第七章 24
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塚本は、一〇三号室に入り、雑巾を広げる。
カミクズは、右に左に細長い雑巾の並びを転がったが、痩せたカラスと時よりも往復の回数は少なかった。あの時は、痩せたカラスの血を吸い込んだ結果なのか茶色っぽくなっていたが、今回は、輝くばかりの白さを保っていた。復讐などとは無縁のプチ家出だったのかも知れんな。塚本は、そんな風にも考えたのだった。
だが、塚本は、夕食の前にプチ家出という考えを否定するに至った。
夕刊の地方版にひき逃げ事故の記事が掲載されていたのだ。
昨日の午後六時20分頃、場所は痩せたカラスがやられた空き地の場所に近かった。牧田昇という三十代の男性がひき逃げされたのである。近くに住む会社員が捕まった。
被害者が、風に煽られ道路に転がり出た丸めた紙のような物を追いかけて、突然飛び出して来たのだ、と証言したとあった。
塚本は、記事を読みながら、胸がドキドキして来た。昨夜の強風なら丸めた紙くずが飛びかっても少しもおかしくない。けれど、塚本には、風で飛ばされた紙くずには思えない。
牧田昇が追いかけたのは、そこらに落ちていた紙くずではなくカミクズだった。
カミクズが、牧田昇を道路に誘導した。男の足元でじゃれつくようにするカミクズ。バラの花のような表面の模様は、よく見ればとても綺麗だ。強風と雨の中、カミクズは、スラロームやジャンプを見せる。興味を覚え、拾おうとする牧田昇。
走って来る乗用車、強風に煽られたかに見せかけて、カミクズは、歩道から車道に飛び降りる。夢中で追いかける牧田昇。乗用車に跳ね飛ばされたのではなく、接触事故だったのではないか。牧田昇は、足の骨と肋骨を折る重傷を負ったが、命は落とさなかった。
牧田昇の交通事故の紙面から目を離した塚本は、部屋の隅の指定席にいるカミクズに視線を投げた。
雑巾の上での往復したカミクズは、リビングの指定席まで転がった後、じっとしている。塚本が、語り掛けても反応を示さない。
牧田昇を事故に巻き込んだことが、影響しているのだとすれば、
命に別状がなかったことを伝えた方がいいのだろうか、と塚本は思った。さらに、塚本の憶測は、警察が自分を訪ねて来ることに及んだのだった。
監視カメラ?近頃はいろんなところで監視カメラが設置されている。牧田昇とカミクズの様子が、映されていたとすれば、どうなるだろう。
本当に風にあおられた紙くずのような物を追いかける男が道路に飛び出して来たのかどうかを確認するために、警察の交通課の複数の人間がビデオを見つめる。
「確かに丸めた紙くずみたいだな」「この紙くず動きがおかしくないですか? 気流の動きのせいないのかなあ」「ちょっと、紙くずみたいのアップにしてみよう」「これ、単に、紙を丸めた形じゃないよなあ」
塚本の頭の中で自分を追いつめていく様々な言葉が行きかう。
いや、大丈夫だ。
塚本は、牧田昇の交通事故の記事をもう一度読んで確認する。
午後六時半頃、夕刊の文字を確認する。だったら、部屋にいたことを証言してくれる人がいる。平田さんだ。
レンが、一〇一号室を逃げ出しこの部屋の前に来たのは、その時間帯だった。まさか、ここから、カミクズを事故現場に誘導電波を飛ばしたなどと警察が考えるわけがない。
「ありがとうな、レン」塚本は、レンに礼を言った。
カミクズとレンは、不思議な見えない糸でつながっているに違いないと塚本は思った。




