ようこそニューワールド
目を開くと見知らぬ天井だった。
比喩でもなんでもなく、本当に見知らぬ天井。部屋の造りを見る限り、少々煌びやかで、清潔さを売りにしている病院というわけでは無さそうだ。
目を覚ましたばかりでぼーっとしている頭を覚醒させようと、伸びをすると、あの時と着ている服が全く違っていた。
真っ白のロングコートに黒い革製のグローブを付けていた。
誰かがあの火事から俺を助けて、着替えさせたってことか? いや、そういう時はまず病院へと運ぶだろう。しかし、ここは病院じゃない。これは一体……。
「あ、目が覚めたみたいですね」
仰向けのままで思考をめぐらせていると、俺を見下ろす人影がいきなり現れた。
それは、綺麗な緑色の髪で、毛先になるに連れて白く脱色しているショートボブの青年。
服装は何処か宗教じみた様な姿だった。
これは、コスプレか? 俺もそんな中に巻き込まれたという感じになるのだろうか。
「ここは」
俺はゆっくりと起き上がると、そこは何処かの教会のような雰囲気が漂う建物の中だった。
「あ、ここは教会ですよ。ちょっと、貴方が起きたことを報告してきます。女神さまー!!」
彼はボーイソプラノの声を高らかにあげながら、“女神”という名を呼びながら何処かへ行ってしまった。
その女神というのは、この建物のボスの通称なのだろうか。ということは……、
「ここはコスプレ喫茶か何かか?」
いやしかし、俺たちの住んでいた寮の近所にはそんなものは存在しないハズだ。
それに、こんな豪勢な建物すら周囲には無かったはずだ。
一体、あの穴に落ちて俺は何処へ運ばれたのだろうか。
いや、待てよ? コレはもしかして、夢なのじゃないか?
目を覚ましたら、普通の病院に運ばれ……っつ。
急に右手に痛みが走った。革製のグローブを取ると、右手の掌の3分の2が火傷によるケロイドが出来ていた。
痛覚もあるし、火事で負ったと思われるケロイド痕……。
つまりは、これは現実なのだ。
いや、感覚もある夢だってみる例があるし……。
「イエーイ! ニューワールドへようこそ! 軍師どの!」
急に部屋の扉が勢いよく開かれて、ブロンドヘアの白いドレスの女が俺に向かって飛び出してきた。
「ウェルカーーーム!」
そして、自身の胸を俺に押し付けるように飛び込んできたのだ。
胸の重みで俺はそのまま再び倒れこむ。
「女神様、軍師様がまた倒れられてしまいましたけど?」
「あれ? 彼の世界ではこれは最上級の挨拶だと勉強しましたのに」
緑髪の青年に言われて、女神と呼ばれた女は名残惜しそうに俺から離れる。
「どこから学んだ知識かは知らんが、俺にはそういう趣味はない」
俺はやれやれといいながら、起き上がる。
「そういう趣味はない……もしかして……」
女神がそういうと、緑髪の青年が瞬時にガードのポーズを取った。
「いや、そういう意味でもないからな。というか、俺は何で教会なんかに居るんだ? 火事に遭遇して、穴に落ちて、気づけばこんなところに居て。それに、お前は俺のことを軍師と呼んでいるようだが、俺は普通の学生であって」
「此処は、マセーリングワールド内のドリャンス王国の片田舎にある教会です。今、この世界は未曾有の危機に瀕しているので、是非とも貴方の力を借りたいと思って、この私、女神イデオスカの特権として、貴方を異世界から召喚した次第です」
「は?」
俺はこのイデオスカと名乗る女神の言葉に変な声が漏れた。
異世界から呼び出した? 何を今流行のライトノベルのようなこと言っているんだ?
そもそも俺は自分が住んでいる世界のほかにも別の世界軸や異世界があるとは全く信じていない。コレは何かのドッキリか何かだろうか?
「ご理解いただけましたか?」
緑髪の青年が心配そうに訊いてきた。
「いや全くだ。此処が異世界だという証拠を見せてみろ。異世界だとしたら俺が話す言語とアンタらの言語が全く同一に聞こえるというのはどういうことなのだ? ご都合主義で片づけるのは却下だからな。あと、どうして俺なんだ? 俺はごく普通の人間なのであって、アンタらの助けになるようなことは全く出来ないから、そんな頼みごとは願い下げだ。あとは、一緒に居た残りの二人はどうした? 答えろ」
俺は早口で四点の質問を彼らに投げかける。
「全く、質問の量が多いですわね。いいでしょう、まずは一つ目の質問。リーキ、カーテンを開けて軍師様に外の景色を見せてあげなさい」
「はい、女神様」
リーキと呼ばれた緑髪の青年は近場の窓にかかっているカーテンを思いっきり開ける。
そこに、見える光景は。
「なっ……」
カンガルーにもクマにも見える生き物がのびのびと原っぱの草を食べている姿やパンダらしき生き物が凄い跳躍力で木に生えている果物を取っている姿が目に映った。
「貴方の世界には見ない生き物でしょ? 私達の世界の生き物で……」
「いつの間に、こんな遺伝子技術が……」
俺はまだあんな生き物を見ただけで異世界に飛ばされたなんて信じない。
「まだ信じませんか。次に貴方が私達と意思疎通が出来るのは、女神特権としての付与効果で、言語が通じるし、話せるようになっているんです。私が特権を解除すると……すぇftりゅおl@;おいうhygt」
すると、女神は瞬時に俺には伝わらない言葉を話し始めた。
「……とまぁ、貴方が認識できない言語になるわけです」
「わざとデタラメな言語で話したんじゃないのか?」
「いいえ、ちゃんと私達の言葉ですよ。ですよね? リーキ」
女神に訊ねられ、リーキはコクコクと頷く。
「言語なんて俺がいる世界にも何十言語も存在しているからなぁ。信じられないな」
「なかなか強情ですね」
俺と女神の間でバチバチと火花が飛ぶ。
「女神様も軍師様もこんなところで争わないで下さい。時は一刻の猶予もないんですよ!」
リーキが今にもバトルが始まりそうな俺たちの仲裁にはいる。
「あ、そうでした。貴方を召喚した理由は、この世界の暗黒時代を救う道しるべになって欲しいからです。貴方はこの世界を導く軍師としての数値がとても高いということが分かりました。だから、貴方を転生させてこの異世界へと呼び出したのですよ」
「呼び出した……? ん? 待てよ? あの火事はお前の仕業か?」
「火事? 何のことかよく分かりませんが、もしかすると貴方の転生がすんなり出来たのはその火事と出来事が重なったからでしょう。普通は、人が死ぬなんて一大事なので」
転生……、死ぬ……。もしかして……。
「貴方はもうあの世界には存在していません。帰せという要望には答えかねます」
女神の一言に俺は頭を抱え込む。
帰れないというのはどういうことだ? いきなりの出来事で頭の考えが追いつかない。
「軍師様……、大丈夫ですよ! この世界も十分楽しめますよ!」
慰めのつもりだろうか、リーキが俺の肩を優しく叩いて、笑顔を微笑んだ。
俺はそんなリーキをまじまじと見つめる。
「……? 僕の顔に何か付いていますか?」
余りにも見つめるからか、リーキが首を傾げる。
コイツ……、見た目が何かに似ているような感じがする。
何か……、何だろうか……。
……あ。
「そうだ、ネギだ」
俺がボソッと呟くと。急にリーキが涙目になる。
「どうして、僕の幼い頃の渾名を知っているんですか」
ボロボロと涙を流すリーキ。恐らく、それで長年イジられていたのだろう。
それにしても、見るたびにネギに見えてしまう呪いにかかってしまった。
決めた。コイツは今度からネギと呼ぼう。
「コホン、話を戻します。本来は貴方だけを召喚するハズだったんですが、オマケでもう二人も転生してこちらの世界へと飛ばされてきました。彼らは貴方が目覚めるより先に目が覚めて、外に居ますよ。そろそろコチラの方へ……」
女神がそう説明している途中で、扉が再び勢いよく開かれて、
「ヤーメーロー!!!」
全身真っ黒なローブを身に纏った、栗毛色の髪のショタが涙目で俺の方へと走ってきたのだった。




