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隠し部屋は何のために、誰のために

 図書館を出る時に気が付いたら私は最後尾になっていた。一樹に言われたセリフが引っかかっていたのだ。どうしてあんなところに。あの棺のある場所は何だったのだろう。ものすごく寒かったのを覚えている。外にいるのと同じくらいに寒かった場所だ。そんなことを思っていたらいつの間にか私は最後尾になって歩いていた。


「ちょっといい?」


 そう声をかけられるまで実は最後尾にいることすらも気が付かなかった。振り向くとそこにサファイアがいた。


「どうしたの?サファイアさん」


 頭にバレッタをつけている。でも、サファイアは手にも似たようなものを持っている。サファイアが言う。


「実は図書館で見つけたんだ。で、今朝トモからもらったこのバレッタだけれど、よく見たら私のじゃないっぽいから返しておいて。それに何か端の方にあるから。一樹にも謝っておいて。あ、でも、あの事は助かりましたと伝えておいて」


 そう言われてバレッタのよく見ないとわからない所に削り取った後がある。そこには『IO』と書かれてあった。伊央なのだろうか。これは伊央星羅のものだったのだろうか。


「聞いていい。伊央星羅さんってバレッタとかつける人だったの?」


 私は気が付いたら小声になっていた。サファイアが答える。


「ううん、私が知る限りはつけているところは見たことがない。だからひょっとしたら宗像さんのかと思った」


 確かに私の名前も『いお』だ。だが、それは本名かどうかもわからない。あの新聞や学園史、学園報から私は私のことを探れるかと思ったけれどわからなかった。


 ただ、私はあの洋館の記憶がある。そう考えると私は來原家か伊央家かそれにかかわりがあるのだと思う。家の主ではないと思う。例えおちぶれてしまったとしても娘を放り出すとは思えない。そうなるとよほど貧しい生活をしていたか、それとも何か事情があるのか。例えば愛人との子供で大っぴらにできないとかだ。


 だが、私はあの会社四季報を見て、会社を調べて驚いていたのだ。私があの病院で気が付いた時、加害者の苗字だけは覚えていたからだ。その苗字はあの会社來原商事の会社概要に名前が記載されていたのだ。


 代表取締役副社長鴻池聡。そう、その名前は覚えている。そして運転手の名前も。その名前はどこにもなかった。けれどその運転手の苗字は『くるはら』と言ったはずだ。漢字はわからない。でも、ひょっとしたら來原家と関係があるのかも知れない。私はそんなことを思っていたら気が付いたら最後尾になっていたのだ。


「大丈夫?」


 那珂川さんに声をかけられた。気が付くとすでに図書館から出て外を歩いていた。凍てつく寒さで少しだけ目が覚める。


「うん、大丈夫。ちょっと考え事をしていたの」


 私はこの3人と悩んでいることが違う。私にとって伊央星羅はそこまで重要ではない。私にとっては「私が何者である」ことの方が重要だ。でも、どこにもその手がかりはない。いや、多分その手がかりを持っていそうな人にこれから会いに行くのだ。


 向原藤一郎。このアリスの杜学園の理事長。でも、本当に向原家は來原家を忌み嫌っているのだろうか。どうしてこの創業社長である來原藤次郎の名前を踏襲しているのだろう。不思議だったのだ。


 それに私の事もそうだ。あの洋館を覚えているという事は、確実に私は何らかの形でかかわっているはず。ならばどうして私を受け入れてくれているのだろう。わからないことだらけだ。


「着いたわ」


 那珂川さんの言葉で私はまた現実に戻って来られた。要塞のようなこの理事長の館。この奥に理事長はいる。聞けばいいんだ。今度はちゃんと情報もある。だが、門は閉ざされたままだ。そこにあるカメラで私たちがここにいることは把握できているはず。


 よく見ると門の横にインターフォンがある。一樹がそのインターフォン押した。



 結果だけ書くとさみしいのだけれど、断られたのだ。


「理事長は用事があります」


 その言葉だけで終わった。扉を叩いても手が痛いだけだった。周りをぐるっと回ったけれど忍び込めそうな所はどこにもなかった。


 仕方なく私たちは歩き出した。理事長がいるこの館は周りの建物からも少し離れている。近くにあるのは部活棟か図書館だ。少し行くと封鎖されている温室がある。


「部活棟に行くよ」


 トモがそう言いだした。トモにとってピアノを弾くことってどういう感じなのだろう。スペアとして練習をする。しかも毎日。


「そうだな。何もする気も起きねえし、トモのピアノでも聴くかな。何か元気になれそうな曲を弾いてくれよ」


「そうだね。シュトラウスのラデッキー行進曲とかどう?」


 トモがそう言ってくれたけれど私には曲がわからない。那珂川さんが言う。


「あれってピアノで弾く曲なの?オケで手を叩くイメージしかないけれど」


「うん、ピアノでも一緒。手を叩いてくれたら盛り上がるよ。今の私たちにはそれくらいが丁度いいのかもしれない」


 手を叩く曲なんてあるんだ。変なの。そう思った。部活棟の入ろうとしたら奥にある図書館から変な音がした。


「何か今変な音しなかった?」


 私がそういったけれど、3人とも「そう?」という感じだった。


「私気になるからちょっと見てくる」


 そう言って私は図書館に向かった。図書館。あれだけ広い場所でどこから音がしたのかわからなかった。けれど、小さかったけれど、確かに何か音がしたのだ。


「誰か?いませんか?」


 声をかけながら歩いてく。でも広い場所で誰もいない。サファイアもいないのだろうか。そういえば、サファイアはどこにいたっけ?もうあの植物コーナーは片付いている。けれど私はその場所に行った。その近くの机にサファイアは座って本を読んでいた。いや、読んでいるのではない。何冊も並べて何かを調べているみたいだ。


 そう、私たちが地下で行ったように複数の本が並べられているのだ。


「サファイアさん?どうしたの?」


 私はサファイアに声をかけた。サファイアが顔を起こしてこう言ってきた。


「疑問点があったの。あなたたちは疑問を持たなかったの?」


 疑問ならいっぱい持っている。どれのことをサファイアが言っているのかがわからなかった。


「何のことなのかな?疑問なんていっぱいありすぎてわからないよ」


 私はそう言葉に出ていた。サファイアが言う。


「あの温室。あの事件おかしいと思わなかった?」


 おかしいと思っている。人が死んでいるのに警察が関与してこない。いや、警察に通報したかもわからない。


「おかしいと思っているわよ。あんな大事件なのに、警察も来ないし、まるで何もなかったかのように決着したんだし」


「そこじゃないわ」


 サファイアがそう言ったことで私は頭の中が真っ白になった。そこが重要なのではないの?私にはわからないことだらけだ。サファイアは一体何を調べているのだろう。見ると花の図鑑から科学的なことまでいっぱい色んな本が並べてある。サファイアが言う。


「あの温室で見つかったのはけしの花よね。けしの花は紀元前400年頃のギリシアでは麻酔薬や睡眠導入薬として用いられていて、花言葉も「心の平静」「いたわり」などその効能にちなんだものが多くあるの」


 そうなんだ。それがどう関係しているのだろう。何がおかしいことなのだろう。サファイアが続ける。

「そう、誰がどうやって効果的に抽出するの?そんなの高校生が簡単にできることじゃない。あの事件は彼女たちだけではできないのよ」


 そう言われて何か納得できることがあった。学園がどうして秘密裏に解決をしたのか。それはこれは学園が関わっているからなのではないだろうか。私の顔を見てサファイアは頷いた。


「わかってくれたのね。あの事件のことを。おかしいと思っていたの。この学園は何かがおかしいわ。行きましょう。多分温室にあるはずよ。もっと深い闇が」


 そう言われて図書館を出たら手を叩く音が聞こえた。


「なにこれ?」


 一定のリズム。でも大きくなったり小さくなったりする。サファイアが言う。


「ラデッキー行進曲ね。別に私は一人でもいいわよ。あの曲は楽しいものね。でも拍手をするのならオケでやりたいものだわ。この学園ではそれはかなわないけれど。この学園にはその手の特待生はいない。だって、この学園から外に出られないのだから。聴く相手がいない演奏家ほどさみしいものはないわ」


 そう言われて不思議に思った。トモは誰に聞かせるわけでもなくピアノを弾いている。


「トモだってさみしい演奏家なの?」


 だが、サファイアの返事は違った。


「ううん。トモは別。だって彼は違う。私たちとは違う」


 何が違うのかわからない。でも、確かに孤高というのが似合そうだ。そうだ。サファイアに伊央星羅について聞いてみようと思った。あれだけ3人の意見が似ているようで違うのだ。会っていないからこそ余計に知りたいと思った。


「ねえ、伊央星羅ってどんな人だったの?」


 私はそう聞くとサファイアは不思議そうな顔をしてこう言ってきた。


「それはもうあなたが知っていること。私が言うまでもない。それに前にも言った」


 意味がわからなかった。


「私は会ったことないわよ。伊央星羅とそれともサファイアは私を知っているの?」


 サファイアが言う。


「あなたのことは知らない。でも、伊央星羅について私はあれ以上語る立場にない。それに私の意見なんて意味がない」


「意味なくないよ。あの3人の意見が違うから聞きたいの」


 私はそう言った。サファイアがため息をついてこう言ってきた。


「伊央星羅は特別。どちらかというとトモに似ている。あの二人は同じ匂いがする。あなたも同じ。同類。だからあなたの方が伊央星羅を理解できるはず」


 そう言われても実感がわかない。私はぜんぜん特別じゃない。そう思っていたら声をかけられた。


「おい、何サボってるんだよ」


 見上げると一樹がそこにいた。


「ちょうどよかった。今からサファイアが温室に行こうって言っているの。よかったらついて来てよ」


「はあ?どうしてだ」


 私はサファイアから言われたことを説明した。一樹は「わかった、みんな呼んでくる」と言って上にあがった。待っている間にサファイアが言う。


「彼らと仲いいの?」


 そう言われて私はなんて答えていいかわからなかった。この学園に来て話すようになったミライはいなくなった。後話すのはあの3人だ。でも、この3人を支えているのは伊央星羅についてのことがあるからだ。多分伊央星羅のことが解決したら一緒にいるかどうかもわからない。サファイアが言う。


「仲良くないのなら距離を置くことね。もしくは居場所を作るか。私の居場所はここ」


 そう言ってサファイアは図書館を見た。


「サファイアさんは本が好きなのね」


「違う。私は知りたいだけ。この図書館にはそれがある。誰も目も向けないけれどちゃんとそこに答えはある」


 私はサファイアという子がいまだよくわからない。このぼそっとした話し方。何を考えているのかわからない。


「お待たせ。って、サファイアじゃない。図書館から出るなんて珍しいわね。でもうれしいわ」


 そう那珂川さんは言ってきた。でもサファイアは何も気にしない。一樹が言う。


「でも、どうしておかしいって言うんだ。あの事件はもう解決済みだろう」


 解決と言っていいのだろうか。私にはわからない。でも、確かに温室は封鎖され、大麻は作られなくなった。サファイアが言う。


「けしの花から大麻をつくるなんてめんどうなものを選ばなくたっていい。単に暇つぶしでトリップをするくらいならサボテンで十分だ」


 サボテン?どうしてサボテンで十分なんだろう。きょとんとしていたらサファイアが続けてこう言ってきた。


「メスカリン。サボテンのペヨーテを口に含み柔らかくなってから飲み込むだけでトリップができる。精製の必要なけしの花なんてめんどうなだけ。だからあれは大麻としての用途とは別に何かあると思うのが自然。だから調べる」


 そう言ってサファイアは歩き出した。扉を開ける。いつの間にか徐々に外は暗くなってきている。暗くなるのが早い。いや、時間の感覚がどんどんおかしくなってきている。ここは暗くなるのが早いのだ。


 世界も白と黒と青に統一されている。前をあるく那珂川さんの背中を見てただひたすらついて行く。雪はちらつくくらいだけれど寒いままだ。しばらく歩いて温室について。温室の入り口はロープがあり立ち入り禁止と書かれている。サファイアはロープをまたいで扉をつかんだ。


「鍵がかかっている」


 そりゃそうだ。あの時だって鍵がなくて困ったのだ。サファイアは奥にいき壁を触っている。だが、しばらくすると鈍い音がしてゆっくり壁が動き出した。


「抜け道」


 そうつぶやいて中に入っていく。


「おい、なんでこんな場所知っているんだ」


 一樹の問いにサファイアはこう答えた。


「この学園は隠し扉や通路、部屋がいっぱいある」


 そのまま進んでいく。しばらくしてまた鈍い音がする。すると次は明るい場所に出た。そう、温室の中に居たのだ。あの花は無くなっている。


「花がない。誰かが持ち出した。もう証拠がなくなっている。手遅れだった」


 サファイアはどこか遠くを見ている。その視線の先に何があるのかわからなかった。トモが言う。


「どうして君は抜け道や隠し通路を知っているのかな?」


 サファイアがこう答えた。


「図書館の地下にこの学園の設計図があった。だから知っている」


「おい、ということは理事長がいるところにも行けるのか?」


 だが、サファイアは首を横に振って「知らない」と言った。そして、こうも伝えた。


「知りたかったら図書館の地下を探すといい。あそこに設計図がある。用事のないところの道は知らない」


 そう言ってサファイアは寮に戻ると言った。外は暗くなっている。確かにもう寮に戻る時間だ。一樹が言う。


「なあ、このまま図書館に行かないか?すぐそこだし」


 その返答はみんな同じだった。知りたいことは私だけ違う。けれど、私だって知りたいんだ。私が何者かということ。そして、私と伊央星羅がどうつながっているかということを。




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