女房言葉と消費カロリーの関係
ヤズデギルドがいう。
「ギレアド、お前はさきほどの山の民との戦いに出なかったではないか。ほかのものはみな疲れているのだ」
「いやあ、万が一にも防衛線が抜かれるとまずいと思いましてねえ。あえて船に残っていたんですよ俺は。最後の備えというやつです」
老将がにらむ。
「お主、また誰かと乳繰り合っていたのではあるまいな?」
「まさか!めっそうもない!」
能天気な会話だ。
この場で緊張しているのは、命の瀬戸際にいるリガだけだ。
その顔は、心なしか青ざめているように見えた。
彼女が思念でいう。
〝ヴァミシュラーさん。もう動けるようになったんですか?〟
〝ああ、熱を補給してもらったから大丈夫だと思う〟
〝わかりました〟
彼女がほんのわずか、身をかがめる。
ヤズデギルドたちの隙をつき、ぼくに飛び乗る気だ。
以心伝心、ぼくは彼女の中で決意が燃え上がるのを感じていた。
格納庫のなかは勝利の直後ということもあり、浮かれた雰囲気が漂っている。
格納庫のサイズは、体育館二つ分ほどか。巨人用の再生槽が二列に並び、半分ほどに巨人が入っていた。整備士や助手が、傷ついた巨人の装甲を外したり、天井からぶら下がるパイプで熱の補給を行なっている。
ぼくの聴覚は、二つ隣の再生槽の前で話し込む、整備士とパイロットの会話を捉えていた。
金色の髪を逆立てた、十代後半ほどのパイロットが、アメフト選手のようなプロテクターを脱ぎながらいう。
「さっきの、見ててくれたか? 敵の黒い巨人の首を、この俺の一撃がすっとばしたんだぜ?」
整備士ーー赤銅色の髪の毛を複雑に編み込んだ美しい女性ーーが、ニコリともせずにいう。
「帝国騎士が蛮族相手に勝つのは当然。それより、なんだこれは。なぜヘクトマイアの足がこうも汚れている。この指のかけらはどこからきた」
「そりゃあ、蛮族どもを踏み潰したからだけど」
整備士がため息をつく。
「前にもいったろう。汚物を再生槽に持ち込むなと。できるかぎり、外で落としてから来い」
「わるいわるい。次から気をつけるよ」
「なら、いい」
パイロットが頭をかいた。
「ところでさあ、前からいおうと思ってたけど、その口調って、団長の真似なのかい? 正直、きみにはあんまりに似合ってないぜ? 女性なんだから、もう少し可愛らしくしたほうが、いいと思うんだけど。名家のお嬢さんなんだろ??? 親が見たら悲しむぜ」
整備士がレンチを手に取る。
「貴様、わたしが敬愛するお方を馬鹿にしているのか? 団長に可愛げがないといいたいのか? 正規軍の女性士官、下士官に女言葉を使うものなどいない! 常識だぞ? 女言葉は男言葉より発音数が多い。ほんの僅かな熱の消費が生死に直結する戦場で、無駄に熱を使う余裕なんてない!」
「ま、まったまった!言葉のあやだ!俺は辺境軍から移籍したばかりだから、中央軍の作法は知らなかったんだよ!」
〝蛮族の指〟のくだりさえなければ、微笑ましいやりとりだったかもしれない。
一方、斜向かいの再生槽では、若い男の操縦士が「洗濯!」といって、年老いた男性整備士に服を投げた。
ヤズデギルドが目を留めた。
「ヘブロン翁、シェルバにいっておけ。操縦の適性は希少な才能だが、傲慢は身を滅ぼすとな。整備士がいなければ巨人は動かせない」
老将が頭を下げた。
「指導が行き届かず、まことにお恥ずかしい限りです」
いまだ!
リガとぼくは思った。
ヤズデギルドと老将の意識がこちらから逸れている。
ここで、鉄柵を乗りこえて、装甲の上に立つ先生を突き飛ばし、操縦席に潜り込む。
ただちに精神を通わせ、一体化。あとは野となれ山となれだ!
が、リガが飛び出そうとした瞬間、若いギレアドが彼女の肩を押さえた。優男風なのにすごい力だ。
ギレアドがいう。
「おいおい、乗るのはぼくだぜ? まさか、自分で乗り込んで、仲間の復讐をはたすつもりだったかい?」