憧れる者
「おえっ」
カレンの秘密の錬金術師養成孤児院を見学した後、庭園まで戻ってきたテレサは吐く真似をした。
「ひどくなーい?」
「いちおーハイリョ? したつもりだけど。ガキどもの前ではやらなかったじゃん」
本人もガキながら、中でも年長ではあるので年下の子どもへの気遣いの心というのは持ち合わせているらしい。
反抗する相手はあくまで強者の大人相手だけというのが、この子のすごいところである。
「結構恵まれた環境だと思うんだけどなぁ」
「恵まれすぎて、腐りそう」
テレサは鼻の頭にしわを寄せて吐き捨てた。
「あんたが一生面倒見るつもりならいいけどさ、あんなとこで育ったら、他のとこに行けなくなるよ?」
「それなら一生わたしのところにいればいいよ」
「はあ? 親でもないくせに何言ってんの?」
「領地をもらったばっかりで、人手はいくらあっても足りないし、いくらでも働くあては用意できるよ」
「そういやあんた……領主さまなんだった。はー、何度聞いても寝言みたい」
もしもテレサが子どもたちの様子を見て気が変わるようなら改めて引き取る道も考えていたものの、やはりテレサは冒険者をやっていきたいらしい。
「それじゃ、冒険者ギルドに行こっか」
今日は正式にテレサが冒険者になるための登録をする。
そして、カレンがテレサのスポンサーとして登録をしにいくことになっていた。
「カレン様、馬車のご用意ができました」
「ありがとうございます、オティーリエ様」
「オティーリエ、とお呼びくださいませ」
オティーリエがにっこり微笑むと、美しいは美しいのだが、とにかく凜々しい。
初対面の時の印象とかなり違う。
カレンに受け入れられるように意図的に凜々しさを演じているだろうと予想できるのがオティーリエの怖いところである。
「今日もあの怖い男はいないの?」
テレサが何やら小動物のように周囲の様子をうかがっていると思ったら、ユリウスを探していたらしい。
「ユリウスのこと? ユリウスはね、お迎えにいってるよ」
「お迎え? 誰を?」
「わたしのサポーターが家族ぐるみで王都からこっちに引っ越してきてくれるんだよ。荷造りが終わったって手紙をくれたから、ユリウスが迎えにいってくれたんだ」
セプルが妻のリリーと赤ちゃんを連れてエーレルト領に移住することが決まった。
ウルテは旦那のアーロンと共に王都に残り、錬金工房の用心棒をすることを選んだ。
王都の錬金工房はこれまで通りカレンの店として運営していく予定で、未だにユルヤナやアヒムが出入りしているので錬金術知識がなくても困らない――困らないくらいうるさいとウルテの愚痴が手紙に書かれていた。
「サポーター――冒険者を続けられなかったラクゴシャ、ってやつね、イテッ」
失礼な物言いをするテレサの剥き出しのデコをカレンがはじく。
すると、テレサはカレンが思ったよりも長く痛がっていた。
「あ、ごめん。最近魔力が増えてちょっと力の調節が利いてなかったかも。ポーションいる?」
「……いる」
半泣きのテレサにカレンがポーションの瓶を握らせてやると、自分では使わずいそいそと懐にしまった。
予想はできていたのでカレンも見ないふりをしておく。
「まったく、生意気なんだから。いつか痛い目見ることになるよ?」
「今見てるし」
「それぐらいじゃ全然懲りてないでしょ?」
んべっと舌を出すテレサを馬車の中に放り込み、カレンとオティーリエも乗り込むと、馬車で冒険者ギルドに向かった。
「ほら! あたしのスポンサーを連れてきたよ! これであたしも正式に冒険者になれるんだよね?」
「魔力無しなんぞの保護者になる物好きもいるもんだな」
「保護者じゃなくて、スポンサー!」
「ハイハイ、わかったよ……」
冒険者ギルドの受付の男がカレンをじろりと睨んで来る。
「こんなガキを冒険者にして一体何をさせようってんだかね」
強面の、いかにも悪そうな人相なのにまともな人である。
テレサが魔力無しだからといって死なせていいとは思っていない。
だからテレサは未だに冒険者見習いなのだ。
「できたら最初は薬草採取ぐらいから初めて欲しいんですけどね――」
「魔物をバンバン倒していくに決まってんじゃん! 薬草採取なんてやってらんないっての!」
テレサは威勢良く言う。
受付の男は嫌そうに顔を歪めた。
カレンは溜息を吐いて一応テレサに念を押す。
「あなたにそんな力はないって、自分が一番よくわかっているよね?」
「……ッ! うるさいなっ」
「あなたには気配を消す才能があるから、そこを延ばして魔物の不意を打つスタイルを目指した方がいいよ。少なくとも最初はね」
「気配を消す才能?」
テレサが目を丸くするのに、カレンは小首を傾げた。
「言ってなかったっけ? テレサには気配を消す才能があるよ。魔力がないからだね」
「魔力がないから……」
「この才能を極めるとね――Sランクの魔物にも見つからないように気配を消せる」
「何の与太話だよ」
受付の男がぶつくさ言いながら、テレサをFランク冒険者にするための手続きをしていく。
規則上は、冒険者になることは何歳でもできる。
だが、冒険者ギルドは幼すぎる子どもの加入を拒むことがある。
後ろ盾のない子どもが冒険者になると、ほとんど即死するからだ。
特に目立つつもりはなかったので、カレンもオティーリエも外套を着てフードを被って顔をほとんど隠している。
たとえこの受付の男がカレンの顔を知っていてもわからなかっただろう。
つまりカレンがブラックドラゴンの討伐メンバーだとは夢にも思わないはずだ。
だが、テレサはそれを知っている。
「マジ……?」
「マジマジ」
「ウソくさ~い!」
知っていてもなお信じられないでいるテレサと、受付の男が同じような顔をしていてカレンは吹き出しかけた。
「この子の冒険者登録が終わったら、次はわたしがこの子のスポンサーになるので、その登録もお願いします」
「スポンサー制度を誤解してないか? スポンサー制度ってのはある程度名の売れた冒険者に商品を使ってもらうことで、商品を宣伝してもらう代わりに支援をする制度のことだぞ? 孤児に寄付をするのとは違う」
「理解していますから、大丈夫ですよ」
「いずれ大成しそうな高ランク冒険者や貴族のガキを支援することはあるが、まさかこのガキが大成するとは思ってないだろ?」
「大博打ですけど、可能性はあると思ってます」
受付の男は酢を飲んだような顔をする。
カレンの横で、テレサは面映ゆそうに顔をモニュモニュさせていたが、カレンの視線に気づくとキッと睨みつけてきた。
「なに見てんの? あん?」
「ガラが悪いな~」
カレンはケラケラ笑いながらスポンサー登録を済ませた。
サインはただのカレン。
春に王都に行って、国王に謁見し正式に爵位の授与を認めてもらうまでは、書類上はまだ平民である。
「カレン……?」
受付の男がぽつりと呟く。
ヒンメルを名乗っていないからバレないだろうと思ったのに受付の男がカレンのサインを見て何かを思い出そうとする顔つきになる。
カレンという存在はこのエーレルトでどれぐらい知られているのだろうか。
去年はシンデレラストーリーの主人公として話題になったらしいので、名前だけでも結構知られているのかもしれない。
騒がれても困るので、とっとと立ち去ろうとしたカレンたちの前に、立ち塞がる人影が現れた。
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