騎士装の麗人
一見、線の細い美少年にも見えた。
だが美少年にしては背が高く、落ち着いていて、大人びた雰囲気も持ち合わせている。
カレンはこんな美少年の知り合いはいないので、初対面のはずなのに妙に見覚えがあるのである。
まじまじと見れば、それはオティーリエだったのだ。
オティーリエはつかつかと歩み寄ってくる。
その歩幅は広く、機敏で、まるで男のような歩き方だった。
カレンの前で立ち止まると、オティーリエはますます笑みを深める。
立ち居振る舞いが男性貴族のそれなのだ。
自然な色の唇が逆に妙に色気があり、カレンはドギマギしてつい身構えた。
黒く少しうねる髪を一つに束ね、凜として立つその姿はまさに男装の麗人である。
「す、素敵……」
「次はわたしも踊ろうかしら!?」
「あんなに魅力的なのに女なんて信じられない! 信じたくないわ!!」
ペトラの嘆きを小耳に挟みつつ。
平民向けの音楽が終わり、次は貴族向けの音楽がはじまろうとしていた。
「ユリウスニーチャン、次はおまえが女側のパートを踊れよ~」
「ぐっ、トールくん、前より力が強くなっていないかい!?」
「しばらく階梯は昇れてなかったんだけどさ、流石にダンジョン三十階層を攻略したら昇れたんだよな~」
カレンのもとに戻ろうとしたユリウスは再びトールに捕獲されて引きずられていった。
女側のパートを踊らされそうになっているユリウスという、興味深い場面にカレンが気を取られているうちに、オティーリエはカレンの手を取った。
そしてカレンの指に口づけた。
「カレン様、どうかわたくしとも踊っていただけませんか?」
黒い眉も凜々しい男装の麗人に至近距離で見つめられて真っ赤になったカレンは、気づいた時にはオティーリエにエスコートされていた。
当然のようにオティーリエが男性側に立ち、リードする。
ダンスが始まってしまった。
どうしてこうなってしまったのか、カレンが気を取り直して疑問を投げかけるよりも前に、オティーリエが先制する。
「わたくしは先の狩猟祭で三位の成績を修めました」
「えっ!? そうなんですか!?」
ユリウスが優勝したという話は聞いていたものの、誰が二位三位を得たのかという話はそういえば聞いていなかった。
「その褒美として、エーレルト伯爵に騎士にしていただきました」
カレンは踊りながら目を白黒させて言った。
「えっと……騎士団に入ったということですか?」
「いいえ。貴族を騎士に任命する権限を持つのは爵位を持つ方だけです。ですからエーレルト伯爵にわたくしを騎士に任命していただくようお願いしたのです。ですがカレン様が爵位持ちの領主となるのでしたら、カレン様にお願いしたかったですわ」
「どうして――」
「どうしてそこまでわたくしがカレン様にこだわるのか、気になっておいでですね?」
カレンはこくりとうなずいた。
気になっていることは他にもたくさんある。
オティーリエの親も爵位持ちの貴族のはずだ。
それなのに親ではなくヘルフリートに騎士への任命を頼んでいる。
だが、一番気になるのはまさにオティーリエがカレンにこだわる理由である。
「迷っていたのですが、白状いたしましょう……ダンスが終わったらお時間をいただけますか?」
「わかりました」
カレンは返事をしてユリウスに目配せした。
この距離なら聞こえているだろうとカレンはそちらを見やる。
するとまさにトールのリードによって絵になるポーズを取らされ虚無の表情を浮かべつつも完璧に踊るユリウスと目が合って、カレンは満面の笑みになった。
「これからエーレルトでは同性同士のダンスが流行りそうですわね」
オティーリエも同じものを見てくすくすと笑いながら言う。
カレンは完全同意でうなずいた。
「楽しいですもんね」
気楽で楽しいダンスの時間はあっという間にすぎていく。
ダンスが終わるとカレンはオティーリエと共に大広間を抜け出した。
「こちらですわ、カレン様。わたくし、エーレルト伯爵に伯爵邸への出入りの許可も褒美としていただきましたの」
オティーリエがエーレルト伯爵邸を勝手知ったる様子で案内していく。
王都のエーレルト伯爵邸も大きいが、エーレルト領都の伯爵邸は更に輪をかけて広大だった。
その上昨年のカレンは絵を描くために部屋に引きこもっていたので、屋敷の全貌を未だ把握していない。
しかし、カレンはその道筋を覚えていた。
「目的地は以前、ヴァルトリーデ様がいた別邸ですか……?」
「ええ、王女殿下がお過ごしだった場所だとうかがっています」
石畳の小道を抜けると、そこには見覚えのある別邸があった。
中に入るまでもなくカレンにはその別邸にいる子どもたちの声が聞こえた。
オティーリエが扉を開けて、カレンが後に続く。
中に入ると、途端にその場にいた子どもたちは静まり返った。
彼らは動きを止め、呼吸さえも押し殺して警戒と怯えの眼差しでカレンとオティーリエを見上げて様子をうかがっていた。
「カレン様が集められた、魔力のない、あるいはほとんどない子どもたちです。ここにいるのはほんの一部の子どもたちですけれどね」
「もう、到着していたんですね……」
「本日の夕方頃に到着したはずですわ。私の両親が連れてきた、ベル領とその周辺の領地の子どもたちです」
その場の空気が張りつめているのが伝わってくる。
彼らの意思も確かめず、身勝手に集めた子どもたち。
カレンとしては、子どもたちが元いた場所にいるよりは、子どもたちにとっていいはずだと信じている。
だが、子どもたちは自分たちの人生がこれからどんな風に転がっていこうとしているのかを知りようもない。
だから、カレンは言わなくてはならない。
息を呑んで、深呼吸して――意を決してカレンが言葉を発しようとした時、硬直していた子どもたちのうちの一人が叫んだ。
「えっ!? アレッ!? ……おねえさま!?」
「そう、あなたの姉よ、ミヒャエル」
はじめはぱっと顔を輝かせて、次に泣きそうに顔を歪めた少年はオティーリエに駆け寄って抱きついて、わっと涙した。
「お姉様がお兄様になっちゃったよぉおおおおおっっ!!」
オティーリエは声を上げてひょうきんに泣き叫ぶ少年を抱きしめると、カレンを見つめた。
「正直に申し上げますわ。わたくし、この子の側にいるために、カレン様のお側に仕えたかったのです」
オティーリエの弟。
その弟がここにいるということは、オティーリエの親であるベル子爵夫妻はこの子を捨てたということだ。
「……このことを公言すればお父様やお母様は決してわたくしを許してはくださいません。魔力至上主義者のお二人にとって、この子の存在はあってはならぬものだからです」
オティーリエが抱きしめる弟が聞いているのではないかとカレンは危ぶんだが、弟の方は「お兄様でもぉ~好きだけどぉ~」と泣きべそをかいていて傍目には堪えている様子はなかった。
「ですから、あくまで家のためだという体裁を取らねばなりませんでした。家を守るためにユリウス様の末席の妻になろうとしているのだと、家カレン様の近づきになりたいと思っているふりをしなければなりませんでした。前者はともかく、後者は事実なのですよ? ミヒャエルのような者を救い上げてくださろうとする方は、他には……ホルスト以外におりませんでしたから」
オティーリエは苦い笑みを浮かべて言う。
カレンは息を呑んでオティーリエの横顔を見つめた。
ホルスト・ブラーム。
一般的な貴族の中では魔力が少なく、弱者であるにもかかわらず前エーレルト伯爵ヴィンフリートにおもねり、策略をもって成り上がったエーレルト元老会の元筆頭元老。
この男は現在失踪し、国家反逆罪に問われている。
そのような人物への恩を口にすることは、並大抵の覚悟ではできないことだ。
オティーリエは本当に、カレンにすべてを白状しようとしていた。
「ホルストは……こういう子たちをどうやって助けていたんですか?」
「子どもたちが成人すると、あの男は仕事を与えていました。どのような仕事かは存じませんが……」
もしかしたら、その仕事のうちのひとつはエーレルト伯爵家の料理人だったのかもしれないと、カレンはふと思う。
カレンの作った万能薬カレーに毒物を入れて、万能薬を壊した男。
「ホルストがいたから両親はこの子を今日まで捨てることができなかったのです。あの方に睨まれたくなくて、顔色をうかがって……ホルストと関係があるかと問われれば、ないとは申せません。庇っていただいたこと、助けていただいたことがございます」
ある意味で弱い子どもたちの守護者だった男はもういない。
カレンが追い詰めて、消えてしまった。
「……カレン様、それでもどうか、お側においてはいただけませんか? 騎士としてカレン様に仕えさせてくださいませ。カレン様を、子どもたちを――弟を、守らせてくださいませ」
「これからよろしくお願いします、オティーリエ様」
カレンが間髪入れずにうなずくと、オティーリエはほっとした顔をしてミヒャエルを強く抱きしめて、その胸の中で潰れたミヒャエルは「ぐえ~っ」と呻いていた。
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