻に残るしわの方が深く刻まれているように見える。それだけ、笑うことができているのだろうか……。父を見つめると、一瞬だけ視線が重なる。
――瞬時にかつての声が脳裏に響く。
「なぜ……家族を裏切るのだ。」
「……お父さま、"駒"は家族ではありませんわ。」
ローズが小さく息をのむ。
「お義父上も、来てくださりありがとうございます。」
ヘンリーが笑う。その言葉に、息を忘れるほど緊張していたことに気づく。
小さく深呼吸――ヘンリーの心地よい声が、背中を押してくれたように自然と呼吸を促す。
心を落ち着かせ、愛する夫に寄り添う。
「招待、ありがとう。」
父が静かだが、はっきりした口調でそう告げた。
少しだけ居心地の悪さを感じる。
けれど、険悪なムードも、緊迫感も感じない。
しいて言うなら、新婦の家族が新郎に対面した気まずさだけがあった。
***
「ローズ、大丈夫かい?」
結婚式を五日後に控え、忙しさもピークを迎えていた。
レナルド伯爵家との晩餐も数回終えて、気まずさや緊張はとけてきたことを肌で感じる。
「君を癒すのは、私の役目だ。」
そう言い張って、寝室でヘンリーがローズを抱きしめるのも、日課になっていた。
「お父さまに、居心地の悪さを感じるの……。わたしに"許す"なんて崇高なことが、できるのかしら。」
目を伏せる。
「こっちを向いて。」
あごに手をかけ、肩越しにじっと瞳を見つめる。
「許すか、許さないかを迷っているようには見えないよ。君の心はもう、お義父上を許している。」
「……?」
「どう切り出せばいいか、迷っているんじゃないのかい?」
ローズは静かに目を閉じる。
高圧的な態度。
決めつけられた将来。
一方的に責められた日々。
つらい思い出の数々に、無意識に身体が硬くなる。
けれど、そんな日々よりも、もっと前には――確かに父の優しさは存在していた。
一緒の馬に乗せてもらった。
ゆっくりと流れる風が頬を撫でる感覚でさえ思い出せる。
ピクニックで昼食を分け合った。
大好きなたまごサンドを一番最初に取り分けてくれた大きな手。
あの頃の父は、確かに笑っていたのだ。
目の奥が熱くなり、鼻がツンとした。
同時に暖かいぬくもりを思い出した。
「君が後悔しないようにすればいい。わたしはいつでも、君の味方だよ。」
不意に耳元で、ヘンリーの艶やかな声が響く。
「もう……耳……」
くすぐったく感じたのか、ローズの頬が真っ赤に染まっている。
「真面目に考えているのに。」
ローズは不服そうだ。
「わたしだって大真面目さ。君には幸せに笑ってほしいからね。」
そう囁いて、軽く耳を噛む。
ピクリとローズの身体が反応する。
「可愛いな。」
「うそつき。もう、知りません。」
ヘンリーの腕を逃れて、ローズは布団に逃げ隠れる。
すっぽりと隠れてしまった彼女をふわりと抱きしめ、もう一度つぶやく。
「君は君の幸せを……それが、ご両親の幸せにつながるはずだ。」
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「旦・那・さ・まっ!」
強調されたラナの声が、いつもより厳しく響く。
「結婚式まで、奥さまとの寝室は別にしていただきます。」
決定事項のように、厳しい言葉が告げられる。
「理由をもう一度説明しなくてはならないほど、愚かではありませんよね?」
ラナの言葉が容赦ない。
ルトの協力を得て、数人体制でローズの寝室の守りを固めると言い出した。
理由は……言わずもがな。――ローズの肌に鮮やかに散る、複数の花びら故だ。
「警告は致しております。抑えが効かないなどと――まったくもって情けない。」
「坊ちゃま、動物の世界では理性無き者は淘汰されます。辺境伯領主たるもの、自制心はお持ちですな。」
とうとうブラントが介入してきた。
「俺が笑ってるうちに、加減しときゃよかったのにな。」
すっかり他人事のようにルトが笑う。
「あの……ヘンリーだけを責めないで。」
小さな声で、真っ赤になったローズが弁明する。
「断れないわたしにも、責任はありますから。」
恥ずかしさが頂点に達して、さらにか細い声になる。
「この馬鹿が、仕掛けなければいいことなのです。」
「おまっ、馬鹿って。」
ヘンリーが素早く反応する。
「だって、馬鹿でしょ?あれだけハッキリ忠告したのに、ガン無視ですよ!ガ・ン・無・視!!」
ラナがすっとローズの横に立ち、おもむろに鎖骨の部分をすっと広げる。
「これらの花びらは、内出血ですよ!わかってるんですか?」
内出血と言われると、痛々しく見える。
ローズが可愛くてつい……
照れた姿が愛おしくてつい……
頑張る健気さについ……
「ついって……俺はどれだけ……」
ヘンリーが自分の行動を自覚した。
「すまない。」
「ま、今夜から禁欲生活な。」
ルトがさらっととんでもない発言をする。
「お前、出禁だから。」
助けを求めようとローズを見ると、真横にいたラナと目があった。
悪魔に仕える使用人がいたら、こんな顔をしているのかもしれない。
冷ややかな視線を受けられずに視線を逸らしてルトを見る。
あからさまに視線を逸らされた。
「ブラント……」
「坊ちゃまの、自業自得ですな。」
誰一人、見方がいない状況で、ヘンリーが完全に拗ねたように大きな身体を縮める。
「ウエディングドレスが着れないのは困ります。だから……」
ローズがそっと、ヘンリーに耳打ちした。
ガタっと大きな音を立てて、ヘンリーが椅子から転げ落ちる。
二人の顔は真っ赤だ。
「おいおい、大丈夫か?」
ルトが笑いながらヘンリーを助け起こす。
「大丈夫だ。」
起き上がりながらも、ローズにちらりと視線を向ける。
「結婚式の夜までの辛抱……そういうことだよな。」
ラナに改めて尋ねる。
「約束は守ってくださいませ。」
「大丈夫だ。」
さっきまでの幼さは消え、きりっとした声が響く。
「四日後の式の夜。わたしは二人の寝室へ戻ろう。」
ヘンリーが宣言する。
「それまでは……」
「執務室の隣のお部屋を整えさせてございます。」
ブラントがさっと提案する。
「わかった。明日からはゲストも増える。万全の態勢でおもてなしだ。」
辺境伯らしく場を締める。
「ローズ、約束だよ。」
「――はい。」
二人だけの密約。
周囲の目を気にすることもなく、二人は視線を合わせて互いの心を確認し合う。
けれどそこには、その内容を尋ねるような無粋な人間は、誰一人いない。
いよいよ、結婚式までの本格的なカウントダウンが始まった。
ヘンリーに支えられ、辺境伯邸の人々に守られ
着々と進む結婚式へのカウントダウン
ヘンリーは「密約」を胸に、「寝室出禁」を乗り越えられるのか……?
次回、【番外編:二度目の結婚式……家族になろう(後編)】
父との確執に向き合い、祝福される結婚式
そして、交わされた密約の全貌が、ついに明らかになる……?!
明日更新です。
どうぞお楽しみに!




