一年ぶりの市場デート
「……で、私に内緒の話に実りはあったのかい? カレン」
「実りはあったような、なかったような」
気配もなく馬車に乗り込んできたユリウスに、カレンは平然と答えた。
カレンはユリウスについてこないでほしいと頼んだ。
ユリウスがいたらしてくれなくなるかもしれない話がしたかったからだ。
可能性としては、カレン一人だけでも聞き出すのは難しかったかもしれなかった。
だが、完全に気配を絶ってカレンにすら気づかれないようにならついてきてくれて構わないとは伝えていた。
カレンは馬車内の防諜の魔道具に魔力をこめると言った。
「ユリウスも聞いてた?」
「ああ。君の新しい小さな広報者は、君と似た技術を持っているね」
「わたしと似た技術?」
てっきり魔力無しの人々の話になるかと思っていたカレンがきょとんとすると、ユリウスは考え込む表情でうなずいた。
「魔力を消すことによって気配を消す技術……元々魔力が少ないから、魔力を抑え込みやすいのか、使い尽くしやすいのか、注意していなければ私でも気配を察知するのは難しかっただろう」
「へえ。テレサ、いい冒険者になれそうだね」
カレンが接近に気づけなかったのはテレサも気配を隠すのが上手かったから、もあるらしい。
冒険者には色んな種類の仕事がある。
魔物と戦ってダンジョンを攻略するのが主流だし多くの冒険者の目指すところではあるものの、ダンジョンに関連する雑用ならなんでも冒険者の仕事だ。
魔物に気づかれないように隠れ潜む技術があるなら、冒険者として働いていけるだろう。
ほっとした途端、カレンのお腹がくるりと音を立てた。
「なんだか、安心したらお腹減っちゃった。せっかくだから新年祭市場で何か食べて帰らない? ユリウスのおごりで」
カレンの財布はテレサにお金を巻き上げられてすっからかんなのだ。
ユリウスにくっついたカレンの言葉に、ユリウスはくすりと微笑んだ。
「喜んでカレンを養わせてもらうよ」
「えへへ、一年ぶりの市場デートだね」
市場の良き場所で馬車を降りると、カレンはすかさずそっと手を伸ばしてユリウスの手と恋人繋ぎした。
ユリウスは一瞬、動揺に金の目を見開いたあと、咳払いした。
「もしかしてなのだが、君はこういうことに慣れているのかい?」
「ライオスとは手をつなぐどころか、一度も出かけたことなんてないよ~。あ、ちっさい頃に倒れたところを起こしたりとか支えたりとかは別にあるけど――」
「それよりも『前』の話ならどうかな、カレン?」
「おっとぉ……」
気づいてみれば、ユリウスがきらきらしい輝く笑顔でひたりとカレンを見下ろしている。
まるでいかなる審判を出すのか悩む天使のような無機質な微笑みである。
これまで触れられてこなかった前世の話がいとも容易く引き合いに出され、カレンはしばしの逡巡ののちに認めた。
最初から、この秘密の肝はココなのだ。
前世なんて、異なる世界の記憶なんて最初から問題ではない。
この世界の宗教観的に許されないようなことは何もないのだ。
――ユリウスの潔癖レベルによってはすべてが終わりという話なのである。
「まあ、うん……はい。でもね!?」
「でも、何かな?」
「わたし、去年ユリウスとデートした時、手汗がすごかった!」
「……うん? 手汗?」
「緊張して、口の中は乾いて、ドキドキして、息が苦しかったの! ……まるで人生ではじめてデートした女の子みたいに。実際、今、ここにいるわたしははじめてのデートだったんだよ?」
前世の最後の交際相手との初デートの時には、ああはならなかった。
多少のときめきや楽しさはありつつ、デートってこういうものだよね、という慣れがあった。
それなのに、まるですべての経験がリセットされてしまったかのような――。
「つまり、前の君と今の君は別人である、と?」
「そう!」
「――確かに、去年繋いだ君の手は少し汗ばんでいたかもしれないね。っと」
カレンが顔を赤くしてユリウスの足を蹴ると、ユリウスは甘んじて受け入れたものの、鋼のように固かった。
ほぼ鋼を蹴ったカレンは呻いた。
「いった~!」
「しまった。やはり避けるべきだったか」
「いや、痛くても蹴りたい時は蹴りたいから、避けないで!」
涙目で言うカレンを見て、ユリウスは吹き出して笑い出した。
「そう言われてみれば、そうだった。私とのデートに緊張していた去年の君は、とても可愛らしかった!」
「そんなこと大きな声で言わないでよ~もうっ!」
普通に市場のド真ん中なので、思いきり周りの人たちが耳をそばだてているのだ。
「可愛いかったと言っているのだから良いのでは? 君こそ、昨年の私をどう思っていたのだい?」
「……かっこよすぎて、到底わたしじゃ釣り合わないなって思ってた」
「ふむ?」
ユリウスがかすかに眉をひそめる。
気に入る返答ではなかったのだろう。
「だけど、諦めたくないって思っちゃった……ユリウスが何よりも、わたし自身を見てくれてた気がしたから。わたしにも、可能性ってあるのかな、って。諦めなくてもいいのかな、って」
カレンの瞳の色の魔石を、ピアスを用意してくれたユリウスが。
エーレルトよりも、カレンの能力よりも。
カレンの利用価値や便利な用途よりも――カレンそのものを見てくれているかもしれないと、もう見てくれているようにさえ、感じさせられてしまったのだ。
「だから、好きになっちゃった」
ユリウスが目を見開き、言葉を言いさす。
だがそれを遮るように、「ユリウス、あの屋台の串焼き肉食べたい!」と赤い顔で叫ぶと、カレンはユリウスの手を引っぱっていった。
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