褒賞
「昨年エーレルト領にもっとも貢献した者たちよ、こちらへ」
「これ、本当にわたしも出ていいやつ?」
本当に自分も前に出ていいのだろうかと怯むカレンにユリウスはくすりと笑った。
「当然だろう? 共に出よう、カレン」
「……うん、わかった」
カレンはユリウスにエスコートされてヘルフリートの面前に立つ。
下の招待席に座っていたリヒトは、中央階段を昇ってくるとボヤいた。
「このカップルの横に並ぶ俺、合っているのか?」
逆にリヒトの方が遠い目をして自信をなくしていた。
ブラックドラゴンとの命をかけた戦いに参加していたのはユリウスの他にリヒトだけなのだ。
気絶していたカレンは違っていたとしても、リヒトは合っているに決まっている。
「そなたたちのブラックドラゴン討伐の功を称え――森の端ダンジョンの影響圏を領地として与え、主たる領有者にエーレルト伯爵家の権限で男爵位を授けよう」
場がわっと沸く。普通、他領地と隣接する未攻略ダンジョンを攻略してもその領地は与えられない。
ブラックドラゴン討伐の功績なのだ。全貴族の夢であり、冒険者にとっても野望である、新たなる領主の誕生である。
カレンも他人事気分で拍手した。
「この褒賞をどう分けるかはそなたたち次第だが――」
「私にはゼンケル領がありますので、領主の座は辞退いたします」
リヒトは即座に辞退を申し出た。
ゼンケル領は森の端ダンジョンから遠いのかもしれない。
ということは、ユリウスが領主となるのだろう。
貴族とはいえこれまでユリウスは爵位を持っていなかった。当然、領地もあるはずがない。
それが領地と爵位を持つ貴族になるのだ。
カレンは貴族ではないものの、ビッグになる日を夢見る冒険者の娘であり姉である。
ユリウスはきっと嬉しいに違いない、と察した。ユリウスを祝うため、カレンは満面の笑みで新たな拍手喝采の準備を整えて待った。
「では、ユリウス」
「私も辞退いたします、兄上。ブラックドラゴンを倒したのは確かに私とリヒトですが、ブラックドラゴンの試練を達成したのは、カレンですから」
「ではカレン。今日から君は――ヒンメル男爵を名乗るがいい。ヒンメルは、空、という意味のある言葉だ」
「……へ? はい?」
まだ状況を把握できずに水色の――空色の目を高速でまたたかせるカレンを見下ろして、ヘルフリートはふっと笑って目を細めると、その視線を会場に向けて宣言した。
「新たなる貴族の誕生に、乾杯!」
拍手喝采が巻き起こる。特に冒険者側から、トールの指笛が賑やかに響いた。
カレンはしばらくポカンとしていたものの、やがて気を取り直すと慌てて言った。
「ヘルフリート様!? わ、わたしが領主だなんてとんでもないです! 第一、領地を管理するなんてできませんよ!?」
「心配はいらない。私が代官を用意して管理させよう」
「で、ですが、ダンジョンの管理だってしないと、大崩壊が起きてしまいますよね!?」
「元より大崩壊を定期的に繰り返していたダンジョンだ。住人もいない土地なので、今のところは気にすることはない」
「ですが――」
「人が暮らせる土地は貴重なものなのだ、カレン」
ヘルフリートの言葉に、カレンは一瞬当惑した。
それくらい、カレンだって知っている。
昔は多くの人々がダンジョンとその影響圏を巡って争ったそうだ。
今めったに戦争が起こらないのは、争いによって戦える者の数が減ったためにダンジョン攻略が滞り、各地のダンジョンで大崩壊が発生した暗黒時代の影響が残っているからだ。
そして、その影響はもうとっくに薄れていっている。
この世界ではあらゆる場所で魔物が忽然と出現する。例外はダンジョンの周辺――ダンジョンの影響が及ぶ範囲である、影響圏だけ。
その影響圏内だけが人が安心して暮らせる世界。
人々の数は増加の一途を辿っている。
だからこの世界にはもう刑務所なんて場所はない。
犯罪者を留め置く場所すら惜しいから、犯罪者には契約魔法を結ばせて働かせるか、死刑あるのみである。
「そう、ですね? それが、一体……?」
「君が集めた子どもたちをどこにやるにしても、子どもたちがどういう条件で集められたかが現地住民に知られれば、その地で子どもたちが歓迎されることはないだろう」
「それ、は……」
魔力がなくて、ダンジョンの影響圏内ですら生きづらい子どもたち。
この世界の仕事のほとんどは魔力があることが前提で回っているから、働くことすら難しい。
働けない犯罪者は殺される。
では、成長しても働くことが難しいと目される子どもたちは――そんなことは考えたくもない。
けれど、それはこれからカレンが直面することになる、現実だった。
「君の目論見が早いうちに成功すればいい。だが、もしも成功しなければ、あるは成功までに時間がかかるようであれば――君の権限で誰を住まわせるかを決められる領地を持っておくのは、悪くない選択だとは思わないか?」
ヘルフリートは、この大賑わいの会場の中でカレンに声が届くのが不思議なほど、柔らかな口調だった。
微笑みを浮かべていて、その表情は穏やかで、カレンを見下ろす眼差しは温かくすらある。
それなのにカレンは打たれたような心地になった。
「……ご配慮いただきありがとうございます、ヘルフリート様」
この試みは成功すると、カレンは半ば確信していた。
その確信には階梯を昇った者としての、直感めいた感覚も含まれていた。
これがカレンの人生だけを左右する事柄なら、別にこれでいいのだ。
巻き込むのがユリウスなら、巻き込まれてよと笑って言えるだけの関係値がすでにある。
けれど、カレンは自分の人生に巻き込む子どもたちと、まだ出会ってすらいないのだ。
その子たちに、カレンは人生を預けてもいいと思わせるだけの確信を与えられる要素を、果たして持っているだろうか?
Bランクの錬金術師ではある。
ただ、それだけだ。
「君に子どもたちの人生の責任を取れと言うわけではない。領地というものは強者によって保たれるものであり、戦う力のない弱者はそのおこぼれに与っているだけの存在で、強者になれなかった者を見放し領地から追い出すことは、まったく責められることではないのだ」
それがこの世界の仕組みである。
成人したら人はいずれかのギルドに所属し、ランク付けされて生きていく。
時と場合によっては下位の仕事の下位のランクは領地を生かすために切り捨てられる。
それは領主として当然の判断で、権利で、義務ですらあって、誰にも非難されるようなことではない。
――けれども。
「だが、君は気にするだろうと思ってな」
「はい、気にします。めちゃくちゃ気に病みます!」
「だろうな」
穏やかに微笑むヘルフリートの前で、カレンは背筋を正した。
そして、これまでにアリーセに習ったすべてのマナーを思い出しながら、ヘルフリートに最敬礼する。
「謹んで、エーレルト領内領地、ヒンメル領の領主の座をお受けいたします」
「君の活躍に期待している、カレン」
たとえ錬金術師になれない子どもがいたとしても、領主になれば居場所を作れる。
哀れみで、お情けで、おこぼれで与えられるような一時的な身の置き所ではない場所を。
もしも領地をそんな場所にできたなら、それはカレンが目指す世界の見本となるだろう。
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