魔力無しの夢
「は? 行くわけないじゃん。錬金術師の下僕になんてなりたくないし」
「テレサ! 失礼な物言いはやめなさい」
「はあ? 行きたくないって言ってるだけじゃん」
カレンはエーレルト領都の孤児院にいた。
今はその孤児院の子どものうちのひとり、テレサという少女と対話していた。
希望するなら、その身柄を引き取るためである。
他の領地の領主たちによって追い出された子どもたちとは違い、カレンは本人たちの意思を尊重した。
その結果、テレサ――以前、ユリウスと共に寄付のために孤児院に立ち寄った時にいたずらをしかけてきた少女だけが、カレンの誘いを断った。
他の子たちはみんなカレンについて行きたがった。
予想外に多くカレンのもとに集まった子どもたちの管理を請け合って王都からやってきたハラルドが、彼らの前で自らの体験談を語ったためである。
だが、テレサは頑として動かなかった。
孤児院長のオーガストに叱られてもソファでふんぞり返る少女、テレサ。
カレンは彼女をまじまじと見つめた。
「あなた以外の子は全員わたしのところに来るって言っているのに?」
「はんっ!」
テレサはカレンをねめつけながら鼻で笑った。
「魔力量Fランク以下で生まれたのに錬金術師になれたとかいうバカみたいな話を信じてね。そんなのありえないのに! みんな騙されちゃってバッカみたい!!」
オーガストはほとんど叫ぶテレサの肩を掴み、自分に向き直らせると揺さぶった。
「テレサ!! やめなさいと言っているだろう? このお方は狩猟祭で功績をあげて爵位持ちの貴族になられた方なのだ! 失礼な物言いは慎みなさい!」
「……狩猟祭? 錬金術師なのに?」
オーガストのお叱りはどこ吹く風で、しかしテレサは今日はじめてカレンの顔をまともに見上げた。
弱者の意見は無視して強者の意見にだけ耳を傾ける、まるで冒険者街のひねくれた子どものような仕草である。
「あんた、戦えるの?」
「戦えはしないよ。でも、現地調達した素材でポーションを作ってパーティーに貢献したんだよ」
「どんな魔物を狩ったの?」
「ブラックドラゴン」
テレサは一瞬目を輝かせたが、すぐにげんなりした顔つきになる。
「あたしのことバカだと思ってる? エーレルト家のご先祖様が倒した、伝説の魔物じゃん!! くだんないウソつかないでくれる? そんな与太話、酒場で聞かされるだけで十分だから」
エーレルトにおけるブラックドラゴンの再討伐についてはすでにかなりの噂になっているはずだが、与太話だと思っているらしい。
はあ、とテレサは大人びた溜め息を吐くとソファから立ち上がった。
「テレサ、どこへ行くんだい」
「部屋に戻る。あたしは行かないって伝えたんだからもういいでしょ?」
他の子どもたちは全員カレンと共に行くことを選んだだけに、テレサだけを置いていくのは気が引けた。
だが、無理強いするつもりもない。
別にカレンも、彼女に来てほしいわけではない。
――オーガストは、どこか縋るような眼差しをカレンに向けてきてはいるけれども。
「あっ、それとも院長先生、あたしに孤児院から出ていけって言ってる? 別にそれでも構わないよ。あたし、冒険者見習いだからさ。別にここに帰ってくる必要なんてないし」
「テレサ、君は冒険者になるには若すぎるよ」
オーガストは悲しげな目をして言う。
テレサは取り合わなかった。
「あたしくらいでダンジョンに潜ってるやつなんて珍しくもないって」
「そうだね。うちの弟は十歳にはもうダンジョンに入っていたし」
「でっしょぉ~」
「だけどそれは、面倒を見てくれる保護者がいてこそだけどね」
「……それ、孤児院にいるあたしに言う?」
暗い目つきでカレンを見上げるテレサに、カレンは動じることなく言った。
「親とは言ってないよ。保護者、だよ。うちの弟だって親に連れていってもらったわけじゃない。弟が十歳の時にはもう、うちの親は行方不明だったし」
「……あそ」
「だからダンジョンでは地域の冒険者に面倒を見てもらってた。テレサにはそういう世話をしてくれる冒険者はいる?」
「……」
「いないなら、ダンジョンに潜るのはやめた方がいい」
「あんたには関係ないんだからさぁ……余計な口出し、やめてくれる?」
テレサに睨まれ、カレンはオーガストを見やった。
力なく首を振るオーガストも、これまでも何度も止めてきたのだろう。
止めなければ、いずれそう遠くないうちにこの少女は死んでしまうだろうから。
――カレンには、彼女のためにこれ以上何かをする義理はないけれども。
「あたし、もう――」
「いや、あとちょっと待ってて。今考え事してるから」
「なんなの!? あたしだって暇じゃないんだけど! 金取るよ!!」
「あとでお小遣いあげるから、そこにいて」
「それなら話は別じゃん」
テレサは途端に機嫌のいい笑みを浮かべてちょこんとソファに腰かける。
カレンは「うーん」とテレサを見下ろして考えた。
ここで、テレサのことを忘れて去って、その後テレサが死んだとしても、カレンには何の非もない。
気の毒だとは思うだろうが、それだけだ。
さして後味の悪さを感じることもない程度には、この世界のあり方にカレンも慣れている。
だが、テレサにはユリウスの威圧にも屈しない異常性がある。
そういう異常性を持つ者は、冒険者として大成すると言われている――しかしテレサには魔力がないから大成する前に死んでしまうだろう。
「……もったいない」
「金が? 今更お小遣いナシとかムリだからね。院長先生が証人だから! 先生は神官だから、女神様の前で約束したも同然なんだよ?」
「もったいないのはあなたの命だよ、テレサ」
「アー、ハイハイ。親にも見捨てられたあたしみたいなのにもご親切にどーも、って言ってあげれば満足?」
カレンはテレサの皮肉を無視して言った。
「あなたさ、わたしをスポンサーにしない?」
「……は?」
怪訝、疑念。テレサはバカを見る目をしていた。
「こう見えて、この間領都ダンジョンの三十階層を攻略した鮮血の雷のスポンサーなんだよ、わたし」
「……え? はい?」
バカを見る目が少しおののいている。
冒険者はこういう嘘八百を許さないことを知っているのだろう。
「まあ、わたしがスポンサーとしてこの度の三十階層攻略にどれだけ貢献できたのかは定かではないんだけどね」
テレサはごくりと生唾を飲んで言う。
「……んなこと、ウソで言ってたら冒険者に報復される。……マジで言ってる?」
「マジマジ」
「何が目的?」
喜びよりも先に立つ深い疑念。
テレサは猜疑心に満ちた目でカレンを見つめる。
親にすら捨てられた子に、愛だの倫理だの道徳だのを語るのは逆効果だろう。
だからカレンは、おためごかしなしの本音を口にすることにした。
「生まれた時の魔力量が少ないほど、万が一成長できた暁にはより強くなれるんじゃないか、っていう仮説がわたしの中にある」
「ッ……!?」
テレサの激しい動揺を、すでに思索の海に沈んだカレンは無視して言う。
「本来、錬金術師になるには魔力量がCランクであってもぎりぎりで、Bランクはほしいところだと言われてる。だけどわたしはDランクの魔力量でポーションを作れた。これでも異例で天才だって言われてたのに、わたしの弟子はFランクの魔力量でポーションを作れたし、Eランクの魔力量で錬金術ギルドに所属して昇級までしちゃったの。元々の魔力量が少ないほど、必要魔力量が少なくなってるんじゃないか。わたしは今のところ、そう仮定している」
「ま、待って。何の話をしてんの? あんた」
自分の世界に入り込んで言葉を口にしていたカレンが顔を上げると、そこには怯えた顔をしたテレサがいた。
カレンの言葉は彼女にとってある意味希望で、もしも違えば絶望だった。
そんなテレサに、カレンは一切の配慮をせずに言った。
「この世界の真理の話をしている」
「――錬金術の話、てこと……?」
「わたしがあなたのスポンサーになってそう簡単には死なせないようにして、わたしはわたしの仮説が正しいのか、間違っているのか検証したい」
可能性だけを見せて、希望だけを提示して、テレサの心を慰撫はしない。
そういうものに、きっとテレサはすでにうんざりしている。
「錬金術師として、あなたの命でこの世界の理を確かめたい」
きっと何も信じられないテレサに信じてほしいなどと言うことも望むこともなく、カレンはカレンの欲望だけを突きつける。
「そのために、わたしの提案を受け入れてほしい」
「あんたをスポンサーにして……対価は、あたしを使った……実験?」
「実験とはいっても、あなたはただわたしのポーションを使って、生き延びて強くなってくれればいい」
「あたしにばっか、都合がよすぎる……」
下唇を噛んでしばらくうつむいていたテレサは、やがてつぶやくように言った。
「……考えさせてほしい」
これ以上、カレンがテレサのためにできることは何もなかった。
カレンはうなずいて言った。
「その気になったら連絡してね」
そして今日の本題のために、カレンはテレサを残しオーガストと共に部屋を出た。
SQEXノベル様より2月6日『錬金術師カレンはもう妥協しません2』出版されました。
ぜひお手にとっていただけましたら幸いです。





