静謐の涙
私は「時の加護者」アカネ。
ケイキ港に姿を現した魔王アルデンは自らの姿を魔法で投影させていたものだった。アルデンの性格は慎重と言うよりも姑息だ。部下を戦わせ、加護者との力の差を計っているのだ。そして、アルデンはさらに外道へと堕ちていく。
—シェクタ国 王宮 玉座の間
魔王アルデンの行為を語るに畜生にも劣るものだった。
奴が今したことは、その口周りの汚れを見れば一目でわかるものだった。
アルデンは、魔人ダリの魂と身体を取り込んだのだ。
しかし、アルデンはダリの能力を加算してもなお、加護者には届かないことはわかっていた。
奴の本当の狙いはダリの記憶。
その記憶を辿り、伝説のナンパヒ島に渡ることであったのだ。
「ふふふ。加護者の力に対抗するには、加護者を取り込めばいいのよ。」
大胆で単純な方法だ。
アルデンは女性の声色で呟いた。それはダリの声だった。
そしてアルデンはダリの記憶を覗いた。
—その記憶のページは魔人ドルヂェにジャクが吸収されたことへの悲しみから始まった。
天空の魔人ジャク、彼はダリにとっては憎めない出来の悪い弟のような存在だった。
そのジャクの依り代を隠したのは、実はダリだった。
依り代にジャクの魂はなかったが、このまま依り代を西の塔に放置しておくのが、不憫だったのだ。
だからダリは「秩序の加護者」リシュル(結月)の近くに依り代を置いておいたのだ。
―—「おのれ、この女狐め! お前が隠したのか!」——
しかし、アルデンが見たいのはこんな事ではない。ナンパヒ島の情報だ。アルデンはもっと深く、深くダリの記憶の中に入り込んだ。
——それは穢れが浄化されたあとのダリの記憶だ。
ダリは「空間の扉」を使いナンパヒ島へ向かった。
扉を開くと美しい海と砂浜、そして洗濯物を取り込む「診療所」の主、ルルがいた。
ダリはローキの忠告を聞かなかったことが、結果的に魔王アルデンを生み出してしまったことを嘆いた。
そしてドルヂェやジャクと二度と会うことができない悲しみに、白砂を締め付ける心のようにぎゅっと握った。
ダリは魔王アルデンの謀略を警告するつもりだった。
しかし、ルルを前にすると思いのたけをぶつけてしまった。
全てを話し終えた後、自分自身にこんなにもたくさんの感情があることに驚き、濡れた目はただ一点を見つめていた。
ルルはそんなダリの悲しみを掬うようにただ黙って抱きしめた。
穏やかな海風が吹き抜ける診療所の居間。ルルはみんなを集めると、ダリの心の奥底からこぼれた言葉を紡ぐように聞かせた。
そして、『これからダリが話すことを聞いてあげてちょうだい』と訴えた。
不思議なことにあれほどの敵意を見せていた「闘神」シエラさえも、静かにダリの話を聞いていた。
それは薄化粧のダリの姿が以前とは別の清らかな姿をしていたことも影響していたのかもしれない。
『魔王アルデンは3人の魔将を創り出し、何百もの魔獣を引連れ、ギプス港から王都カイト、王都フェルナン、またその近辺のウェイト国などの国々を攻め滅ぼすつもりです』
ダリの話はいたってシンプルだった。
早速、セイレーンの助言のもと計画は立てられ、どのように攻略をするかが話し合われた。
そして魔王アルデンと3人の魔将が魔獣を召喚できる力を持つことから、それぞれが独立部隊となる事を予想した。
そこで魔王アルデンが上陸するケイキ港には「時の加護者」アカネとシエラ、王都カイトには女王直属ラワン部隊とバンク、王都ギプスには魔人ローゼを配置することにした。
「法魔の加護者」ツグミについてはアルデンがツグミを通じて魔界を探しだし、魔界の理力を手中にしてしまう恐れがあったので、そのままナンパヒ島で身を隠してもらう事にした。
ツグミの魔法を頼りにできない事で、魔王アルデンや3人の魔将の上陸場所を上手く誘導することが出来ない。好き勝手に思いついた場所に行かれては作戦が失敗してしまう。
しかし、そのことについては、空は「翠のレフィス」、海は「海獣プーフィス」の幻術によってケイキ港へと導くことにした。この幻術はナンパヒ島を守るために使われる至高の幻術であった。
その後、ダリはカレン調査船へアカネと共に訪ねた。
そして、自分の見た魔将レストの姿を第三の眼、「静謐の瞳」に映し出しカレンに見せた。
カレンは魔人へ転生したロッシを見て背中を震わせていた。それはロッシの死の現実と新たなロッシの姿への驚きと戸惑いが一気に押し寄せているかのようだった。
しかし、迷える魂に新たな居場所を与えるのが本来のダリとドルヂェの能力と知ると、カレンは穏やかな笑顔で「ありがとう」とダリに伝えたのだった。
全てを伝え終え、「空間の扉」から西の塔へ帰る時、ダリは自分の首飾り「聖なる耀輪」を魔人ルカの首にかけた。
そしてひとつの言葉を伝えるのだった。
「この先、私を忘れないでね」
「ダリ、戻っちゃだめだ!」
ダリは軽くうつむいた後、明るく微笑んだ。だが、そこには寂しさだけが残っていた。
扉は静かに閉められた。
ダリはその時、自分がジャクと同じ運命を辿る事を予見していた。
しかしダリがアルデンのもとに戻った本当の理由は、記憶の中には記されていなかった。
***
「何からなにまで、ダリの策略だったのか。忌々しい。ナンパヒ・パカイ・ラヒは見つからないなどと嘘つきおって.. 」
「顔だけは美しいから、時を止めた生きる人形として隣に置いておこうと思ったのが間違いだった。 思えば『聖なる耀輪』が浮き出た時にさっさと食べてしまえばよかったのだ」
「 だが、ついに見つけたぞ『法魔の加護者』ツグミ。お前を食べれば私は誰にも負けぬ。あの『時の加護者』すら命乞いをするだろう」
アルデンは嘲笑うつもりだった。しかし大粒の涙が落ちるのみだった。
「 な、なんだ..何を泣いている! ええい女め! 邪魔だ!!」
それはアルデンの額に開いた「静謐の瞳」から流れる涙だった。
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