COUNT DOWN.12 危うい空気。
「やっぱ、言う時は言うんやねぇ」
2つのマグカップを持って、亜貴が2人の話に加わった。
白い湯気が、2人の前で踊る。
2人はそれぞれカップを受け取ると、静かに口をつけた。
「慎哉て、本気やないんかと思ってた」
「はぁ!?」
亜貴の突拍子も無い言葉に、慎哉は思わず大声をあげた。
途端に、亜貴と柚依が人差し指を口唇に当てて、静かにっ!と慎哉に告げる。
慎哉も慌てて声のトーンを落とした。
「ちょぉ何言うてんの?」
「やって、柚依に好きとか言うん聴いた時無いし、柚依ん事好きっていうんも聴いた時無いもん」
「ふーん…」
柚依の冷たい視線が、慎哉に刺さる。
慎哉は慌てた様子で、口早に言葉を並べた。
「ちゃうって!!俺、好きやで!?けど、そんなん言わんでも柚依は理解ってくれとると思てたし、恥ずいやん。そんなん…」
最後の方は、泣きそうな声になっていた。
柚依は優しく口元を綻ばせて、慎哉に言った。
「判っとるよ。慎哉の事ぐらい…。慎哉やって、うちの事は判ってくれてるやろ?」
「ったり前やんけ」
「やったら、それで良ぇよ。確かに、実の姉の前で恋バナするんは恥ずいしな」
「やろぉ?何で、姉貴の前でそんな話せなあかんねんなぁ?」
「酷っ。良ぇや〜ん。柚依は、うちの将来の妹やしぃー」
「亜貴の妹かぁ…」
「それ以前に、柚依は俺の嫁さんやのっ」
明るい声が、保健室に響いた。
「…聴いた?」
「………一言一句」
カーテンの向こう。
樹梨は、眼を醒ましていた。
崇宏が頬杖をついて、樹梨を見つめている。
「柚依は慎哉と付き合ってんの。俺と樹梨、亜貴以外は学校の連中は誰も知らない」
「何で…?何で、柚依は私に黙ってたの…?」
「それは、本人に訊けよ。起きられるだろ?」
崇宏に促され、樹梨は静かにベッドを降りた。
シャっとカーテンの開く音がして、柚依と慎哉は振り返った。
当たり前だが、視線の先には崇宏が。
そして、樹梨が居た。
「柚依。樹梨が話があるって」
「んー。こっち来れば」
「樹梨」
樹梨は俯いて、柚依と慎哉の方へやって来た。
亜貴が、立ち上がって2人に席を譲る。
亜貴はそのまま新しいコーヒーを淹れに場から離れた。
「で?何が訊きたいって?」
2人が席に着くのを見届けて、柚依は樹梨に話し掛けた。
慎哉や亜貴と話していたさっきとは、がらりと変わった冷たいイントネーション。
樹梨の顔は、益々床を向いた。
「言ってくれなきゃ判んないんだけど」
更に、柚依は冷たく言い放つ。
崇宏も慎哉も、樹梨に手を貸そうとはしなかった。
如何せん、樹梨は良くも悪くも他人に頼り過ぎ。
依存し過ぎなのだ。
それは、2人とも――勿論柚依も――判っていた。
「……ん…で…」
「は?何」
「何で…私には何も言ってくれなかったの…?」
消え入るような細い声。
それだけで、柚依のアドレナリンは放出しっぱなし。
元々、2人は合わないのだ。
何故それなのに、危うい友情が続いていたかというと、2人があまり深く付き合わなかったから。
特に、柚依が樹梨を避けていた。
というより、自分から関わろうとしなかった。
そんな綱渡りみたいな友情が此処まで持ったのは、全く奇蹟としか言いようが無い。