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第五章 8

           8

 塚本は、少しの間、カミクズと一緒の散歩を休止することにした。

カラスが記憶力がいいのは、塚本も知っていた。よく考えれば、痩せたカラスが、並外れた記憶力を有していてもおかしくない。


 それなのに、戦った翌日の昨日の夕方も一緒に出かけた。

散歩に出かける時間にカミクズがリビングの指定席から玄関に転がって催促するようにしたことに釣られてしまったかにボトルを肩にかけ、ペット用ケースを手にしてドアを開けてしまったのだ。


 心のどこかに油断する気持ちもあったのかも知れない。回転しながらジャンプし、痩せたカラスの羽を前の道に散らした現実にカミクズは、痩せたカラスよりも強いというイメージが自分の中に作られてしまったのではないだろうか。


 けれど、あの時は、ゴンジロウがいた。それに、カミクズには、しっかり、相手が見えていた。だが、散歩中、上ばかり眺めてなど出来ない。暑くなった今の東三丁目までの散歩コースは、民家の間の道を歩いて行くのだ。そこそこの道の広さがあっても庭のある家が多く、木々も植わっている。


 どこかの家の木の枝で息をひそめて自分とカミクズが通るのを待ち伏せしていて、斜め後ろを付いて来るカミクズに襲いかかったら?


 塚本は、散歩に出かける時間よりも三十分も前にカミクズに「しばらく、夕方の散歩は中止するよ」と言った。


 カミクズは、揺れなかった。不服の意思表示だろうか。けれど、自分は、カミクズを守らなければならないのだ。時間になっても、リビングのソファに座りテレビを観ていた。


 夕方の情報番組だったが、MCのほとんどの言葉が、耳に入って来なかった。塚本が関心あるのは、何より、カミクズが、玄関に転がって行くかどうかだった。

この日は、転がらなかった。二日目も、三日目も。だが、ここが、限界だったようだ。四日目、時間になると、玄関まで転がり、たたきに降りて、ドアにぶつかった。カミクズは、明らかにパワーアップしていた。一〇三号室にやって来た当時とは、まるで違う音を塚本の耳にもたらせた。ドアの表面に擦り傷が出来た。


 それでも、塚本は、無視を続けた。時間にしてせいぜい十分間、何度かドアにあたった後、カミクズは戻って来る。平田さんが言ったようにペットに思えて来る。玄関に行く時は、スピード豊かに転がるのに、戻る時は、がっかりした風にゆっくりとリビングの隅に戻って行くのだった。

それは、塚本に、微笑みと同時にせつなさを感じさせ、散歩に連れてってやりたい気持ちにさせたのだった。




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