少女消失
リガとヤズデギルドが窓に駆け寄る。
割れたガラスに気をつけながら外を覗くと、巨大なキャタピラが氷柱を踏みしだきながら爆進しているのが見えた。
現在の速度は時速五十キロほどか。
男の姿は、キャタピラから巻き上がる霧氷にかき消され、まったく見えない。
氷柱に突き刺さったか、あるいはキャタピラにすり潰されたか。
ヤズデギルドがいった。
「敵ながらたいした奴だ。指示した人間を吐くより、自らの死を選ぶか」
冷たい外気にさらされ、リガがぶるりと震えた。
ヤズデギルドが彼女の手を引き、部屋の奥のダイニングチェアに座らせた。
ここで、ようやく執務室と廊下をつなぐ扉が開き、護衛兵二人が駆け込んできた。
背の低い方が「殿下!? いまの物音は!?」という。
ヤズデギルドが窓を指す。
「安心しろ、不遜な輩は死んだ。しかし、お前たち、入ってくるのが遅くないか? あやうく、リガが殺されるところだったぞ」
二人が背筋を伸ばした。
背の低い方がいう。
「申し訳ございません!ご就寝中は、執務室の前ではなく、廊下の角二箇所に控えておりましたがためです。罰はいかようなりとも!」
「わたしを気遣ってのことか。ならよい。しかし、そうなると、あの男は廊下を通らなかったのか?」
ヤズデギルドが壊れた窓を見た。
「外から入ってきた、か」
風が氷のかけらと共に吹き込み、リガの金色の髪を巻き上げた。
護衛兵の一人が、カーテンを引いて、わずかなりとも寒気の侵入を防ぐ。もう一人は応援を呼ぼうと伝声管に張り付いている。
ヤズデギルドが室内を歩きはじめた。
絨毯を見つめながらゆっくりと歩を進め、床が大きく凹んでいる箇所で止まった。
「これは、なんだ?」
彼女がリガを見る。
「そういえば、あの男の足運びにはふらつきがあったな。ひょっとして、お前がやつをここに叩きつけたのか?」
リガが首を横に振る。
「とんでもございません。わたしが逃げ回っていたら、彼が自分で転んだのです」
「床板を割るほどの勢いでか?」
「はい」
ヤズデギルドが歩き出し、また一箇所で止まった。
絨毯がねじれている。リガと男がもみあった場所だ。裂けているところはナイフが刺さった箇所か。
「よほど俊敏に逃げたのだな。なかなかの運動能力だ」
「それをいうなら殿下もです」と、リガ。「あれほどお強いとは思ってもみませんでした」
ヤズデギルドが笑った。
「わたしは軍団一の巨人使いだぞ。巨人の操作とは、巨人の身体を我がものとして操ることだ。つまり、己自身の身体操作が長けているほど、巨人をうまく扱える。
わたしの養育係だったヘブロンは巨人を操る才こそないが、そこをよく承知していたのだ」
廊下から騒ぎ声が聞こえた。
老将ヘブロンが十数人の部下を引き連れて、執務室に飛び込んでくる。
ヤズデギルドの姿を見るや、「殿下!」と駆け寄り、その身体をぺたぺた触った。「傷は? 敵はどのような武器を使ったのですか? 毒は?」と騒ぐ。
ヤズデギルドがほっそりした手で、ヘブロンの大きな手を掴んだ。
「落ち着け。わたしは傷一つない。リガのおかげだ」
「蛮族の娘が?」山のように大きなヘブロンが、リガを見下ろす。
ヤズデギルドが頷いた。
「敵は強者だった。彼女が負傷させてなければ、危うかっただろう」
「蛮族めが?」ヘブロンが繰り返す。
リガは彼の視線から逃れようと立ち上がり、糸が切れた操り人形のように床に倒れた。
ヤズデギルドが「リガ!」と叫ぶ。
リガはパニック状態だった。
いきなり身体が動かなくなったのだ。
それどころか視覚まで効かなくなった。
世界が暗転し、一筋の光も見えない。
続けて音が消え、絨毯に触れている感覚も消えた。
彼女が〝ヴァミシュラーさん!〟と思念で叫ぶ。
〝大丈夫!大丈夫だ!〟といいつつ、ぼくも動揺していた。
いったい何が起きているのか。
なぜ彼女の五感が消失していくのか。
数秒後、最後まで残っていたリガの「思考」が消えた。
ぼくと彼女のつながりは完全に絶たれ、ぼくは孤独のなかに取り残された。
【読者のみなさまへのお願い】
「面白い」と思った方は、
広告の下にある☆☆☆☆☆からの評価や、ブクマへの登録を、ぜひお願いいたします。
正直、この作品はSFアクションというマイナージャンルなうえに、非テンプレ展開ですため、書籍化はまず難しいかと思います。
毎日ちょっとだけ増える評価やブクマが執筆の励みですため、何卒よろしくお願いいたします。