後日談: 二度目の結婚式……家族になろう(前編)
幸せに暮らし始めたヘンリーとローズ
けれど、ヘンリーにはどうしても成功させたい計画があった
果たして、その思惑は実を結ぶのか――?!
*ドキドキのイチャラブ要素を含む、二人のほっこりエピソードです。
ご了承ください。
「はぁ……。」
ヘンリーが盛大にため息をつくと、ルトがわざとらしく真面目な口調で激を飛ばした。
「うじうじ考えてないで、奥さまに直接お話になられたらどうですか?」
ヘンリーがいじけた様子で、そっぽ向く。
(こいつ、本当に遠慮がないな。)
「その切り出し方がわからなくて悩んでいるんだろうが。」
ぼやきがつぶやきになって消える。
長いすれ違いの末、ようやく初恋のローズに思いが通じた。
離縁状を置いて行方不明になったローズを探した日々。
自分の不甲斐なさで、彼女を一度失っている。
(あんな思い、二度とごめんだ。)
「反省……したんだろ?」
「あぁ。」
「奥さまも、分かってくれてる。」
「彼女は天使だからな。」
「涼しい顔して、真面目にノロケぶっこむなっ!」
「本当のことだから、仕方ないだろう?」
ヘンリーはいたって真面目だ。
ルトはそんなヘンリーに呆れながらも、情けなく肩を丸める乳兄弟に助言する。
「伝えたい気持ちは、言葉と態度に示さなければ届きませんよ。」
その言葉に、ヘンリーがぎゅっと肩をすくめる。
「戦場と同じです。」
ルトの声が少し低くなり、からかう雰囲気が一瞬で消える。
「わかっているだろう……そんな思い込みは、一つ間違えれば命とりだ。」
ヘンリーが最も信頼する乳兄弟――戦場で、背中を……命を何度も預けている男の言葉。
そのルトの言葉は重い。
「お前が伝えたい気持ちは何だ?」
「……」
「その想いを形にしたいなら、独りよがりじゃダメだろ。」
「……」
「ラナに頼るか?」
「いや。それは……。」
ヘンリーが瞬時に口ごもる。
ローズの専属侍女であり、ヘンリーの幼馴染のラナは、最近さらに迫力と説得力が増している。
もともと厳しい言葉を発することが多かったが、ローズが辺境伯邸に帰ってきてからというもの、ヘンリーに対するあたりはあからさまにきつい。
「当たり前です。奥さまへの仕打ち、忘れたとは言わせませんよ。」
満面の笑みの向こうに吹雪が見えた……気がした。
背中にぞくりと感じたあれは、間違いなく極寒の寒さだ。
「はぁ……。」
もう一度、盛大にため息がこぼれる。
ルトの助言とラナの氷の微笑み……背中を押すには充分な理由だ。
同時に、ヘンリーはここにブラントがいないことが、救いだったかもしれないと少し安堵した。
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「ローズ、正直に答えてほしい。」
柔らかい朝の光が差し込むテラスで、ヘンリーは拳を握りしめて告げた。
突然の問いかけに、ローズが息をのむ。
「わたしは君を愛している。」
言葉が自然と口をつく。
ローズの瞳が大きく見開かれ、頬がうっすらと赤らむ。
「君は、わたしを許してくれるのか?」
いつものように微笑んで言葉を返そうとしたローズは、思いがけないその問いに戸惑う。
(許す……?何を許すというの?)
父がヘンリーと辺境伯領を陥れようと画策していた過去。
夫に秘密を持ち、家令のブラントを巻き込んだ背信行為。
自分の犯した過ちを思い出す。
「許されなければならないのは、わたしのほうです……」
つぶやくような、小さな声で答えた。
許されない行為をしたのは、どう考えても自分だと、ローズはうつむいた。
許されないとわかっていたから、離縁状を用意した。
裏切った罪は消せないと、辺境伯邸を去った。
ヘンリーはそんな自分を許して、探して、迎えに来てくれた。
あの花畑での口づけは、一生忘れられないだろう。
「わたしは、君に忘れられない傷を負わせた。」
ヘンリーの言葉の意味が、ますますわからない。
「忘れられない傷……?」
ヘンリーの顔が、くしゃりと歪む。
(また、何か傷つけるようなことを言ってしまったの?)
眉間にしわを寄せてうつむくヘンリーの姿が痛々しくて、ローズはどうしていいかわからなくなる。
「旦那さま。」
そこへ、ラナの声が静かに響いた。
「発言をお許しください。」
ローズの専属侍女とはいえ、主人とその夫人のプライベートな会話に入るのは、いささか無粋だ。
正確には非礼にあたる。
「あぁ……」
心ここにあらずと言った感じで、ヘンリーが答える。
「お言葉が足りていません。この状況、お二人は互いに違うことを考えておいでだと思います。」
「えっ?」
「えっ?」
ヘンリーとローズが同時に反応する。
目が合った瞬間、ラナの圧のある微笑みに、ヘンリーの肩がギクッと動く。
「何を許すのか、旦那さまが具体的におっしゃらなければ、奥さまは旦那さまのお言葉でご自分の行為を顧みるでしょう。それが、何を意味するのか、お考えください。」
ラナは侍女だが、ヘンリーにとっては幼馴染で姉のような存在だ。
プライベートでは、歯に衣着せぬ発言で、そうとうヘンリーをやり込めているらしい。
侍女長のアンナがそう笑っていた。
迫力ある微笑みのまま、ラナがヘンリーの答えを待つ。
「わたしは、何を許してほしいのかを伝えていない。」
「そうですね。自分が言いづらいからと、大事な部分を省略して質問をしては、奥さまに誤解をさせるだけです。あなたはまた、奥さまを傷つけるところだったのですよ。」
「っ……。」
ローズを傷つけるという言葉に、ヘンリーは過敏なほど反応する。
ラナはそれをわかって発言している。
「ローズ、君はわたしの結婚式の夜の言葉を許してくれるか?」
正解にたどり着いたヘンリーに、ラナが満足そうに頷いた。
その姿を視界の端でとらえながら、ローズはまっすぐにヘンリーを見つめる。
「あの夜の言葉に傷ついたのは事実です。でも……」
ヘンリーがわずかに息をのむ。
ローズはそんな不安に押しつぶされそうに顔をゆがめるヘンリーの手を取る。
「その傷を癒してくださったのも、ヘンリー……あなたなのですよ。」
ヘンリーの手に口づけを落とし、その両手を抱きしめる。
ゆっくりと時間が流れ、二人の心が近づいていく。
ヘンリーがゆっくりと手を離すと、ローズを優しく抱きしめた。
「君に許さなければいけないことがあるなら、それはすべて許されている。」
絞り出すような声だった。
「でも、信じてくれ。君が許されなければいけないようなことなど、最初から何一つないんだ。」
ローズの頬に手を添えて、ヘンリーは優しさと愛おしさにあふれた表情で微笑む。
「君が残した手紙を何度も読んだよ。何度読んでも、君が謝るべき理由は見つからなかった。」
ローズの瞳に涙があふれ出す。
「だから、君は君自身を許してあげてくれ。君をあんなにも追い込んだのは、わたしだ。」
その優しい言葉には、ヘンリーの後悔が滲んでいた。
無意識に寄せられた眉間の皺に、ローズが優しく口づけを落とす。
「わたしは、わたしを許す努力をします――だから、あなたもあなた自身を許してあげてください。」
ローズは息を詰め、涙をかき消すように微笑んだ。
互いの傷を癒すように、そっと抱きしめ合う二人に、穏やかな朝の光がゆっくりと降り注いでいた。
***
「ローズ……もう一つ、君に聞きたいことがある。」
ヘンリーに真剣な眼差しを向けられ、鼓動が跳ねる。
「もう一度、わたしと結婚してくれないか?」
薄紅色に頬を染め、ローズが目を見開く。
「一度目の気持ちの通じ合っていない結婚式など無効だ。」
言葉をなくしているローズにたたみかけるようにヘンリーが言葉を続ける。
「君はもっと幸せになるべき人なんだ。周りに祝福されて、望まれてこの地にやって来た。わたしの唯一の人なんだと、実感させてほしい。」
ヘンリーの真剣な眼差しに、ゆっくりと暖かい喜びが込みあがってくる。
瞳いっぱいになった涙が零れ落ちると同時に、ローズは満面の笑みで答えた。
「……はい、喜んで。」
ヘンリーはローズを抱き寄せ、額を重ねる。
二人を祝福するように、柔らかい風が流れた。
ゆっくりと唇を重ね、互いの気持ちを確かめ合う。
さわやかな木々の薫りが二人を包んでいた。
***
どうやらこの二度目結婚式は、辺境伯邸ではすでに裏で計画され、準備されていたようだった。
「奥さま、準備の方はお任せください。」
侍女長のアンナが、優しく微笑む。
「辺境伯領のみんなが、望んでいることでございます。」
ブラントが満足そうに微笑んでいる。
どうやら、ヘンリーの作戦勝ちだ。
「なっ?奥さまは外堀を埋められれば断れないって言ったろ?」
ローズがヘンリーに完敗を告げると、ルトが自慢げに横やりを入れた。
どうやら、この作戦はルトのものだったようだ。
「せっかく、ローズがほめてくれたんだ。黙っていてくれてもいいだろう。」
末っ子ヘンリーの反応は正直だ。
ルトは嬉しそうにからかい続けている。
「ローズをわかっているような口ぶりが、なんだか気に食わん。」
勝ち誇った様子のルトの前で、拗ねて唇を尖らせるヘンリーが可愛らしくてローズは思わず笑ってしまう。
「みなさん、ありがとうございます。」
この暖かい人たちに囲まれて、改めて「夫婦の誓い」を立てられることが、本当に幸せだと思った。
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辺境伯邸の使用人の結束は固い。
ローズが夫人として改革をしようと試みたときも感じたことだが、彼らは本当に有能で仕事が速いのだ。
有効な意見を交わし合うことはもとより、役割分担、時間配分、報・連・相も心得ている。
ウエディングドレスを贈りたいと言ったヘンリーに、有無を言わせずラナがアシスタントについた。
それは想定内だったとしても、同じように衣装の総責任者としてアンナが名乗りを上げたことには、ローズも思わず笑ってしまった。
ルトは「警備の配置が重要だから」という理由で、会場の総責任者となり、なぜかテーブルの配置から会場の飾りつけまでをすべて取り仕切ってくれている。
一方で、ブラントは凄腕のウエディングプランナーとでも言おうか……スケジュール管理から、招待客の厳選、席次に式から披露宴の進行に至るまで、綿密に計画しローズは確認と許可をすればいいだけという状態になっていた。
***
ふぅ。
鏡の前で、短いため息が出る。
「どうした?疲れているのかい?」
ヘンリーがそんな仕草を見逃すはずがない。
鏡台の前で髪を梳くローズのもとへ歩み寄るとそっと、後ろから抱きしめた。
「マリッジブルーなんて、言わないでくれよ。」
少しおどけた口調で、ローズを見つめる。
「そんなこと、あるわけがないわ。」
「じゃぁ、ため息の理由は何だい?」
ヘンリーがローズの髪をひと房持ち上げると、軽く口づけを落とす。
「愛おしい君の憂いを、晴らさせてくれないかい?」
覗き込む視線に、逃げられない圧を感じる。
結婚式の提案を受けてから、ローズはあることを悩んでいた。
それを口にするのが憚られて、思わずため息になってしまったのだ。
「レナルド伯爵家の……わたしの家族のことです。」
小さくうつむくローズに、ヘンリーが微笑みかける。
「招待はしているよ。」
「えっ?」
「君の大切な家族だ。当たり前だろう?」
ヘンリーの微笑みが涙で滲む。
「泣かないでくれ。」
優しく涙をぬぐうヘンリーの指先に、あふれる涙が止まらなくなる。
「ただ……一つだけ、君に相談しなければと思いながら、わたしも切り出せずにいたことがある。」
ヘンリーを見上げると、涙がもう一筋零れ落ちた。
それを唇でぬぐうと、ヘンリーが言葉を続けた。
「君の、お義父上のことだ。蟄居中ではあるが、陛下に許可をいただこうと思っている。」
ローズは、その言葉に、ずっと心の底に沈めていた父への思いに向き合う時が来たのだと思った。
そして、その時間に、ヘンリーがいてくれることに、心から感謝した。
あれほどのことをした父を、夫は許してくれるという。
「ヘンリー……わたしを……愛してくれてありがとう。」
たくましい胸を、ありったけの気持ちを込めて抱きしめた。
ヘンリーはたまらなくなってローズを抱き上げて移動すると、そっとベッドへ押し倒した。
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「本日も、仲睦まじいご様子。辺境伯領は安泰ですな。」
結婚式が近づき、朝食は気心の知れたメンバーのみになった。
連絡事項の伝達や、打ち合わせも兼ねているからだ。
ルトは、ローズにぴったりとくっつくヘンリーを見て、あきれたようにからかう。
「旦那さま、仲が良いことに不満はございませんが、ご忠告申し上げます。」
暖かいはずのスープをサーブしながら、ラナの言葉に空気が凍る。
「独占欲をむき出しにするのは、お控えください。」
言葉の意味が分からず、ヘンリーとローズがラナを見上げている。
「奥さまの肌に散る花びらの数が多すぎます。ブラント様から寝室への出禁を命ずるようにお願いされたくはないでしょう?」
「たしかに、そのキスマークはやりすぎだな。」
ルトが鎖骨あたりをトントンと叩く。
ようやく意味が分かったローズは真っ赤になり、ヘンリーを軽くたたいている。
「可愛すぎる、奥さんが悪い。」
悪びれもなく笑うヘンリーがラナに叱られてシュンとなった。
結婚式までは、あと二週間となっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
相変わらず、ちょっとした勘違いで、すれ違いになりそうになる二人ですが、
今はもう、周囲も黙ってはいません
ラナは眉間にしわを寄せながらも、内心ニヤリ
ルトは背中で「まぁ、仕方ないか」と微笑み、
ブラントやアンナも、手際よく準備を進めながら心の中で二人をそっと応援しています
そして、そんな優しい人たちに囲まれて
二度目の結婚式の準備は、ゆっくり整っていきます
次回【二度目の結婚式……家族になろう(中編)】では、
ローズの家族との思い出や、彼らに対する想いが明らかになります――
お楽しみに!




