脳オーバーヒート
ぼくはリガのもとに駆けつけたかったが、身体は再生槽に浸かり、あい変わらず身じろぎひとつできなかった。
時刻は夜時間の六時過ぎだ。
ぼくの見立てでは、この世界の昼時間は地球時間の、おおよそ午前七時から午後七時、夜時間は午後七時から午前七時なので、地球でなら深夜一時ごろということになる。
格納庫内は少々騒がしかった。
夜時間勤務の整備士たちが、ぼくのそばの通路に固まって、ヤズデギルドが襲撃を受けたことについて話し合っている。
さらに、ヘブロンの部下である歩兵の一団が、空の再生槽や天井通路をうろつきまわり、不審な人間が潜んでいないか確認していた。
ぼくはリガに幾度となく呼びかけたが、返事はなかった。彼女の存在も感じ取れない。明らかに、単なる睡眠とは異なっている。
彼女に何が起きたのか。
巨人脳がぐるぐる回り、仮説を吐き出す。
オーバーヒートだ。
巨人脳の主であるぼくがリガの身体、いや、リガの脳を操るのは、大人が子供用の自転車を乗り回すようなものだ。子供には不可能なスピードを出し、トリックを決められるが、車体には強い負荷がかかる。
負荷に耐えきれなければ、チェーンが切れたり、タイヤがパンクしたりということもあるだろう。
もし、ぼくの乱暴な運転によってフレームが修復不能なほどに破壊されたとしたらーー。
最悪の想像が次々に頭に浮かんでは消えた。
やがて、夜時間が終わり、昼時間が始まった。
おおぜいの整備士が格納庫にあがってきたが、みな噂話に夢中で仕事が手につかない。〝先生〟が助手たちを叱り飛ばしたが、その先生自身も機器の操作を誤って、ぼくの再生液を溢れさせるところだった。
地球時間での午前十時ごろ、操縦士筆頭のギレアドが慌てた様子で格納庫を横切って行った。
正午ごろ、ギレアド、老将ヘブロン、ヤズデギルド、〝先生〟の四人がぼくの機体の前に来た。
ヤズデギルドがいう。
「どうだ、先生?」
先生が頭をかいた。
「たしかに、あの蛮族の娘はこの機体の声が聞こえるといっていましたがね。仮に本当だとしても、機体に乗っているときの話でしょう。この機体をどうかしたからといって、昏睡状態から覚めるとはーー」
昏睡状態!?
ギレアドが頷く。
「殿下のお気持ちはよくわかります。俺にとっても、彼女はたいせつな部下ですから。しかし、蛮族の機体を変にいじって、壊してしまっては元も子もないでしょう」
「しかし」と、ヤズデギルド。
「殿下は、あの娘に目をかけすぎておりますぞ」老将ヘブロンがため息をついた。「いったいどうなされた。教えを忘れられたのか? 将たるもの、部下に心を許しすぎてはなりませぬ。ましてや蛮族など」
ヤズデギルドがうつむいた。
ヘブロンがいった。
「よもや、あの娘を姉上に重ねているのではありますまいな?」
ギレアドが「姉? 殿下は皇帝陛下の長子では?」という。
ヘブロンが口元を手で押さえた。
ヤズデギルドがため息をつく。
「ギレアド、お前は知らないだろうが、わたしには同い年の姉がいるのだ。わたし自身も長らく知らなかったがな。姉は巨人を操る才能がなく、母親は貴族ですらなかったがために、わたしに才能が確認されるや、一人、皇室から放り出された。
だが、わたしがリガに目をかけるのは、姉への罪滅ぼしなどではない。彼女は我々が知らない知恵を持っている。このまま失えば、軍団にとって大きな損失だ」
ヘブロンとギレアドが、なんともいえない目でヤズデギルドを見る。
ヘブロンがいった。
「そういえば、殿下はたいそうな男嫌いでしたな」
「別に嫌いというわけではない」
「しかし、以前、許嫁をのしてしまったことがあったではございませぬか」
「あれは、やつが破廉恥な真似をしてきたからだ」
「まさかとは思いますが、殿下は、その、男よりも女の方が、ということは」
「そんなわけがあるか!」
ギレアドが頷く。
「殿下、我々操縦士はそのようなことは気に致しません。操縦士は〝進んでいる〟のです。部隊内には女同士の恋人もおります」
「だから、違うといっているだろうが!」
ヤズデギルドが宙を切るように手を振って〝先生〟を見た。
「どうだ? 機体に損傷を与えずになんとかできないか?」
先生が頭をかいた。
「できるだけやってみましょう」
助手に向かって声を上げる。
「痛覚刺激だ!電気棘と拘束具を用意しろ!」
電気なんだって?
まもなく、助手二人が、拷問具としか思えない、大きく不気味な針のようなものを運んできた。




