貴族と平民の壁
浮かれ騒いで踊っているのはほとんどが平民だった。
今、奏でられている音楽がカレンでも耳馴染みのある平民向けだからだろう。
礼儀もマナーも何もない平民のダンスをする賑やかな平民たちを前に、貴族たちは礼儀正しく彼らと距離を取る。
新年祭の意義を考えれば、領地を守るために貴族と平民が手を取り合うための場だろうに。
それぞれがそれぞれの身分の者同士で固まっていた。
でもそれは仕方のないことなのだ。
この世界は、ありとあらゆる意味で上と下がきっぱりと分かたれているから。
「わたしたちも踊ろう、ユリウス」
「あともう一曲覚える時間をくれないかい? もう少しで彼らのダンスのパターンを覚えられる」
「平民のダンスなんて適当でいいんだよ。間違っても恥ずかしいとかないんだから」
「私は、君の得意げな顔も好きなのだよ、カレン。私を自慢に思ってくれる時の表情がね。だから完璧に踊りたいのだよ」
「得意げというか、それって、ドヤ顔……」
世間一般的に、あんまりよろしくない時の表情を好きだと言われて複雑な顔つきになるカレン。
ユリウスはくすりと笑った。
「君がどんな私でも好いてくれるとしても、君が私のために誇らしげになる時の顔が、可愛らしくて好きなのだよ」
「ユリウスも変わってるよねぇ」
照れ隠しに言うカレンを見下ろしてユリウスはますます笑みを深めたあと、平民のダンスを目に焼き付けはじめる。
その時、カレンの耳に冒険者同士の会話が届いた。
「しっかし、Aランク冒険者を笑って無事に済むとはなぁ、あの坊ちゃん」
「豪胆な後継者様だよな。気に入ったぜ」
「ほう、冒険者にもそれがわかるのか。我らがエーレルトは安泰だぞ」
声をかけられた冒険者たちはすぐに口を閉ざして緊張した面持ちになる。
かけられた言葉自体は肯定的でも、冒険者たち的に貴族からの接触というのは緊張せざるを得ないもの。
だが、貴族――アルバンから歩み寄られた冒険者たちは緊張した面持ちながらに言葉を返した。
「……エーレルト領が安泰なのはいいですね。その方が他領出身のやつらに威張れるんでね」
「惜しむらくはジーク様のもっとも覚えのめでたい冒険者がエーレルト出身者ではないということだがな」
「ケッ。痛いとこを突くな、アンタ」
「君たちには今後もダンジョン攻略に精力的に励んでもらいたいということだ。我がコート子爵領にも領地がある。冒険者目線で改善を求めることがあれば言うがいい。私としても、王都出身のポッと出の新領主殿に領主運営で負けるわけにはいかないのでな」
アルバンは冗談めかしてカレンを引き合いに出す。
すると、拗ねていた冒険者たちも顔を上げてにやりと笑った。
「……お互い、尻に火がついてるってワケですかい?」
「優秀な王都出身の冒険者と錬金術師を引き抜けたのはいいが、彼らのおかげでエーレルトが持ち直したなどと言われるのが業腹なのは、貴族も平民も関係あるまい。エーレルトの民の誇りを守るためにも、協力を願いたい」
「お貴族様にそんな風に言われることがあるとはねえ」
「じゃあね、前から気になってた制度があるんだけど――」
理由はなんであれ、貴族と平民、上下の垣根があちらこちらで取り払われ、交流が深まっていく。
カレンはそれが嬉しくてにんまり笑っていると、そっとユリウスに手を取られた。
「カレン、次の曲が始まる。私と踊ってくれるかい?」
「喜んで!」
平民のダンスは単純な振り付けの連続だ。
ステップを踏んではくるくると回る。最後にはお辞儀をして別れ、相手を入れ替えていく。
けれど、夫婦やカレンたちのようなカップルはずっと相手を変えなくても構わない。
だからカレンはユリウスと踊り続けるつもりだったけれど、途中、割り込んできたトールにユリウスを奪われた。
「えっ、トール!?」
「トールくん!?」
「ねーちゃん、次はオレと踊ろうな」
トールは軽く手を挙げてそう言うと、驚きに目を丸くしたままのユリウスを攫っていった。
困惑顔でダンスを踊り続けるユリウスと涼しい顔で女側のダンスを踊るトールは冒険者たちだけでなく、貴族たちにも大ウケしていた。
ユリウスと踊るためか、トールと踊るためか。
冒険者だけでなく、貴族も面白がって、飛び入り参加者が増えていく。主に男の参加者たちが。
取り残されたきょとん顔のカレンの前で音楽に合わせてお辞儀をしたのはジークだった。
「姉様、ぼくと踊ろう!」
「……喜んで!」
カレンはちょっと考えた後、これはこれで楽しくなってきて満面の笑みでうなずいた。
「お、中々上手いですね、ジーク様」
「ジーク、でいいよ。敬語もなし!」
ジークは踊りながらニコッと笑った。
「これからはトールみたいにぼくとも親しくしてね。本当の家族になるんだし!」
「私のことは姉と呼んでくださいね」
「私のことは兄で構わない」
いつの間にかダンスに途中参加していたヘルフリートとアリーセがいつの間にか背後にいて追撃する。
カレンは目を白黒させながら言った。
「お義姉様とお義兄様、ってコト……!?」
「あら、いい響き」
「ふむ。悪くはないな」
「カレン姉様、ぼくは?」
「ジーク……でいいの? ホントに??」
「うん! それがいいんだ!」
ジークは花が咲くような笑顔で言うと、カレンにお辞儀をして次のダンス相手のもとへいく。
偶然ジークの進行方向にいてパートナーとなってしまった男冒険者はぎょっとしていた。
普通は男女で組むものである。
今ダンスの輪に入ればジークと踊れるかもしれないと、幼い令嬢たちが平民のダンスをしたいと親にせがむ声が聞こえはじめる。
ジークは次期後継者の威厳でむくつけき男冒険者に自然と女側のパートを踊らせていた。
カレンがジークの成長にじんと感じ入っていると、次にやってきたのは宣言通り、トールである。
トールとは冒険者街でよく踊っていたので阿吽の呼吸だ。
いつものように楽しく踊り終えるとトールは言った。
「ねーちゃんと踊りたそうにこっちを見てるやつがいるぜ」
誰だろうと振り返ったカレンは目を丸くした。
「オティーリエ……さま?」
そこには何故か男装を――騎士の礼装姿をしたオティーリエがいて、カレンに気づかれるとにっこり笑ってみせた。
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