一触即発軍団
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電気棘は最悪の体験だった。
都市エスドラエロンを防衛していたときに、腕を切断されたり、脇腹を吹き飛ばされたことがあったが、苦痛の度合いはそれを上回っていた。
なにしろ、神経に直接電流を流されたのだ。
およそ、人間が耐えられる痛みの範疇を超えている。
再生液を抜かれた槽のなかで、筋肉は不随意運動を繰り返し、拘束具がそれを押さえ込んだ。
どうにか乗り越えられたのは、ヤズデギルドのいうように、ひょっとしたらリガの回復につながるかもしれないという思いがあったからだろう。
ぼくが消耗しきっていると、通路で見守っていたヤズデギルドがいった。
「先生、わたしは整備面の知識に疎いのだが、この〝棘〟は本来、どのような用途のためにあるのだ?」
先生が、拘束具の解除作業を助手たちに指示しながらいう。
「ご覧になった通りですよ。巨人の神経系に電気を流すのです」
「今回はリガの覚醒のためにしてもらったことだ。つまり、ふだんは、どういう理由から電気を流すのだ?」
先生が頭をかいた。
「巨人の即応性を高めるためです。殿下が学ばれた巨人学の教科書には載っていないでしょうが、巨人というやつは、まれに〝抵抗〟が出るんですよ。操縦士の思念に対する肉体の反応が、妙に遅くなるとでもいいますか。そんなとき、こうやって電流を流すと調子がよくなるんです。
なぜ電流を流すと、抵抗が減るのかはわかりませんがね。理屈がわからんので、帝都の学者は取り合いませんが、現場の整備士なら助手でも知ってることです」
「ふむ」ヤズデギルドは壁際まで歩くと、伝声管に向かっていった。「わたしだ。様子はどうだ?」
しばらくすると、返事が帰ってきた。
「眠ったままです」
そう。リガはぼくの思念が乱れに乱れても、何の反応も見せなかった。
ぼくと彼女の接続は断たれたままだった。
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陰鬱な日々が過ぎた。
リガと五感を共有するようになって忘れていたが、身動きできない巨人である退屈さは、本当にきつい。
ぼくが見聞きできる世界は、格納庫のぼくの視界に入っている部分と、巨人の聴覚で拾える範囲までだ。
電気棘は、さらに二回実施されたが、リガは目覚めず、四回目は、〝先生〟が「これ以上は、巨人が壊れます」と、拒否した。
ぼくの搭乗テストは相変わらず続き、操縦士たちは軒並み嘔吐した。
整備士たちは、ぶつくさいいながら吐瀉物を掃除していたが、帝国の支配圏が近づくにつれ、清掃中でも目に見えて朗らかになった。
逆に、たまに格納庫を訪れる歩兵は、明らかに苛立っていた。
船内の治安維持も任務とする彼らは、宿題を抱えていたからだ。
ヤズデギルドの襲撃犯の確保だ。
ぼくの耳に届く会話から分析すると、襲撃後に軍団員の点呼をとったところ、一人も欠けていなかった。
あの犯人が、出港時から誰にも見つからずに潜んでいたのでない限り、乗組員の誰かが犯人だったろうし、彼はキャタピラに巻き込まれて死んだのだから、欠員が出なくてはいけない。
ところが、軍団員は全員そろっている。
あの男は死んでおらず、どこかから船内に戻って、しれっと点呼に応えたのだ。
歩兵たちは、連日、整備兵や船員を所構わず詰問していたが、手がかりは見つからないまま、時間だけが過ぎていった。
もし、このまま帝都につけば、下手人を取り逃すことになる。
彼らは焦りを募らせていた。
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襲撃の日から十日が過ぎたころ、歩兵たちは作戦を変えた。
体格が大きく、襲撃時刻にアリバイのない人間は、のきなみ営倉に放り込まれた。徹底的に尋問しようというのだ。
歩兵たちが、格納庫内で整備士と話していた操縦士を捕まえたさいは、大きな揉め事になった。
整備士たちが操縦士をかばい、引き渡すまいと抵抗した。
そこにギレアドと数名の操縦士が合流し、ギレアドたちは声高に歩兵の非を指摘した。しかし、歩兵も折れない。
やがて十数名の部下を連れたヘブロンが現れ、一触即発となったところで、ヤズデギルドがかけつけて、乱闘は回避されたのだった。
ヤズデギルドは整備士・操縦士たちと歩兵たちが場を去るのを見届けると、手近にあった手すりにもたれて、大きく息を吐いた。
自分の警護兵が離れたところにいるのを確認してから呟く。
「これでは、軍団が崩壊してしまうぞ」
ぼくは彼女の様子をみて、複雑な気分になった。
憎しみと同情と、なんだかよくわからない色んな気持ちがぐるぐるしている。
なんだこれは? ぼく一人にしては複雑すぎる。
つまりーー。
ぼくは念じた。
〝起きた?〟
少し間を置いて、思念が返ってくる。
〝はい〟
ぼくは泣きそうだった。
いや、巨人に泣く機能はついていないのだけれど。
リガが目を開いた。
彼女の視界情報が入ってくる。
パイプベッドに低い天井、小さな窓。彼女がいるのは、以前に寝泊まりしていたヤズデギルドの執務室に続く個室らしい。
腕を動かすと、かすかな痛みがあった。
点滴だ。天井からぶら下げられた袋の中身の液体が、細い管を伝い、針で彼女の体内に送り込まれている。
毛布で見えないが、股間にも違和感がある。
おそらく排尿管だろう。
ぼくはリガの戸惑いを感じた。
部屋の中には、彼女のほかにもう一人いた。
筋骨隆々とした身体を小さな椅子に押し込め、丸眼鏡をかけて、積み上げた粘土板を読んでいる。
白い髭の大男、老将ヘブロンだ。
彼が粘土板から目線をリガにむけた。
「起きたか、小娘」