新年祭の顔
その絵の中で、カレンは若干奥側に配置されてはいたものの、ド真ん中、しかも若干高い位置に描かれている。
手前側左右にはユリウスとリヒトが並んでいて、後光を放つカレンの光に照らされていた。
「おおっ!」
「さすがはユリウス様、流石はリヒト様!!」
「おまえっ、こんな重要な話をよくも黙っていたな!」
「伯爵閣下から箝口令を敷かれていたんですよ、父上」
貴族たちは中央にカレンがいることをどう思っているのか、一応歓声を上げている。
冒険者が新年祭の顔になるより、真ん中にカレンがいようと自分たちと同じ貴族が肖像画として描かれていることに安堵し、カレンの存在には目を瞑る方針らしい。
先程までのお通夜のような空気はどこへやら、貴族たちがにわかに活気づいていて、カレンは複雑な表情になる。
ユリウスとリヒトの栄光を讃える傍ら、冒険者側に意味深な眼差しを向けてくる貴族たちの感じの悪いこと。
とはいえ冒険者たちの先程までの態度もアレだったので、自業自得と言えばそうだが、カレンは心境的には今冒険者側に立っていた。
鮮血の雷の――トールたちの、弟のパーティーの肖像画はすでに用意されていると聞いていた。
それを、トールは楽しみにしていたのではないか。だからこその満面の笑みだったのではないか。
それなのに、こんなにも直前で差し替えるなんてどれほどトールたちはがっかりすることか。
そして、冒険者たちがどれほど失望したことか。
ダンジョン攻略という華々しい功績の対価に新年祭の顔が冒険者になるのだと、期待に胸を膨らませていた冒険者たちを裏切るということ。
「おいっ、鮮血の雷じゃないのかよ!?」
「チッ、また貴族の横取りか」
「アンタ馬鹿? Sランクのブラックドラゴンを討伐したなら五十階層攻略相当でしょ。三十階層攻略なんてかすむわ……仕方ないじゃない」
当然、冒険者たちは奪われた栄光に思うところはある。
とはいえ一応、納得感もあるらしい。
「まあ、エーレルトにとってブラックドラゴンは特別な魔物ではあるしな……」
「だがそれを、鮮血の雷が受け入れるかな?」
冒険者のうちの一人が脅すように言うと、貴族たちが水を打ったように鎮まっていきトールたちをうかがう。
弟の晴れの舞台を奪ってしまったカレンも、怖々と弟の顔色をうかがった。
その場のすべての視線を集めたトールは、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「さっっすがオレのねーちゃん!! ブラックドラゴン討伐おめでとう!!」
トールは満面の笑みでスタンディングオベーションしていた。
「……ねーちゃん?」
会場の大広間は途端にざわめいた。
「あの、鮮血の雷さん、手柄を奪われたってのに嫌な気にはなってないんですかい?」
「は? ねーちゃんがその実力を認められて褒められてんのに嫌な気分になるわけねーだろ? だよなあ? おまえら」
近くの冒険者に問われたトールは怪訝な表情で同意を求めるように仲間たちへ振り返る。
するとワンダも立ち上がって笑顔で言う。
「もっちろん。さっすがカレンさん! カレンさんならやるって思ってたわー!」
「それでこそ僕らのスポンサーにふさわしい――いでっ、もったいないお人!!」
ルイスもテーブルの陰でトールに蹴られながら言う。
「今度ワシらとお互いの健闘を祝って酒を飲まんか? カレンなら美味いつまみを作るだろう」
「なんで当たり前のようにねーちゃんに作らせようとしてんだよ、オード」
「む? 金は払うぞ」
「カレンさん、おめでとうな」
オードもクリスも特に嫌味なくカレンを祝福してくれる。
手柄を奪われた形になる鮮血の雷のパーティーメンバー本人たちがまったく気にしていない。
それどころか全肯定の手放しで祝福する姿を見て、不快感を示していた冒険者たちはやがて諦め、折り合いを付けるようにつぶやいた。
「まあ、肖像画の真ん中にいるのは、あくまで錬金術師のカレンだからな……」
「二人の騎士の実力がほぼ同等であることを示すために、中央に適当なモチーフを置いて左右に主役を配置しているだけでしょうね」
冒険者と貴族がそれぞれのやり方で睨み合うも、トールが拍手をやめて動き出すと再びその場はトールの言葉を待つように静かになった。
「ねーちゃん、マジでおめでとう!!」
「トール……せっかくのトールの晴れの舞台だったのに、お祝いしてくれるの?」
「オレたちのことなんて気にすんなよ、ねーちゃん。どうせオレたちにとって、三十階層攻略なんて通過点だし」
ワンダたちはトールの言葉に静かな微笑みを浮かべてうなずく。
そこには言わされている感は微塵もなく、ただ近いうちにAランクに昇級する冒険者としての風格があった。
「それなのにエーレルト伯爵、最初はオレたちの肖像画を飾ってくれようとしてたんだぜ? で、駆け込みだから肖像画が用意できないとか言って、ねーちゃんたちの肖像画は後で用意するつもりだったんだと」
「ゴホン。肖像画というものは早々描けるものではないのは本当のことだ」
ヘルフリートの言葉に目を丸くするカレンに、トールがぷりぷりと憤慨しながら言う。
「ねーちゃんが活躍したってのに、新年祭の顔にしないとかありえなくね? だから伯爵がねーちゃんの肖像画をエーレルトが用意しないならオレが描くぞって言ったんだ」
「去年の錬金術師カレンと同じことやろうとしてたのかよ、鮮血のヤツ」
「まさか、マジの姉弟……!?」
「ジーク坊ちゃんに姉呼ばわりさせてるヤツと同じじゃねーのか!?」
どこかから聞こえてくるヒソヒソ声に気を取られつつ、カレンは説明を求めてアリーセを見やる。
アリーセはくすりと苦笑した。
「ええ、そうなのです。トールさんが望んだことなのですよね……差し替えの許可というか、新年祭の肖像画はカレンさんにしてほしいとお願いされたのですよ」
元々はすでに用意していたトールたち鮮血の雷の肖像画を飾るつもりでいたらしい。
だからカレンたち狩猟祭の優勝者についての情報は一旦伏せておき、新年祭で飾られる肖像画を発表したあとで、それを越える功績をあげた貴族がいると発表することで冒険者と貴族の双方にいい顔をするつもりだったらしい。
それが、ものすごーく耳のいいトールにバレてしまったと。
そしてトールが、カレンを肖像画にしろと要求したと。
「だからって、なんでわたしが真ん中に……!?」
「女神の采配は常に公正だ。ブラックドラゴンを倒して、ねーちゃんだけが階梯を昇ったんだろ? つまり、それだけねーちゃんが大手柄ってこと! 絵だって真ん中を陣取るのは当然だろ?」
という、トールの言い分が通った結果がこれらしい。
この場のほとんどの人間はカレンがブラックドラゴン討伐に貢献したなんてこれっぽっちも思っていないだろう。
なのに、エーレルト領都ダンジョン三十階層攻略者のたっての希望だったために通ってしまったのだ。
「短期間にしてはすげーいい絵が描けてんじゃん!」
トールが満足げに肖像画を見上げると、ヘルフリートは力なくうなずいた。
「以前カレンが見出した速筆画家がいてな。そこのイリーネという画家が描いた絵だ」
舞台袖で疲れきった顔で椅子に腰かけているイリーネは、昨年ユリウスの絵を速筆で描いてくれた女性画家だ。
一見荒々しくも見えるタッチがユリウスの凜々しさ、リヒトの無表情になると結構恐い横顔、ドラゴンの物々しさやダンジョンの雰囲気を上手く表す味のある作家さんだ。
「この絵、持ち運べるくらい小さいヤツを描いてもらえねーかな?」
「ブフッ」
「あ? 何がおかしいんだよ?」
冒険者のうちの誰かが吹き出して、トールがあたりを睨みつける。
強ばる空気を打ち破るように、声を上げて笑い出した人がいた。
「あははは! ははははは!」
「……ジーク? おまえは何で笑ってんだ?」
ジークのことは睨んだりせずに、困ったように眉をひそめてトールは言う。
無邪気に笑いながら、ジークは目に浮かんだ涙を拭って言う。
「だってそれも、去年カレン姉様が言ってたことと同じなんだもん!」
ジークの指摘を皮切りに、去年の新年祭の記憶がある人々が――貴族までもが、堪えきれなくなったように笑い出して、トールはきょとんと目を丸くしていた。





